「ど、うして……どうして突然、メールも電話も……何も連絡してこなくなったの」
歩道から波返し護岸(ごがん)身体(からだ)を預けて海を眺める1人の人物(・・・・・)は彼だった。
私は彼の姿を目にした途端に走り出すと……気配を感じ取った彼がくるり……と、私の方を向いた……。
そんな彼に向かって、私は勢いよく彼の胸へと飛び込み、両腕を掴むと同時に声を荒げて、問いただしていた……。
「えっ、ちょっ……」
突然のことに彼は驚いていた。
私は構わずにさらに問いただす。
「ねぇ、どうして⁉」
「ちょっ、ちょっと……待って、落ち着いて……」
「落ち着いてなんか、いられないよっ! わ、たし……私は何かあったんじゃないか……って、心配で……」
「……っ……」
「私がもう連絡してこないっでって言ったから⁉ それで連絡してこなくなったの⁉ それともやっぱり……どこか具合が悪くなって……?」
「違うよ」
彼がやんわりと言った。
「どちらも違うよ」
「えっ……」
「願かけ」
「……?」
「願かけしてたんだ」
「……どう……いう、こ……と?」
さっぱり、訳が分からない……。
彼と話をすると大体、突拍子もないことを言われることが多いけど……今回もまた、思いもよらぬ言葉が飛び出し、私は困惑するしかなかった……。
「メールにもそれとなく書いてはいたんだけど……」
彼が伺うように私を見た。
「もう少しでやりたいことの1つを叶えることが出来そうなんだ……って」
「……」
私は彼からのメールは数日後にまとめて開いて、内容もチラリとしか見ず、1つ、1つを丁寧に読むことはなかった……。
どうやらそれが原因だったらしい……。
彼は私が数日後にメールを開いたとしてもきちんと読んでいると『既読』がつく度に思っていたような口ぶりだった。
「……ごめんなさい。ちゃんと、読んでなくて……」
すんなりと自分の口から謝罪の言葉が出てきて、自分でびっくりしてしまった……。
「いいよ、いいよ。気にしないで! 俺も勝手にちゃんと読まれてる……って、プラスに考えてたから。全然返信も電話にも出てもらえないのにそう、思ってるなんてよっぽだよね~」
へらっと、なんでもない風に彼が笑った。
チクッ……と、私の胸が痛んだ……。
平然を装う彼の姿に申し訳ない気持ちを抱く……。
「……それで、その……願かけ……って、なに?」
「北海道に行ってきた」
「ほっ、かいどう⁉」
「そう。ようやくバイトで目標金額までお金貯めることが出来たから、1人で自転車に乗って、行けるトコをぐるっと一周ね」
「ーーっ⁉」
「夜明け前と夕暮れから自転車漕いで、日中は出来るだけ日焼けしないように施設利用して休んだり、地元の人がおすすめする名物を食べに行ったり……」
目を細めながら無邪気に話す彼の顔はとても楽しそうで、旅先の出来事をいろいろ思い出しているんだろう……と、思った。
「その自転車一周旅行が無事、成功するまで連絡しないって、旅に行く前からそれは決めていて……。メールではそのことに触れなかったけど……さっきも言ったように、もう少しでやりたいことの1つを叶えることが出来そうなんだ……って、メールもしてたから、突然連絡がなくなっても大丈夫だよねって、思ってたんだけど……」
えっ……。
なに、それって……つまり、全部……私の勘違い……。
早とちりしてたってこと……⁉
反射的に彼の腕を掴んでいた両手をパッと離すと同時に自分の行動と言葉が鮮明に頭の中で蘇り、私は恥ずかしくなって、カーッと、瞬時に頬が染め上がった……。
「こんなにも心配してくれてたなんて、びっくりだよ」
「そっ、それは……」
だって……予想外のことだったから……。
彼のこれまでの言語を考えば……ちょっと私がキツく言ったって、気にもとめずにけろっとして、翌日からも変わらずメールや電話もかけてくるんだろうな……と、なんとなくだけどそういう思いが強かった……。
それなのに……あんなにもあっさりと連絡が途切れると自分のせいだったのではないか……と、思ってもおかしくないだろう……。
「君に対してとても悪いことしたと思うけど……ラッキー。こんなにも心配されるなんて……気にかけられてる証拠でしょ? それがなんか嬉しい」
「そ、んなんじゃ……ないっ!」
「そうかな〜」
彼は嬉しそうに私を見つめた。
「本当にそんなんじゃないからっ‼」
私は慌てて、早口で否定をするも……やっぱり、彼はニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。
そんな彼の微笑みがほんのちょっと意地悪めいて見えて、恨めしく思ってしまった……。
「ところで……」
不意に彼が話題を変えた。
「ねぇ……君のやりたいことは見つかった?」
「……あっ……えっ、と……まだ……」
なんとなく気まずくて……私は俯きがちにボソッ……と、小さな声で呟いた。
「そっか」
「……」
「ゆっくりでいいんじゃない? きっと、見つかるよ。君のやりたいこと。でね、俺……1つ思ったことがあるんだけど……」
「……な、に?」
「朝日が見たいんじゃない?」
「えっ?」
「君は海に沈む太陽ばかり見てるけど、それって……本当は朝日を見ることに憧れているからじゃないのかな〜って」
思ってもなかったことを言われ、ドキッとした……。
……朝日がみたい……?
そう、私が心の底で思ってるってこと……?
そんな、まさか……。
私にとって、太陽は有害。
皮膚癌のリスクをあげるだけのもの……。
それを……見たいだなんて……考えたこともなかった……。
「ねぇ、見に行こう」
「えっ……」
「日本で一番最初に朝日が昇る場所で、朝日を見よっ!」
私はどう答えていいのか分からなくて無言になる……。
「二人で見に行こうよ」
「……」
「ねっ! 決まり‼」
彼は私の手を取り、屈託ない笑顔を浮かべて、声を弾ませて言った。
「……ごーいん……」
私はクスッと口元を緩めた。
「それが俺。知ってるでしょ?」
彼の言葉に私がコクッ……と、頷く。
そして……
二人で笑いあったーー……。