魔球ジャンプフロータサーブが打ち込まれる。

「バビョった!」

 パスヒッターである零華がレシーブと共に叫ぶ。

 よしっ! 崩した! そして……『バビョる』とは共通語なの? 精神的な事由を指すのかと思えば、行動的結果的な表現だとニュアンスを悟る。
 零華先輩のバビョりシーンを思い出して私は薄く笑う。



 ややネットから離れたレシーブ。それでも女体は速攻の構えを見せる。後衛の16番セッターのトスではなく、9番がジャンプトスに入る。
 センターのテンポが微妙に遅い?!セッターの手にボールが触れるのにボールを叩けるポジションに入ってきていない。

 これは初めに見せたトリックプレー?! セッターが空振りしての下からアンダートス。
 唯一パイセンもそれと見てとったに違いない。案の定、セッターの手をすり抜けボールは下へ……。

 アンダートスが上がってからブロックに飛べばいい……。そう思った刹那……。相手のセンターはもう飛んでいた。タイミングが早い。
 そしてこともあろうか、ジャンプしていたセッターの腿でリフティングトス!
 それを素早く叩きこむ時間差攻撃!


 アンダートスが上がってからブロックに飛べばいい……。そう思った刹那……。相手のセンターはもう飛んでいた。タイミングが早い。
 そしてこともあろうか、ジャンプしていたセッターの腿でリフティングトス!
 それを素早く叩きこむ時間差攻撃!

「簡単に通してたまるか! 八千っ!」

 遅ればせながらブロックに飛ぶ唯一。スパイクが放たれた後に飛ぶブロックはシャットアウトできるはずもなく、レシーバの邪魔になりかねない。


 唯一が飛んだブロックはバックステップブロック。そんなブロック技術などあり得ない。それはソフトブロックの決定版とも言うべきワンタッチ。会場が湧くプレーの連続。勢いを殺したボールは柔らかくネット際へと落ちていく。
 一十美の舌打ちが聞こえて来そうな唯一のブロック技術。それを才能の塊りとも言うべき八千が、レシーブ位置へと走る、その一歩が速い。

「菜々巳セット頼む」

 私が上げたのはレフトへの平行トス。トリックプレーで整っていない女体の陣を乱す速いプレー。しかしそれを9番が見事にブロックしてみせた。

「させるかっっっ!」

 八千が更に会場を沸かせる。その中の一人、九十九が最大の賛辞を込めて呟く。
「ナイス、スパイクフォロー」

 しかしこれをオーバーハンドでセットアップするには難しい。アンダーでもう一度レフトへ上げる。難しいトスとなり、強打できず相手のチャンスボールに。女体がこのチャンスボールを託したのがエース零華の高速バックアタック!

「なんのおぉぉぉ」

 三度八千が女体の攻撃に立ちはだかる。真正面のレシーブ。しかし零華のスパイクがあろうことか名手八千の腕を弾く!

 唖然とする柏手高コート。テンテンと転がるボールに静まり返る会場。ラリーを終わらせたのはやはり王者の女王。見下ろす零華に打ちのめされた感を破ったのは笑い声……。

「はっははは。このあたしが弾き飛ばされるなんてね、笑いが止まんねーッスよ零華先輩。笑ったら負けのバレーボール(にらめっこ)で大笑いですわ」

 八千の挑発にも取れる言動に何の反応も見せない零華。チラっと私と視線が合ったのなら、八千は言葉を続ける。

「たかが1点。柏手はバレーで100点目指してんだ。あたしたちは100点取られるまで負けない!」

 逆に会場が静まり返る。その静寂を今度は零華の笑いが破る。

「な、何が可笑しいんですか、零華先輩?!」
「じゃあお望み通り、100点取るまでよ!」

 零華先輩の啖呵にチームの怯みを感じたのなら、五和先輩が立ちはだかる。

「こんな1点くらいでオタオタしない! そういうこと! ただそれだだけ!」

 こういうところが五和先輩の頼れるところだと感じる。強さが足りない。その差を感じる度に自信が揺らぐ。それを感じたのか私に視線を向けたのを感じる。


「四葉がね、言ってたよ……あんたは入部したときからピカイチのセット技術を持っているのに、どこか自信のない……だから『私が決めて自信をつけさせてあげなきゃ』って」

 サーブの権利を失った柏手高、これでこのセットは出番はもうない……コートを出なければならない五和が言葉を掛けてくる、正直私は五和先輩を直視できないでいた。

「悔しいよね……私とだって『今きっとこういうトスが欲しいよね』とか『ここだとちょっと打ち切れないな』とか、お互い感じ合ってたはずなのに」

 見つめ合った四葉と五和が静かに頷き合う。2人には余人が入り込めない言葉が交わされたと推測する。下を向く私に、もっと下を向きたい五和先輩からのエール……。

「あ、それ零華も言ってたかもしれない『最後は菜々のトスを、どんなトスでも打ってあげたい』って。……そうよ、だからあのときのあのトスが自分に上がらなかったのが悔しかったんだ! と思う……睦美と意思疎通を高めている2人のコンビに……零華がずっと欲していた相棒のセッター。環希先輩を求めたように」

 唯一が菜々巳に微笑みかける。

「環希先輩……」

 亡くなった後でも、何度でも上げた顔を眩しく差すその名を呟く。『勇気』が『勇ましい気持ち』をだけを指しているのなら、私は『勇気がない』のだろう。でも『勇気』が『心を強く持つ』ことを指すのなら……。
 人の心は難しい……零華先輩の深意は慮れなかった。でも仲間の気持ちは、こんなにも真直ぐな思いは伝わる。
 みんなが私を励ましてくれる、バレーは助け合うスポーツ、だから私だって勇気が出せる。顔を上げるんだ! 下を向いてバレーはできない!



「こっちにだってあるだろ、とっておきのトスが」

 五和の残した言葉に睦美、八千、唯一パイセンの目に力が籠る。