日下部今日子。柏手高校女子バレーボール部3年。小学校のときから始めたバレー。ちょっと器用な方で、ボールはすぐに手に馴染んだ。その一方で体格に恵まれず、中学校卒業の頃の部内では周りを見上げるような背で止まっていた。
 バレーボールのレギュラーを勝ち取るために、スパイクよりもアンダーハンドとオーバーハンドの練習に力を入れた。サーブも頑張った。県内では強豪の部類に入る柏大手高校に進学した。

「1年D組、日下部今日子。大手台東中から来ました。よろしくお願いします」

 この高校で、すぐに上には上がいることを思い知らされた。

「1D、木村五和、弥冨中。よろしくお願いします」

 同じ一年生でこんなにも凄いサーブが打てるなんて……。

 同級生たちに指高(* 腕を上げたときの床から指先までの高さ)も届かず、最高到達点も劣っている彼女にできることは、サーブとパス。努力してきたつもりだけれどサーブもパスも敵わない……『あの雨の続いた日、なんで練習サボっちゃったんだろう』『あのとき何で朝、起きれなかったんだろう』その少しの差が今日に繋がっていたことを知る。

 日下部今日子。ポジションセッター。私は彼女が公式戦に出ているのを見たことがない。
 今日も応援席から声を出し続けている。

「五和ぁぁぁぁぁ!」
「負けるなぁぁぁぁ!」

 春日部先輩の涙の大声援。

 プロではない『学生スポーツ』の醍醐味。勝ち負けがもたらす悔しさとは別に思う悔しさ。
 青春の煌めきほど戻せない時の大切さを知らしめるものはない。刹那を切り取った青春は、そのシャッターを切った瞬間から鮮度を失いつつも反比例してエネルギーに満ちている。
 入部してから五和の陰に隠され、その五和でさえ新入生にレギュラーを奪われ、日の目を見ることなく、それでも3年間やりきったバレーボール。
『部活をしている時間を他のことに充てればよかった』と思ってしまうこともあった。バンド活動や趣味、勉強に時間を割いている友達が羨ましく感じた。逃げても良かったんだ……でも逃げる勇気もなかった。

「私は春高まで部に残らない。インターハイが終わったら引退するよ。バレーボールはもう終わり」

 きっと同じ後悔をしたくなかったのであろう……雨の日だって寒い日だって日下部はいつだって体育館に1番で来て決して休むことはなった。
 五和は知っている、日下部の悔しさを。五和も知っている、『仲間』に負ける悔しさを。だからこの悔しさを何かに還元したい。それが『自分に』でなくても、『セッターで』でなくとも。



 バレーボールにおいて『サーブ』だけは『ペンローズの階段』をイレギュラーさせる外的要因と言える。

「五和、ナイッサー!!」

 コートの内外から五和を後押しする味方の声援。五和がサーブということはラッキーガール・二胡がレフト前衛に出たことを意味する。そしてバックはリベロ風和莉とパスヒッター(* サーブレシーブするスパイカー)の四葉でレシーブは上手い。サーブが切れ込めば相手はベストの攻撃を選択できない。であればきっとディフェンスできる。
 このポジティブシンキングで『内なる自分』に打ち勝った五和のサーブは強気が増す。日下部の想いが五和のサーブに乗る。

 狙ったレシーバーの胸元めがけて打ち込む、スパイクサーブ!!



 五和のエースが続く……。その姿を見て、日下部は涙が止まらなくなる。『私がレギュラーを取れなかった相手が五和(あなた)で良かった』と。

 五和は再び試合をひっくり返した。