数日後。

……まさか、そんなことって……。
思ってもないことが起きてしまったんだーー……。

それは定期的に通っている病院内でのこと。
その日は皮膚科と眼科の受診の日で、それぞれの科を受診し終わって、会計を済ませようと受付窓口へと向かっていた時……。
「やぁ、また会ったね!」
突然、声をかけられて私の足が止まった……。
気さくに声をかけてきた人物の声に聞き覚えがあったから……。
「こんなところで会うなんて……びっくりしたよ。君も診察?」
「……」
私は返答せずにまたも数日前のように視線を合わすことなく、頭から脱げないように深被りしていた黒色の上着のフードの裾を強く掴んだ。
「まーた、だんまり? 聞こえてるんでしょ? ムシしないでよ。 哀しいな……。それに何度もそうされると傷つくんだけど……」
少し不満を露わにした言い方だった……。
そう、言われても……私としては声をかけられること自体迷惑行為でしかないんだもの……。
と、ハッキリと言うべきなのだろうけど……人との関わりを持ちたくない私は自分の思いも安易に喋らないようにした。
それは同時に聞こえているのにわざと無視をするということを意味していて……相手に対して良い印象は与えないばかりか下手をすると相手を怒らす可能性もある行為と分かりながらもあえてそうした。
私に関わることを諦めさせる手段としても有効なはずだと思ったから、すーっと私の前に立ちはだかる人物を避けて、会計窓口へと行こうとした。
「ねぇってばっ!」
パシッ……。
通り過ぎようとした瞬間……片腕を掴まれた……。
咄嗟に後ろを振り返り、数日前に私に声をかけてきた人物を眼鏡越しに初めて目にして、息を呑んだ……。
えっ……。
そこに立っていた人物は金髪で肌が白く、青色の瞳をした青年だった……。
ぱっと見は外国のお人形様と思ってしまうような容姿だけど、顔つきは明らかに東洋人系。
そのアンバランスさにすぐにピンときて、自然と声が漏れた……。
「……あっ」
「俺、アルビノなんだ」
私が言葉を紡ぐよりも早く、へらっ……と、笑いながら、あたかも楽しいことを口にするような軽い口調で青年がさらりと言った。
「君も……だよね?」
それどころか屈託ない笑顔を浮かべて問われた。
その衝撃的な青年の言動に私はただ、驚くばかりだった……。
「あはははっ……。めちゃくちゃ驚きすぎだよっ!」
青年は目を細めて、笑った。
「まぁ、確かに驚くのは無理もないよね。だって、2万人に1人の確率で発症する病気の者同士が偶然、会ったんだから……驚かずにはいられないよね」
確かに青年の言葉通りだけど……それ以外にもあっけらかんとさも日常会話の何気ない内容の一つとして自分の病名を見ず知らずの私に告げただけでなく、躊躇うことなく私に病名も聞いてきたことに対してすごく驚いてしまったんだ……。
どうして、そんなにもあっけらかんとしていられるのだろう……。
それに服装だって……。
この病気の特性上、日焼けしやすく、また日焼けによって皮膚癌の可能性が高まるリスクがあるために少しでもリスクを回避するために出来るだけ日に焼けないように長袖、長ズボンを着用して肌の露出を避けるのに……この青年は長いGパンは履いてはいるものの……上肢は半袖の手シャツのみ。
それは病院内=屋内だから……?
仮にそう思っての服装だとしても窓際にいたら窓ガラス越しに紫外線は入ってくるから日焼けしてしまうのに……。
あまりにも無防備すぎる……。
しかも、眼鏡をかけているけれど……顔や手も隠すこともしていない……。
なんで……?
出来ることなら、少しでも病気のことがバレなくないから隠しておきたい……。
触れられたくない……。
そういう思いの方を強く抱くものじゃないの……?
自分がそういう思いが強いから……と、いって相手も同じだろうと決めつけはいけないのだろうけど……そう、思ってしまった……。
青年の言動だけしか分からないけれど……彼は病気のことに関して全くもって隠すことなく、気にしてる様子は一切ない……。
むしろ堂々としている。
この青年には自分が抱いているような思いはない……ってこと?
そんな……どうして?
堂々としすぎている青年に対して私は違和感を抱き、戸惑う……。
こんなにも堂々としていられるもの……?
もしかして…そもそも青年は『アルビノ患者』じゃないのかも……。
口では何とでも言えるし、髪の毛は金髪に染めればいい。
瞳の色だってカラーコンタクトを入れれば、簡単に瞳の色を変えることは出来る。
アルビノでなくても肌の白い人はいるから、珍しいことではないもの……。
……と、いうことは……私……まんまとからかわれたんだ……。
ズキッ……。
心が痛んだ……。
これ以上、傷つきたくない……と、思って過ごしてきたのに……忘れた頃に突如、思い知らされる痛み……。
いつになったら、解放されるのだろ……。
そんな私の心情などお構いなく青年はさっきと変わらぬ口調で楽しそうに話し続ける。
「ねぇ、これも何かの縁だし、君ともう少し話がしたいな〜」
ニコッと、無邪気に笑いかけてきた。
「離してっ!」
そんな青年の姿に私は苛立ち、声を上げた。
「わっ、やっと話をしてくれた。可愛い声だね」
今度は嬉しそうに笑顔を浮かべて、さらに声を弾ませて言った。
何がそんなに楽しいんだか……。
あぁ……人もからかってるのだから、楽しみしかないか……。
と、心の中で悪態をつくと共に苛立ちが募り、つい口調が荒くなってしまった……。
「急いでるの、手を離してっ!」
「急いでいるって、この後どこに行くの?」
「関係ないでしょ! とにかく離してよ、これじゃ会計行けない……」
「診察終わったんだ。俺はこれから皮膚科と眼科なんだ」
「じゃ、さっさと行けば?」
「そうだね。けど、かなり早目についちゃったんだよね〜」
「それでもさっさと行けばいいじゃない」
「えーなんかもったいないじゃんっ!」
青年は不服そうな声を上げた……。
「……もっないない……?」
紡がれた言葉の意味が分からなかったから、私は同じ言葉を口にしていた……。
「うん。さっきも言ったけどさ、同じ病気を患ってる者同士……このまま『はい、さよなら』なんて、もったいなくない? せめて、君の会計の計算が終わるまで」
パンッ‼
私に向かって青年が勢いよく両手を合わせて、頭を下げた。
「お願いっ‼」
「……」
思いもよらぬ青年の行動に私は困惑する……。
「ちょっ……なにあれ……」
「何だ、何だ?」
病院内を行き交う周りの人の目と囁かれる言葉に私はハッ……と、する。
マズい……。
注目されてる……。
私が何よりも避けたい事態になっていることに気がつき、私は慌てて口を開いた。
「わ、分かった」
聞き入れるしかない状況を作った青年を恨めしく思いながらーー……。

