福岡に住んでるバレーボーラーなら誰もがその名を知る名セッター竹下佳江選手、世界最小最強セッターの異名を持つ。そしてその栄冠への道のりは険しかった……『最小最強』は初め『最小』だけで『あんな小さいセッターで勝てるはずもない』と戦犯扱いだった。
 そして彼女は一度引退する。

 復帰したのち『世界最小最強』の称号を手にしたのだ。


 九十九もバレーを始めた当初、同時期に始めた人たちと比べて下手から数えた方が早かった。目指すは《世界最強》。ポジションはセッター……。こんなはずではなかった。

 一つ上の先輩には零華がいた。すでに小学生の枠を飛びぬけて上手かった。

「誰もが全員初心者から始まるものよ。スポーツって上手い人だけが楽しむものではないでしょう? だからね、下手な時間は『set up』の時間よ」

 零華は九十九少年に優しく教えてくれた。言ってる意味は良く分からなった、けれども『優しさ』だけは伝わった。
 何故なら一度練習に集中した彼女は、とても話しかけられるはずもないほど厳しい表情をしている、その彼女があんなにも和やかな表情を向けてくれたのだから。

「下手な時間を楽しみなさい。Set upに時間を掛けただけ、遅くともしっかり身につくから。Setを蔑ろにしたのなら、完璧な決定打(スパイク)は生まれない」

 時間をかけて成長した方が、より確実な礎を土台として積み上げられる。九十九はそう信じた。いつまでも零華と同じコートに立てない自分がもどかしくも焦りはなかった。

 きっといつかは彼女にトスを上げられる日が来ると信じて。

「上手くなっていく自分を楽しむ、だからスポーツは下手から始めて良いものだ」
 だから九十九は努力を楽しんだ。そしてそれを教えてくれた零華を好きになった。


***


「俺、零華さんにトス上げとうてセッターになったとに、できん内に引っ越してもうた」

 そのときはバレーに身が入らず、バレーを辞めた。ぽっかりと心に穴が開いてそれはバレーで埋められるどころか、バレーをやればやる程穴は大きく広がったからだった。
 中学校に入ると、熱心に一緒にバレーをやろうと誘われた。それが今の祐修高でキャプテンをやってる古賀である。

 何度か見た竹下佳江選手の代表試合で始めレフトで日本代表だった選手が一度引退をし、復帰後、リベロとなって日本代表となった成田郁久美選手のことを知り、竹下選手自身も引退からのカムバックというのもあって、リベロとしてコートに戻る決心をした。


***


「零華さんがもし負くるとしたんなら、こんチームかも知れんな」

 まだポケットからは鳴りやまない着信音を響かせてもう一言呟く。どうせ古賀なのは分かっている。

「明日は応援に行こうかな~!」



 体格差だけで不利益が生じにくいポジションであるセッターそしてリベロもまた世界のトップでなければならないと感じる。

 世界一のリベロになるためのset up期間……向上心を持ち続ける限り終わることのない set up……。