体育祭を無事に終了後は日常へと戻り、十月の半ばには恒例スパルタテスト期間を終えた。
現在は十月の後半。
学内はお祭りの雰囲気で明るく、元気で賑やかになっている。
現在週末の文化祭に向けて準備期間に入り、どのクラスメイトも楽しそうに準備をしている。
高校生活最後の文化祭だ。
私も楽しく参加したいと意気込んでいた。
私たちのクラスは和風喫茶としてお茶とお菓子を出すことにした。
各々浴衣を持っている事を確認したので、浴衣に長めのカフェエプロンを着ければ可愛いじゃないかという話になって。
私も引退したので、元家庭科部であるが。
現在私は切っては縫う作業を繰り返している。
女子には焦げ茶、男子には濃紺の色でカフェエプロンを作っている。
四角い布を端処理して腰紐を付けるだけの簡単作業ではあるのだが、なにせ枚数が多い。
みんな記念に持ち帰りたいからと言うので、このエプロンがクラスTシャツ変わりらしい。
そんな事を言われたら、きちんと使えるクオリティで仕上げたいのが趣味とはいえ手芸好きの本能。
現在布の塊とミシンを家庭科室から借りて、私は教室の片隅を占領していた。
とにかくまず、パーツ事に必要枚数を裁断する作業だ。
広いスペースを陣取って、ぱっぱと長さをチャコペンで線を引きカット。
カットしたものを今度はひたすら端処理にロックミシンのペダルを踏みまくり、ひたすらミシン。
その後形を作り、何もないのも悲しいのでポケットまで付けて完成させた。
更にポケットにはクラスと和風喫茶の文字を布用ペンで書き込んだ。
これでクラスTシャツにも負けない存在感を出せるだろう。
ひとり完成したのに納得していると、ヒョイっと顔を出してきた日菜子に驚く。
「日菜子。急に出てくるとビックリするよ!」
思わずキツめになる口調だが、そんな私には構わず手元の完成したエプロンを見て言った。
「さすが、有紗! これ、すごいキレイだよ!」
日菜子のその声にクラスメイト数人が手を止めてこちらに来る。
「わぁ! 汐月さんこれすごいね!」
「使いやすそう!」
「シンプルだからこそ綺麗に仕上げてくれたのがわかるね」
そんな声に、少し首をすくめて私は返した。
「その言葉でちょっと安心したよ。喜んでもらえてよかった」
ニッコリ、言うとみんなも笑って返してくれる。
「いやいや、このクオリティ売り物にできるよね!」
「これ、このまま持ち帰りOKなんだよね?」
そんな問いかけに、うなずいて答える。
「クラスの人数分作っているから持ち帰り大丈夫だよ」
私の返事に、みんな嬉しそうな笑顔で試しにつけてくれている子もいる。
賑やかな、お祭りの準備前のワクワクした感じ。
一昨年も去年も感じたけれど、やっぱり今年は一番気合が入っている気がする。
周りも、私も……。
みんなの笑顔にほっこりしながら、クラスと和風喫茶の文字を書いていく。
部屋の装飾や、メニュー表など続々と完成していく。そこに隣でお化け屋敷準備中の茜が来た。
白のワンピースに、血糊と包帯巻いた姿は明るい中で見るとシュール。
「おお、小山! いきなり背後にいると明るい中でもビビるわ!」
驚いた男子がそんな文句を言うと、茜はその血糊に似合わない明るい顔で笑いながら謝っている。
「ごめーん! 試着中だけどちょっと野暮用出来たのよ!」
そう言いながら茜が私の前にやってくる。
「おつかれ! 有紗、ちょっとお願いがあるんだけど」
茜がお願いとは珍しい。
「なに? あんまり大変そうなのはやめてよ?」
軽く笑いながら返すと、茜は手に下げていた袋から出したものを見せてきた。
「有紗、これなんとか出来ない?」
出されたのは少し汚れたぬいぐるみ。
「治すの?」
「いや、どちらかというと壊すの……」
なるほど。
お化け屋敷の装飾として使うのかな?