青年の願い通り、私は1階ロビーの会計窓口で会計の計算をしてもらっている間、ロビーに設置されている長椅子に二人で並んで座り、話をした。
ーーと、いってもそのほとんどは青年ーー彼自身のことだった。
それは彼が自身のことを聞いてもらいたいから一方的に話をし続けたのではなくて、私に対して彼が質問をしていても私が一切自身のことを話さなかったからだ。
そんな私に対して彼は気分を害することなく、友達と他愛のない会話をするかのように……
父親の仕事の都合でこの街に来たこと。
私よりも2歳年下の16歳であること。
病状はわりと軽め……と、いうこと等、自身のことを話し続けていた。
再び、病気の話になって私自身の病状も詳しく聞いてきたけれど、何も話をしなかった。
と、いうよりも話したくなかった……。
彼からまた、病気の話題に触れた時、『やっぱり病気なの?』と、思ったけれど……すんなりと素直に話された内容を受け入れることは出来なかった……。

「会計番号◯◯様〜」
ようやく呼ばれた会計番号に私はそっと肩をなでおろす。
やった。
これで開放される……。
そう、思った。
けれど……考えが甘かった……。

「それじゃ」
長椅子から立ち上がろうとした瞬間……
「待って!」
再び、彼に腕を掴まれた……。
「ねぇ連絡先交換してよ」
「ーーっ⁉」
彼の発言にびっくりして、言葉を失う……。
「もっと、君と話がしたい。だから、お願いっ!」
「……っ……」
「連絡先交換してよっ‼」
パンッ‼
またも彼が私に向かって勢いよく両手を合わせて、頭を下げた。
二度目の彼の懇願する姿にやっぱり、私は周りの人の目と言葉が気になって、渋々彼の言うことを聞き入れたんだーー……。