ブロックには3つの絶対が存在する。『飛ぶ場所』『飛ぶ方向』『飛ぶタイミング』である。これが一つでも間違っていればブロックは映えない『万歳ジャンプ』。しかしこれらが揃ったとき、ブロックは間違いなくバレーボールにおける最強の防御で且つ、相手攻撃を挫く最高の攻撃となる。


 オポジットのポジション、単なる左利き用のサイドウィングのポジションなわけがない。頼れる火力があるからこそ相手ブロッカーも意識を向ける。

「睦美ッ!」

 私は得意に逃げそうになっていた。得意の形に持っていくのは悪いことではない。必勝パターンを形成するのに悪い訳なんてない、今までそう思ってきた。


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「将棋の羽生善治名人が言っていたの。『得意な形にしたいのは楽をしたいからだ』って。『もっと最善手を探すのを止めたときだ』って」

 環希先輩が教えてくれた、得意に逃げ込まないように。『得意なパターンなんて相手にすぐ読まれる』ってお姉ちゃんに怒られた。


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 ここはサイドアタッカー()には左右あってこそ、と示しておく必要がある。そしてレフト・ライトの両翼が脅威となるからこそ、ど真ん中が開ける、逆もまた然り。
 レフトポジションで2枚のブロックを破ったのなら、相手の必勝を崩したことに他ならない。相手が得意の形に引き込みたいのなら、その得意をぶっ壊してやります!

「四葉先輩、真っ向勝負です!!」

 オープントスをレフトに放った。



 恐らく左腕に『サイコダン』を持つ宇宙海賊『スペース・マングース』は真上から吊り上げれば左に傾くだろう。バレー選手も恐らく同じだ。多分偏った筋力でできている、と思われる。
 特にサイドスパイカーは同じ足で踏切り、ほぼ同じ方向から飛んで、何度でも同じ腕を振り下ろす。味方が繋いでくれる限り何度だってそれを繰り返す。

 実は零華先輩も密かに私を気にしていたなんて噂を聞いたことがあります。何となく雰囲気が被る2人……普段、四葉先輩とあんまりおしゃべりもしないし、五和先輩のトスの方が気に入ってる感じもあったし、私もオポジットの方に上げることの方が多いかも知れないですけれども、けれども……。

「私、先輩も、好きですっ!」

 四葉のスパイクは零華のスパイクに似ている気がする。体重が乗った重いスパイクというよりもキレのある、速いスパイク。

 私、先輩のスパイクもちゃんと好きですよ! 突然、私からの意味不明な告白。四葉がスパイクの瞬間私を見て微笑んだ気がした。当然私も照れ隠しの笑顔で返す。

 通常スパイクレシーブ(ディグ)でレシーバーはボールを受ける寸前になってアンダーハンドの態勢を作る。なぜなら、スパイクの着地点へ速く移動するのが第一課題であるからで、次に上にあげること。
 四葉のスパイクは『股抜きスパイク』と言われている。レシーバーがスパイクの着地点に入って腕を伸ばした時には、ボールはレシーバーの股の間を通り抜けた後、という意味である。


 ブロックが見事に四葉の利き(みぎ)腕の前を塞いでいる。四葉の引手である左手が、ストレート方向を向いていた左手が、クロス側へと動かされた。
 反射的にブロッカーはクロス側へと腕を倒す。――それは四葉の誘いだ!

 意図的に動かされたブロックにはネットとの間に隙間を生み出す。そこへ四葉の鋭い打球がねじ込まれる。

 全員の着地と共にボールがコートに転がる。遠目からだとブロックに叩き落されたかのような四葉のスパイクは、『吸い込み』(* ブロッカーとネットの間にスパイクを吸い込んでしまうこと)でブロックミスとなる。