「それなら、壊さないように傷ついている風にしようか」
そう私が言うと、茜がパッと顔を上げて私を見て言う。
「そういうの、出来るの?」
「ちょっと刺繍を入れて、破かないで綿をくっつけて飛び出している風を装えば良いかなと思ったから」
私の言葉に茜がホッとため息をついて、返事をした。
「そんな感じでお願いしていい?」
「もちろん、大丈夫よ」
答えて私は自身の裁縫道具から、針と刺繍糸を出して準備する。
私は覚えていた。
この少し汚れてしまったクマは、茜の小さな頃の大事な相棒だった。
可愛らしい茜が抱っこして離さなかったクマ。
「これが終わったら、綺麗にしてしっかりメンテナンスしてあげるからね」
クマに語りかけるようにしつつ、茜に告げる。
茜は驚きつつも嬉しそうに笑った。
クマのお腹に縫い跡の刺繍と、その傍にフェルトニードル使い小さく切ったフェルトの上に綿で形を作ると飛び出したと見えるように少し端を縫うことでくっ付けた。
見た目少し痛いクマさんの完成だ。
所要時間二十分の早業に、少し離れて戻って来た日菜子が驚いている。
「え? もうクマのアレンジ終わったの!?」
「うん、ほら有紗がやってくれたの! これならお化け屋敷に飾られていて問題なさそうでしょ?」
「うん! なかなかいい雰囲気出しそうだよ!」
ふたりのテンションの高さに、蒼くんと要くんも見に来てクマのアレンジに少し驚いていた。
「有紗ちゃんは本当に器用だね!」
「有紗のおかげで、カフェもいい感じになりそうだしな」
そんなふたりの言葉に私は、そうでもないと思うけどなと首をかしげてしまう。
「本人には、貢献している自覚が無いみたいだよ」
クスクスと笑う蒼くん。
要くんは少し呆れ顔。
「クラスの人数分のカフェエプロン作っているんだからダントツの貢献だろう?それに、メニュー表の案も採用されているし」
提案と言っても和風喫茶だから、メニュー表には和柄が入るように和紙を使ってみたら? くらいの提案だった。
それも貢献なの?
不思議そうな顔をしていたのだろう。
私を見て日菜子と蒼くんと要くんが仕方ないなって顔をしている。
「無自覚に、色々しちゃうのが有紗だからね」
そんな三人に、茜が言うと三人はとっても納得した顔をしてうなずいた。
「それ昔からか?」
「そう、昔からよ」
茜と要くんがそんな確認をしている。
だから、私はそんなだったかな? と自分の過去を振り返りつつ首をかしげてしまう。
「本当に、無自覚だから良いのよねぇ」
「そこがほっこりさせられちゃうところだよね」
日菜子と蒼くんまで言っている。
「有紗は無自覚の世話焼きなのよ。しかも押し付けがましくないし、ほんわかしていて無自覚に行動するから受ける相手も嫌にならないのよ」
茜に言われて、そんな自覚はなかったのでびっくりした。
「先生に頼まれた一学期の中間だけでなく、その後は期末、二学期中間と毎回テスト対策ノート作ってくれているし」
「部活で忙しいと言えば、なにかしらの差し入れ持ってきてくれて。しかもそれが大体私の好物だし!」
「俺は英語だけ苦手だけど結局全教科まとめノート作ってくれているよな?」
三人に言われると確かにそんな感じだけれど。
「お節介過ぎた?」
「いや、すごく助かっている。むしろ今後もお願いしたいくらい」
揃っての返事に聞いていた茜は、クスクス笑い出した。
「末っ子のはずなのに、この面倒みの良さはなんでだろうね?」
そんな茜の言葉に三人は顔を見合わせつつ、蒼くんが言った。
「もう、有紗ちゃんは天性の世話焼きなんだと思う」
蒼くんのこの、最後の一言にはずっと聞いていたクラスメイト達も大いにうなずいていた。
そんなことないと思うんだけれどな。
ぼんやりと思っていたのだけれど、そんな私をクラスのみんなと日菜子達はニコニコと微笑ましげに見ているのだった。
こうして、和やかに準備しつつ迎えた金曜日。
今日はプレ文化祭で、校内の生徒のみで楽しむ日だ。
私はクラスの和風喫茶と、家庭科部の両方に顔を出すから意外と忙しくバタバタしている。
「当番交代ね! なにかあったら電話して! クラスの方にいるから」
そう告げて家庭科部の販売スペースから慌ただしく移動する。
四階の家庭科室から三階の三年生の教室の並ぶフロアへ移動すべく階段を降りていた矢先、私はクラっと一瞬歪んだ視界から足を踏み外して階段の真ん中辺りから落ちていく。
まずいと思って腕を手すりに伸ばすも届かない。
身体が反転して背中から落ちていく。
「有紗!!」
私を呼ぶ声がして、ドン! とぶつかった先は床ではなかった。