ある日のことーー……。

「はぁ……」
私はうっすらと暗闇に包まれてゆく海をぼんやりと眺めながら、何度目になるか分からないため息をついた……。
その時。
「ねぇ、何してんの?」
不意に声をかけられ、私はびっくりして反射的に身体(からだ)を縮こませた……。
「あっ……ごめん、ごめん。驚かせるつもりなかったんだけど……」
申し訳なさそうに謝罪を口にしながら、数メートル離れた場所にいた人物がゆっくりと私の方へと向かってくる気配を感じて私は慌てた。
被っていた上着のフードの端を掴み、出来るだけ顔を見られないように俯いたまま、さっと素早く立ち上がると波返し護岸(ごがん)の上から歩道へと降りた。
そのまま、住宅街へと足早に歩き出す。
そんな私に対して、さっき声をかけた人物が再び、声をかけてきた。
「えっ、ムシ⁉ 淋しいな……」
その声は大きくて、はっきりと私の耳へと届いたけれど……私は振り向くこともまして、足を止めることもなくその場から逃げるように立ち去ったーー……。

パタンッ‼
勢いよく自宅の玄関の扉を閉めて、私はその扉に背中を預けた。
「はぁ……はぁ……」
息が上がって、呼吸が苦しい……。
私の身体(からだ)は新鮮な酸素を求めて、忙しなく上下に方を動かしてより多くの酸素を取り入れようとしていた。
あれから、海岸からの数十メートルという道のりを足早に歩き、自宅が見える頃には全力疾走していた……。
こんなに走ったのはいつぶりだろう……?
滅多と外出しなくなったことで歩くことは愚か、走ることさえしていなかった身体(からだ)にはとても辛いことだった。
そんな体力のない身体(からだ)での全力疾走といってもたかが知れてるけれど、私の中では精一杯の全力疾走だった……。
あぁ……驚いた……。
息を整えつつ、私の頭の中ではさっきの出来事が鮮明に蘇っていた……。
ごくたまに波返し護岸(ごがん)の上に座って、うっすらと暗闇に包まれてゆく海をぼんやりと眺めることがあったがこれまで声をかけられたことは一度もなかったので、すごくびっくりしてしまった……。
声をかけられても迷惑だ。
だって、私は一部の人を除いて、もう人とは極力関わり合いを持ちたくないんだもの……。
……一体、何だったんだろう……。
何か目的があったの……?
はたまた、私が一人でいることに疑問を抱いたから声をかけたのかもしれない……。
何かしら思わないと見ず知らずの人になんか声をかけないよね……。
……ホント、勘弁してほしい……。
日光と人を避けて出かけたのが裏目に出てしまったようで、ツイてない……。
しばらくの間、海に行くのはやめておこう。
そうすれば、もう二度と会うはずはない。
そう、思っていたのにーー……。