「……諦めるな? また一緒にバレーやろう? 筋力がなくなって走ることだって満足にできやしないのよ? もう、そんな気休め言わないで! 諦めたり挫けたりしたことない人なんていないんじゃなくって?」

 環希先輩の大きな声に驚いて、ドアの前で立ち止まった。

「お祭りの射的で欲しいものが倒れなくって、それでも親に倒すまでお金を出してくれって言える人いた? 次元が違う? 比べるもんじゃない? じゃ事の大小を一体誰が決めてるって言うのよ? 諦めて良い、大事じゃない、それはその人本人が決めるべきことのはず。だから簡単に『諦めちゃいけない』なんて言わないで!」

 お姉ちゃん、十色先輩の二人は何も言い返せないでいるのだろう。環希先輩の声だけが広くない個室を破る。
 今、病室の中はどうなってるのだろう? 環希先輩は泣いてるの? あの環希先輩が? お姉ちゃんは下を向いてうなだれているの? あのお姉ちゃんが? 十色先輩は? 環希先輩のトスを一番切望していた人……。

「『諦めた』その初めの一回を経験していない人が居たのなら、『諦めない』プライドが存在する。でも『諦めたことがある』からこそ、その辛さを、その後悔を、立ち上がる強さを経験するんじゃなくって? 挫けたことがあるから、その人に寄り添う優しさを覚えたんじゃなくって? 決してこの先の人生が楽しいことばかりとは言わないわ、でも楽しいも苦しいも知らないで諦めなくっちゃいけないのよ! だってそうでしょ? バレーだって苦しいこともたくさんあるけど、あなたたちはバレー、続けてるじゃない……。あなたたちにはバレーをしたり、恋をしたり私にはできない未来が在るじゃない?! 諦められることか、諦めなければ何とかなる事なのか……もう許して……」

 私たちが聞いた環希先輩の声はそれが最期となった。



 唯一たち、菜々巳たち、三咲たち、と何回にも分けて来られた環希のストレスがついに爆発した。最後が三咲たち同学年生だったから余計に気持ちが崩壊してしまったのであろう。



 環希先輩は病気で僅か15歳の若さで亡くなった。私がもうすぐ中学校2年生になる頃だった。



 6年生になってすぐ11歳で発症し、5年生存率は20%以下……それは早すぎる死だった。天才的なバレーのセンスとお姉ちゃん肌の面倒見の良さで誰にでも慕われる存在だった……。
 私たち、地元バレーボールクラブ、東洋アローズの8人(・・)のバレー仲間は、このとき(あの日)終わりを告げたのだろう……。


***


 睦美のマッハは反撃の狼煙となった。15対19、19対21、22対23……ここで監督はピンチサーバーを出す。

「木村……頼んだぞ、お前が人知れず磨いてきたサーブがチームを救う」
「! はい!」

 五和先輩のモチベーションが一気に上昇したのを感じる。そう、多分五和先輩は監督が五和先輩の努力を知っていてくれたのが嬉しかったのだろう……進学すればするほど、結果への評価が主となる。若い世代はプロセスこそ評価されたいものだ。

「まだあの3番のミドルブロッカーが前衛に居る、しっかり崩してくれ、忘れるな!」
「はいっ」



 五和がトスを上げサーブモーションに入る。

「ジャンプフローター?!」

 三咲が驚く……第2セットでは打たなかった五和のフローターサーブ。まだ五和は隠し玉を持っていた。



 バレーのスパイクに変化球は無い、変化する前に着地するからだ。その点サーブは一定の距離がある。バレーボール屈指の変化球サーブ!