チクタク……。
自室の壁にかけている時計の秒針がゆっくりと、けれど……確実に時間(とき)を刻んでゆく……。
今日に限って、その音がやけに耳について、私の心の中はモヤモヤが募るばかりだった……。
行かない。
行くもんか……。
そう、思っているのに……。
チラチラと時計を気にする自分もいる……。
だから……行かないって、決めたじゃない!
彼がどうなっていようと私には一切関係ないこと‼
だって、一方的にあっちがメールしてきたこと。
それに関して私は返信せずに無視してるんだもの、彼だって約束した場所に来ているはずもない。
そう、思っていたーー……。

「あっ……」
私はそーっと視線を上げた先に偶然にもタイミングよく彼と目があってしまい……驚きのあまり声が出でしまっていた……。

結局、私は『行く』と彼に返信していないにも関わらず、刻、一刻と約束の時間が迫る中……彼から一方的に送られてきたメールの約束が気になってしょうがなかった……。
だから……
『18時、駅前の噴水で待ってる』
彼から送られてきたメールの待ち合わせ場所に行ってみた。
しかも、約束の時間から2時間も経ってから……。
約束の時間はとっくに過ぎているから、彼がいるはずがない……。
そもそも私は『行く』と、メールしなかったんだから、来てもいないだろう……。
そんなことを思いながらも……
『私が行くと返信してなくても、彼が待っていたら……?』
『もし、まだ彼が待ち続けていたら……?』と、いう思いが心の底でモヤモヤし続けていて、それがとても気持ち悪かった……。
私にとって出かけることはすごく億劫なことだけど……待ち合わせの場所に行って、彼がいるか、いないかを実際に自分の目で確かめればこのモヤモヤした気持ちもなくなる……と、意を決して待ち合わせ場所へと向かったんだーー……。

すっかり日が暮れ、街灯が灯る駅前は帰宅ラッシュもすでに終わった頃だというのに……人の往来は多くて、私の気持ちはずんっと重く、憂鬱さが増していった……。
出来るだけ肌の露出を押さえて、目立たないように…長ズボンに手には手袋、フード付きの長袖の上着のフードの上に帽子を被り、眼鏡とマスク姿。
ほぼ全身が黒一色。
一歩間違えれば、不審者と間違えられてしまうような格好だ。
今は滅多と太陽が降り注ぐ日中に出かけることはないけれど……日焼けをしやすいというリスクを背負っている以上、どうしても衣服は日焼けしにくい色を……と、小さい頃から言われていたし、母親もそういう色ばかりを買ってきていたので、黒色を選びがちになってしまった……。
行き交う人々と目が合わないように……視線を足元に落として、ぶつからないように……と、周りを行き交う人々の気配を感じつつ、周りの雑音を気にしながら慎重に歩いた。
水音がはっきりと聞こえてきた頃……私はそーっと、視線を上げた。
すると……偶然にもその先に彼がいたんだーー……。

「やぁ!」
彼は屈託ない笑みを浮かべて、足早に私の元までやってきた。
「……な、んで、まだ……いるの……?」
「なんでって、約束したから」
あっけらかんと彼は言ってのけた。
「約束したって……私、行くなんて一言も言ってない……。それに2時間も……約束の時間から2時間経っているんだよ⁉」
「だから?」
「えっ……?」
「だから……それが、なに?」
「なに……って……」
私は思わず、言葉を詰まらせた……。
何、この人……。
わけ分かんない……。
初めて会った時から、なんとなくだけど……感じていた違和感……。
関わりを持てば持つほど……変わってるって、思うことだらけ……。
病気のことを隠さないどころか、堂々として、瞳をキラキラさせていつも明るくて、楽しそうでいきいきしてる……。
どうして?
なんで?
ホント、ヘンな人(・・・・・)……。
その言葉をきっかけに私の頭の中をいろんな人の声が一気に流れた……。
ーー変わってる……ーー
ーー普通じゃないよね、あんなの……ーー
ーー気持ち悪っーー
ーーヘンっ! 人じゃないよね……ーー
ハッと、した……。
……私、今……何を、思った……?
彼に対して……。
ーーホント、ヘンな人(・・・・・)……ーー
自分が彼に対して思ったことが頭の中でゆっくりと繰り返された……。
散々、耳にしてきた言葉……。
その言葉に傷つき、もう耳にしたくない‼ と、幾度も思った言葉を今……私と同じ病気を患っている彼に向かって思ってしまった……。
所詮、私も同じなんだ……。
私の様子を見て、心ない言葉を吐き、恐怖心を抱き、軽蔑してきた人達と同じなんだ……。
「ーーっ……」
私は彼に背を向けて駆け出していたーー……。