***


 あの日(・・・)より遡ること1週間ほど前……。私たちは環希先輩のお見舞いに来ていた。木枯らしは心まで吹き荒ぶことはなく、季節を一つ越えようともがいていた。立春を越えた今の空っ風のほうが沁みてくるのは、病院という簡素な風景が心を乾燥させてしまうからであろう。

「病院は嫌いぃ~」
「部活終わりだとさすがに寒いね」
「暗くなるのもまだ早いですしね」

 控えめな明かりは環希先輩の具合が回復に向かっているようには見せてくれない。今まで私は、バレーでのキラキラした環希先輩の世界を浴びてきた。だから、この光景を受け入れたくない私が居た。得意のスマイルもあからさまに愛想笑いだ。
 それとは裏腹に精一杯の光源を降らせようと出迎えてくれる。

「なんだ~。唯一と零華、今さっき帰ったばっかだよ~」
「やっぱり?! 珍しく今日、部活早終わりだったから……」
「先輩疲れちゃいますよね、すみません」
「これ~先輩の好きなイチゴ~置いときます~長居しないで~帰りますねぇ~」

 そそくさと引き上げようとする私たちを引き留めたのは先輩だった。

「部活……楽しい?」

 思わす顔を見合わせてしまった。同時に環希先輩を見た私たちは同じ様に頷いたに違いない。すると環希先輩はクスッと微笑んだ。

「そんな顔しないの、あんたたち……もう……分かってると思うけど……」

 環希先輩はここでわざと一息切った。多分、環希先輩自身、その言葉を発するのに決意が必要だったに違いない。そう、私だったら決して言えない……本当の勇気がない者には出せない言葉……。

「未知なることは怖い。私は死ぬのが怖い。死の経験を教えてくれる人は誰もいないから。誰もがその最期の瞬間の一度きりしか経験できないから……だから私は知らない。だから怖い。死は一回しか経験できない、それは生きることも一度しか経験できないことを裏返しで言っている」

 その重い言葉に、たかが13歳の私たちは太刀打ちできない。病室の頼りない明かりが妙に有難かったりする。一体どんな顔をしたらよいのだろう……?

「生きる……この一回を大切にしなくちゃいけない。何もかも全部ひっくっるめて只の一回を生きるしかないの。やり直しも、リセットも巻き戻しも利かない一発勝負の人生。人生のチャンスは一回だけれど、選択のチャンスは何度もある、だから捉われないで……バレーボールが人生の全てではない」

 バレーで自信を得た八千が、バレーで仲間を作ってきた睦美が、バレーという難問に挑む私が、あんなにもバレーで輝いていた環希先輩の口から……信じられない言葉でもあった。思わず下を向いていた3人が顔を見合わせてしまう。

「あなたの人生をできるだけ色んな可能性を、精一杯考えて生きて……。それが生きている人の役目であって欲しい」

 口数少なく、私たちは病室を後にした。

 環希先輩と同級生である、お姉ちゃんたち3年生は私たちの直ぐ後に病室を訪れたのを知っている。
 そして私たちは環希先輩がお姉ちゃんたちに何を言ったかを聞いてしまった。一度病院を出た後、もう一度だけ環希先輩の顔を見たかった、見ずにはいられなかった。戻ったときにはお姉ちゃんたちが環希先輩と話していた。だから私たちはそれを聞いていた。
 それは常に後輩には強く、優しく、凛としていた環希先輩からは想像できないことだった……。