コノはその決意を言い放ってからすぐに立ち上がって、ホノカの部屋に戻っていった。そして僕は布団に横になり目を瞑る。

「……」

 しばらくそうするも、考えるべき事が多く動こうとする頭を抑えるのに必死で寝付けそうになくて。途中、オボロさんが隣の布団に横になった音を耳に捉えると、数秒後くらいでいびきが聞こえてきた。羨ましいと思う一方で、いびきの音量が徐々に上昇してさらに苛立ちも募り、眠りづらくなっていく。
 しかし、瞼を閉じていればいつしか意識は落ちていき、起きてはいるが半分は寝ている状態に。もう少しで眠れる、そう思った時に隣人が起き上がる音を知覚してしまう。トイレだろう、部屋を出てから少しすると戻ってまた布団に潜り、数秒で寝息を立てた。

「う……」

 この不完全睡眠は長く続いた。時間感覚はバグっていてよくわからないがその間にオボロさんは幾度もトイレに行っていて、内心またかとツッコミを入れてしまい、完全には眠りに浸かることができず、結局そのまま朝になってしまった。

「……寝た気がしないし」

 目を開けた先に見えたのは強面の老人の寝顔だった。現在はいびきがなく静かに眠っている。もっと前からそうであって欲しかった。

「……」

 何だろう、昨日まではそこにコノがいたと思うと凄い残念という気持ちになってくる。確かに美少女の隣で寝るというのは精神衛生上よろしくなく、同性だと比較的安心感はあって、それを求めていた自分もいた。でも、それが贅沢で幸せを感じていた事を失って気付かされる。まぁ、だからと言って一緒に添い寝したいだなんて言うつもりはないけど。そう、僕は非日常から日常に戻ったんだ。馴れないと。
 目をこすりながら上体をゆっくり起こしていると、部屋の扉が静かに開く。そこから寝起き姿のコノで。

「おはようございます……ユウワさん」
「お、おはようコノ。どうしたの?」
「えへへ、早くユウワさんのお顔を見たくて来ちゃいました」

 そんな激甘の言葉と微笑を与えられ、日常からお菓子の国へと引き戻される。そしょっぱいものを食べてから甘いものを欲していた僕にはその味は恐ろしいほどの威力があった。

「そ、そっか……」
「しっかり寝られましたか?」
「まぁまぁかな」

 心臓を落ち着かせるために僕はまたオボロさんの顔を眺めた。すると一気に冷静になってきて、現実感を取り戻せて。

「よし、これで大丈夫」
「……?」

 不思議そうに小首をかしげているコノを横目に僕は立ち上がり部屋を出て完全に起床した。

*


「ここから、勇者と姫の仲が深まってくのか」

 四人で朝食を取った後、学び舎が下の階ということで時間があり、僕は部屋で読書をしていた。隙間時間にちょっとずつ読んでいて、現在は三巻の序盤だ。一巻から二巻までは勇者と仲間の冒険的な要素が強かったが、三巻からは勇者とお姫様の逃避行が始まり、より恋愛的な要素が増えてきた。

「ユウワさん、そろそろ時間ですよ」
「わかった」

 時間となり僕はリュックを背負って階下の学び舎へと向かった。そしていつものように授業を近くで聞きながら、それに耳を傾けたり参加したり読書をしたり過ごした。
 放課後になれば、西側の丸太のある場所でトレーニング。開始してしばらく経つが、大きく変わったことが二つある。一つは毎日のランニングによりコノの体力が増えてきて、死にかけるような事がなくなってきた。まぁ、その一歩手前くらいには疲れているが。もう一つは、僕とホノカの模擬戦で勝率が五分五分になってきた事だ。相手の身体の重心や足の運びなど、細かな部分を戦闘中でもより意識できるようになり、的確に動けるようになった。

