「おりゃ~」

 土のグランドに全く恐怖心を持たずに飛び込む。土埃を巻き上げ、横っ飛びでボールを上へと跳ね上げたのなら、その勢いを利用してクルリと起き上がる。
 これは1964年東京オリンピック。 『東洋の魔女』と称された日本女子が金メダルを手にした必殺技。大松博文監督がおもちゃの『起き上がりこぼし』をヒントにして考えたという『回転レシーブ』。

「あぁ~またアイツだ~」「すっご~い、八っちゃん」「あれもう、反則にするべきよ」「6年生にもに勝って、優勝しちゃうんじゃない?


「ひっひっひっひ……拾ってやるぅ~拾ってやるぅ~」

 競技を行っていない全生徒が注目しているグランド中央。大快晴の柏門町小学校球技大会。

「何かアイツ呟いてるぞ……」
「怖いな……」
「魔女みたい」



「足から血が出てるよ……」

 気付いたクラスメイトが八千に痛そうな顔と共に告げる。八千は唾を指に付けると傷に塗る。
 ニヤッと笑って顔を上げたのなら、

「こんなの大丈夫」

 腰を低くして構える。

「でも血、止まってないよ」
「保健室行こう」

 心配するチームメイト。

「私が居なくなったら、誰があんたたちの後ろを守るのよ? あたしは投げてぶつけるのは得意じゃないから、そっちは任せたよ。あたしだけじゃ勝てないのは分かってるんだ。だからあたしはあたしができることをやる」



 そして柏門町小学校史上初の2年生優勝、更に翌年には男子学校優勝学級への王者統一戦を申し込み、見事それを撃破。そして八千が卒業するまでの5年間、ドッヂボール帝王として君臨する。


***


「あれ? 八千、膝すりむいて血が出てるよ?!」
「ん? あれ? 本当だ。ちょっと待って」

 ペロッと唾を付けた指で傷口を擦ると、八千はポーチから絆創膏を取り出して手際よく貼る。


 以前から何度も見たこの風景。小学校のときは傷を剝き出したまま、中学生からは絆創膏が貼られた足を見なかったことはない。スタイルの良い八千の傷だらけの足。

「八千……いつもありがとう」

 少しだけセンチメンタルになる。

「……こんなの大丈夫! 感謝なんかするな。後ろにはいつだってあたしが居るんだ、それがあたしの役割。だから菜々巳と睦美は前を、前は頼んだからな!」


 あのときからもう……八千の回転レシーブなんて、久しく見ていないな……。