私は部員がいなくなった音楽室で、顧問と二人きりになっている。

「先生、知らなかったんですか」

 空いた口が塞がらない。

「もちろん先生は、バリサクが要らないなんて思っていませんよね?」
「もちろんもちろん、必要ですよ。明日、先生の口から注意しておきます」
「……バリサクの子には、何かないんですか」

 それまでスラスラと答えていた顧問が一瞬、ためらった。

「あぁ、はい。何があったのか話を聞きますよ」

 ぜってぇ考えてなかっただろ……!

「先生、それでも顧問ですか! ただ演奏の指導をするだけじゃダメなんですよ。人間関係の指導もするのが先生の役目じゃないんですか」

 険しい顔だった先生が怒りの顔にみるみる変わっていく。

「えぇ、そうですよ。あなたの言うとおりです。だからトランペットのあの二人に……」
「あの二人『と』?」
「……バリサクの……」

 言ったばっかなのにあの子は入ってねぇのかよ。
 人間関係の指導は、加害者と被害者の両方の意見を聞かないと……
 私はため息をついた。

「じゃあ聞きますよ。なんでバリサクは必要なんですか」

 あいつらと同じ、トランペット吹きの意見は……。

「木低(木管低音楽器)の音量がなくなります」

 まだ出てくると思って待っていたが、顧問の口からはそれ以上出てこなかった。
 ……うそだろ。

「それぞれの楽器の役割が分かってないのに、それでも指導者ですか! 音量だけならファゴットやバスクラを足せば済みますよ」

 顧問がたじろいたのが分かった。

「……もういいです。バリサクがいなくなってもいいんですね。さようなら」

 こんな奴と話していてもダメだ。
 私は足元に置いたバッグを持って、音楽室をあとにする。

「待ちなさい!」

 叫ぶ顧問の声に反し、私の足はスタスタと早足になっていく。
 次の日、私は職員室から退部届と入部届を一枚ずつ取っていった。

「入部したいっていう人と退部したいっていう人がいるので」