スパイカーの得点はほぼ、セッターのラストパスによってできている。しかしバレーのトスはサッカーやバスケのアシストとは全くもって違う。

 得点の決定機を作りだしているのはむしろレシーバーだ。ボールは必ずネットの向こう側から飛び込んでくる。誰かのレシーブが全ての土台、そのお膳立てがあってこそ、アタッカーたちの得点へと繋がるであろうチャンスが供給される。


 私は何を自惚れてるんだ。少しくらいセッターができるようになったって、まだまだ環希先輩の足元にも及んでいないのに。



 四葉先輩はその悔しさを誰かの所為にはしない、と思う……。怖くなってちょっとだけ見てみる。自分(エース)にトスが上がらなかったことに、至らなさを猛省しているのであろうか。下を向いて何か独り言ちているようだ。
 きっと五和先輩なら四葉先輩に上げていただろう……。

「四葉ッ! 下向いてんじゃないよ!」

 唯一パイセンがぺチンッと尻を叩く。ヤダッ、いい音したわね。ついついそのやり取りを見つめてしまったのなら、四葉先輩と目がかち合ってしまう。

 四葉先輩は笑った……。私はそれを見た瞬間、動けなかった……『なぜ私にトスを持ってこなかったの?』四葉先輩がそう言っているように思ったから。
 睨まれた蛙の如く硬直していたのなら、四葉先輩の無理やり口角を上げていたかのような頬の緊張が溶けた……そう氷が溶けたように。それと共に金縛りから解き放たれた私は、笑顔でやり過ごしたつもりだ。


 もう一度盗み見たのなら、四葉先輩の背中からは、落胆することなく闘志が湧いているのが、『トスを寄こせ』という怨念が煮え出ているのを感じ取った。
 ひょっとして戦闘力が上昇した? 思えば四葉先輩から要求されたことなんてなかったかも。


「菜々巳ィ~。ツーアタック~、カッコいいぃぃ。私もやりたい~。次、私にトス回して~、回して~」

 ……睦美の奴……うるさい、水を差さないで。相手にも丸聞こえよ……。ひょっとして陽動? これで相手は次、睦美への警戒を強める? 一打目でオープンに上げたらツーもスリーもありゃしないです……いけない、こっちが陽動されてるわ?! いけない、サーブ、私の番じゃないのっ?!。



 ピッ!

 今度はこちらがサーブで攻める番、S1ローテーション(* セッターがサービスの番)。打つ前はいつもと変わらぬルーティン。
 床へ叩いてバウンドさせること数回、腕と手にミートの感触を確かめさせたのなら、小さく4回両手でボールを衝く。軽い助走からのトス、ボールから目線を切らすことなく踏み切って叩く!
 よしっナイスサー! 自分で言うのも恥ずかしいですけれど……。でも、あれ? 軽くサーブカットされてAパス? 
 速攻(センター)ッ!?

 今日の作戦は相手レフトに寄せたデディケートシフト(* ブロックを偏らせた戦術)ですけれど、さすがのセンターへの反応、唯一パイセンの対応が早い。セッターのトスワーク、コンビプレーの熟練度が長けてないからこそ、黎明はサーブ&ブロック主体のチームなのかもしれない。

 それにネット際の攻防で唯一パイセンに勝てるMBは多くはいないですの。相手レフト側へブロックを寄せてるので当然予想できないMBがいないのも当然といえば当然だけれども。私のサーブ、Aパスさせちゃっいましたし……。

 読めていればクイック攻撃だって怖くない。

「ワンチッ(ワンタッチ)!」
「はいっ!!」

 唯一パイセンの絶叫が響く。それは完全に強打にブロックが弾かれた、打ち抜かれた、などの類ではない、黎明アタッカーは完全にブロックが付くのは想定内のブロックアウト狙いの打点。
 唯一パイセンはキルブロック(刺すつもり)だったに違いない。

 唯一パイセンの声と同時、すでに八千が走っている。さすがに良く見てます、唯一パイセンのブロック位置、スパイカーの打つ方向などから瞬時にボールの行方を予測、エンドライン左後方だ。

 ボールに飛びつく八千。すごい、上げたッッッ!! しかし短い!

「カバー、お願い!」

 二胡先輩がさらに飛びつくとアンダーで大きく拾った。これが今度は大きい。相手のチャンスボールとなる。ダイレクトに叩こうとする相手のセンターポジション。それを唯一パイセンが再びブロックに飛ぶ。
 唯一パイセンは今度こそキルブロック(刺すつもり)だろうな。