均衡した試合が動き出した。流れは柏手に動きを見せたように思える。それでも黎明は落ち着いている。何故ですの?
 嫌な気配を感じるわけでもないが、奥歯に挟まったホウレン草が取れないもどかしさ。


 四葉のサービスが放り込まれる。これまたネットにバウンドする形のネットインで相手レシーバのリズムを狂わす。
 黎明アタック陣はプッシュで壁を乗り越え、八千の前へと落す。それを今日数度目のファインレシーブ。アンダーでレフトの二胡先輩へ。

 二胡先輩も1点目を早く欲しているはずです。

「ブロック、3枚!」

 唯一パイセンが情報を伝える。スパイクはブロックに阻まれて柏手コート内に返ってくる、これはリバウンドだ。


 二胡先輩は打ち抜けないと判断し、わざとブロックに当てて自陣へとボールを戻した形で仕切り直す。緩く返ってきたボールをしっかり攻撃に繋げる。
 二胡先輩は単にラッキー―ガールではない。

「私は『もし~』に期待するのが好きじゃない。でも私は『もし~』を想像するのは好きだ。それは『想定』するためよ」

 二胡先輩はそう言っていた。だからこのボールは二胡先輩が想像したプレーだ。


(誰を使う?)

 二胡先輩がチームのために託したボール……。

(もう一度二胡先輩に……?)

 唯一パイセンがBクイックのタイミング。これを囮に二胡先輩への平行トスを上げる、お返しの『51』。
 少し遅れたブロックの上を抜く、クロスが相手コートへと叩き込まれた。良しッ!
 二胡先輩の人懐っこい顔に華が咲く。



 四葉先輩のサーブが続く。次のサーブは黎明がきっちりあげてセンターからの速攻。2枚のブロックが付く、再び前へと落すフェイント、それを八千がパンケーキ(* 床とボールの間に手の平を差し込んで甲でのレシーブ)で拾う!
 八千、怒涛のレシーブ!

 今度はチャンスボールが相手に返る。次なるスパイクは黎明がブロックアウト狙いで、八千を走らせる。
 そうか、黎明はレシーブの要、リベロを1セット使ってでもつぶしに掛かるつもりですか……?! その後、得意のサーブ&ブロックで仕留める作戦。



 分かっていても、レシーブをできるだけ分担して負担を減らそうとはしてみるものの、他のプレーヤーの負担になるくらいなら交代させた方がマシになる。
 当の八千本人は疲れを見せない無尽蔵のスタミナを見せつけている。八千は集中している。交代で間を切ってしまうのはゲーム展開的にも良くない。

「あたしを狙ってるのが分かってるのなら、絞り易い。逆にこれはチャンスでしかない!」

 1セット取った後の2セット目は競った展開。さすがに八千の勢いは衰えをみせ、いつもは簡単に拾っているように見えるほどファインレシーブに見せない(・・・・)位置取りと動きの速さ、なのに体力の低下がそれを難しくさせ、ギリギリのレシーブが増える。
 レシーブ力の低下は相手のサーブとブロックのみならず、スパイクの決定率も上げる。苦しい展開を強いられる。


 レシーブとは健気で献身的な作業に見える。皮肉なものでギリギリのファインレシーブは観ている側が最も称賛するプレーだ。その歓声が八千の気持ちを支える。

「ナイス八千っ! さすがチームの守護神ね」
「チームのためじゃ無いっス……この大歓声の中にきっとイケメンがいる。だからこそあたしは頑張っている」
「ハチ、本音が~」
「ハチじゃない……今は(きゅう)(九)してる……」

 八千……意外と難しい言葉知ってるのね……それに唯一パイセンの激励にネガティブジョークで答えるなんて、男前過ぎてしびれます。