その『イメージ』が追い付かない。レフトオープンとレフト平行のエース2本でたちまちデュース……。世代最高のエースには凡人のイメージが到達するのは難しいのだろうか?
 それでも菜々巳はトスを上げ続ける。睦美からも受け取った言葉は、菜々巳のファイティングポーズとなる。お姉ちゃんの居る平安学園に負けて以来『勝てるセッターになりたい』と誓いつづけてきた。――それは悔しさを忘れないこと。



 想うだけでは勝てないのが現実……。

 ここでデュースは想定外。あと1点が取れなかったために、もう2点必要となる、24番のサーブが切れない。

 サーブと共にセッターポジションへと動き出す、そこへライトポジションへと向かう睦美と交錯してしまう。追い上げられた焦燥感が小さなミスが生む。これこそが勝ち進む経験。長引けば王者との距離を半歩、また半歩と、少しずつ差をつけられていく……。

 八千のサーブカット。出遅れた私のためのセンター寄り高いレシーブで間を作る八千。
 見上げたボールはいつもと同じ。するとその背景さえも柏手高校体育館に思えてくる。


 私はいつもこんなにもいいサーブカットをしてもらってるんだ……。


 ライトと正対(* 逆セッター)する、それはわざとだ。睦美との交錯で『Position』ミスを装った駆け引き。
 試合序盤で煽ってみせたトリックプレーをこの土壇場でもう一度……今度はあのときとそっくりな『Occasion』。顎を上げてバックトスの体制を大きく見せる。顎を上げたことでバックトスを誘引する『Operation』。
 零華にはあのときと同じシーンがフラッシュバックされ、ライトに上げると読むはず。しかし私の狙うはツーアタック。右利きの私がライトと正対したのなら、ツーの威力と精度は上がる……。

…………『set up』には『罠にハメる』という意味もあるのよ…………。


「ツーあるよッッッ!!」

 私が選択したのはライト、睦美へのオープン『toss』。零華先輩が警鐘を鳴らす大きな声とほぼ同時だった。
 流石は零華先輩。ここで『あのとき』に惑わされず、私に騙されずに、『ツーアタック』がこの場面最も警戒されていない選択肢だと思い直せるなんて……。



 睦美がニッコリ微笑んだ気がした。睦美も私も、そして零華先輩も『あのときのあのトス』から解放された瞬間とも言えるスパイクが、強烈なドライブ回転が掛けら(生命を叩き込ま)れて女体コートを突き抜いた。
 確率だけでは図れない勝負すべき1本!


「菜々ちゃん、やったね!」

 どこからか環希の声が聞こえた気がした。



 セットポイント!



 睦美への1本は四葉へのトスの花道だった。勝利を分ける決定打……大事な1点を取れるかどうかで、結果を大きく変えてしまう勝負の厳しさ。エース四葉への信頼のトスは必然の結果をもたらした。

 私には四葉先輩のスパイクが零華先輩に見えた。



 第2セット26‐24、セットカウント1‐1。私たちはついに追い付いた。勝負は第3セットへと続く。