「よし、また勝てた」
「ぐぬぬぅ、どんどん強くなってくな。悔しいけど、成長してるのを見れるのは面白い」
「ユウワさん、凄いです!」

 着実に進歩している確かな手応えがそこにはあって、しかもそれを二人も喜んでくれて。そんな優しい追い風によって前進していた。

「今日はここまでだな」
「じゃあ帰ろうか」

 いつもより早く終わったが、もうやる事はもうないので引き上げる準備を進める。

「待ってください。コノ、帰る前に買いたい物があるんです」
「了解。ホノカは大丈夫?」
「問題ない、さっさと行こうぜ」

 まだ辺りも明るく、暗くなる前にと足早に僕らは南側へと向かった。

「何か色々準備が進んでるね」

 もうすぐ儀式の日が近くなっているからか、屋台が建てられていたり、提灯が吊られていたり、櫓の上には太鼓が設置してもあった。中には準備に勤しむ村人も多く見受けられる。
 そういう中でも市場は平常通りに活気があって、多くの人がやり取りをしていた。

「じゃあちょっと買ってきますね」

 コノは自らその人の群れの中へと入って行ってしまい、僕はホノカと二人きりになる。

「ねぇホノカ、昨日はどうだった? 結構一緒に過ごせたと思うけど」
「ああ、めっちゃ嬉しかった……んだけど。オレ、部屋で二人っきりの時とか何か緊張しちゃってあんま話せなかったんだよな……」

 そう言ってがっくりと肩を落とした。確かに気持ちはわかるが、時間がないのも事実で先が思いやられる。

「しかも、コノハに添い寝を提案されたけど恥ずかしくて断っちまったんだよ。もうこっちから頼めないし、最悪だ……」
「ホノカって……結構ヘタレ?」
「うっせぇ、そうだよ。言っただろ、この口調はコノハのための作りもんだって。態度もそうだけど、本当は大した強さはねぇんだ」

 自嘲するように笑って弱々しい姿を見せる。そこには年相応の悩める少女がいて。

「でも、それが作り物でも強く見せられるのは凄いと思う。例え本当は弱くてもそういられるのは、カッコいいしコノもきっとそう感じるよ。……ホノカの方がコノの事をわかってると思うけどさ」
「ユウワ……ありがとな、ちょっと元気出た。よし、へこたれてる場合じゃないよな」

 まだ少し不安そうではあるものの、いつものホノカのテンションに戻った。

「ちょっとあなた、ちょうど良かったわ」
「あ、こんにちは」

 ホノカと話していると、あのぬいぐるみをくれた店主さんが現れた。手には黒髪の人形のぬいぐるみを持っていて。

「前にあなたのぬいぐるみを作るって言ったでしょう? それで試作品ができたのよ」
「じゃあこれが……僕」

 見せてもらうと、確かにいくつかの要素で僕っぽい感じがするも、言われないとわからないレベルではあった。デフォルメされて可愛いくなっていて尚更だ。

「あんま似てなくね?」
「そうなのよ。だから、顔を見せて欲しかったの。ちょっと店の方に来て」
「は、はい」

 店主さんに前来た売り場に連れられた。隣に歩くホノカは顎に手を当てて何かを考えている。

「それじゃあそこでじっとしていてね」

 そこには商品の他にぬいぐるみを作るための素材が置いてあって、店主さんが魔法を発動させるとそれらが意思を持ったように動き出し、どんどん形が作られていった。

「おお……」
「うーん、もう少し目の部分を丸くして……」

 試行錯誤が続く。すると何個も僕が量産されて、違うとそこら辺を転がされた。何だかそんな僕の分身が可哀想になってきて、しばらく見ていると愛着も湧いてきた。

「その駄目だったの後で貰ってもいいですか?」
「もちろんいいよ、プレゼントするわ」
「……プレゼントか」

 その店主さんの言葉にホノカが反応して、小声で何かを思いついたように呟いた。

「なぁおばさん。オレ、コノハに自分で作ったぬいぐるみをプレゼントしたいんだけど、作り方とか教えてくれないか」

 確かに、自作のプレゼントは思いが伝わるし、形として残るから良いかもしれない。

「いいわね、それ。作るものは決まってるのかしら」
「やっぱ、自分のかな。オレを遺したい」
「……わかったわ。ホノカは魔法のセンスもあるし、すぐにできるようになると思うわ」

 どうやらホノカの未練に関しても少し進展しそうで一安心する。
 ぬいぐるみ作りを見ている間にもう空の陽は姿をくらまそうとして、辺りは暗くなりつつあった。