約一ヶ月後に最終ラウンド、次の相手は黎明高校、勝てば2試合目準決勝、恐らく平安学園。そして二日目に決勝戦が行われる。



「木村(五和)、開(菜々巳)、ちょっと来い」

 練習前、監督に呼ばれる。二人の共通点は『セッター』。つまりはここで呼ばれたのはポジション争いの方法か既に結論が出たか……。

「今日の2対2のゲームから、分かれて全試合入れ、忘れるな」

「うわ、キッツー」

 聞き耳を立ててたのであろう八千の言葉が聞こえた。声の主の方へギロリと睨みを向けた監督から、明後日の方へと向いてとぼける八千の姿。
 柏手高校は練習の最後に全員が2対2の10点先取のゲームをやって終える。

 ビーチバレーは、そもそも2対2なら全員がスパイクを打てるバレーボールとして始まった。ビーチバレーはその特徴からセッターだから、スパイカーだから『レシーブしない』なんてことはない。
 セッター以外ではオポジットはバレーボールでサーブレシーブに参加しない。ディグ(* スパイクレシーブなどサーブレシーブ以外の相手からの返球のレシーブ)はもちろん行う。
 もちろん試合では“ネットの高さより上にあるボール”を『スパイク』することも『ブロック』することも『サーブを打つ』こともないリベロの八千もこのビーチバレーゲームで練習を終える。

 それぞれそのゲームから自ら不足を省みてノートに記し、自主トレや朝練などの部活終了後に繋げる。

「どうした? 返事ッ、忘れるな!」
「はい!」「はいッ」

 私たち二人の動揺が丸わかりだ。勢いで『はい』と返事してしまった、いや返事しない訳なんてない、それが部活動という名の体育会社会。
 監督がいつもサングラスしてるのは、こういうときに威嚇するためだったと思い知る。なぜならサングラスを外すと少し目が離れていて、ちょっとだけ笑ってしまうから。

 八千の言うようにバレーコートの広さでバレーボール用のボールで、あの運動量の半端ないビーチバレーをするのは練習後の身体には負荷が大きい。しかも求められているのはセットアップだけではない。



「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 上手く吸えずに切れる息、短く吐いた息を吸い込む最中にネット向こうの五和先輩の様子を盗み見る。途切れ途切れの呼吸、両腕で上半身を支え、それが乗せられた膝も力ないように揺れている。尋常ではない汗の量が見て取れる。でもきっと私だってかいた汗の量は負けていない。
 努力は汗をかいた量と比例する。しかし汗の量と進歩は比例しない。進歩は汗の質だ。勉強と同じで授業を聞いていれば理解するわけでもない。

 条件は同じなのに五和先輩ペアの方が強い。五和先輩のサービスが冴えてるのは分かってたこと。それ以上に試合運びに差を感じる。トスワークが普段の五和先輩より速い? ペアという性質上、誰にセットアップするかという迷いがないせい? 

 ゲームが終わる度に代わる相方、8人目にしてエース四葉と五和のペア。五和の疲労もピークなのであろう、速い攻撃を求める四葉に対し、何とか合わせようとする五和のトスが乱れる……四葉が気持ちよく打てないで貯まるフラストレーション。

「分かって来た……ですかも……」


 疲れてくると速い動きとそれに合わせるトスでの速攻は精神的にキツイ。ビーチバレー方式だとレシーブして即スパイク始動に入らなければならない。ブロック側も同様である、相手のコートに『落ちろ』と念じたボールが拾われ、且つ早い対応を迫られることでストレスがおきる。
 これをレシーブとトス、スパイクとで分担していると見えて来づらい。レシーブしたアタッカーの態勢如何によって『速い攻撃』の選択肢は排除しつつも、ビーチバレーではその人にトスを上げているからその質が良く見える。役割の違い、見えていない人たちの動き……味方が疲れてきたときのスパイカーの気持ち、相手が嫌がる攻撃とは……。

 欲しい量の酸素が貯まらない肺が浅い呼吸を繰り返して苦しい表情を作る。それでも私は笑った……。自らに対してのスマイルスルー。恐らくそれに気付いたであろう監督も、粘り気のたっぷりの笑みを放った。


 監督ったら、ドS……。 

 私もドMね……。



 ドッカーン!!

 酸素量が減り思考が鈍ってきて、考える攻撃こそが一歩目の瞬発力を奪う消耗戦。反復した練習こそが最大の武器となり得る中、睦美は練習が始まったばかりのような元気、底なしの体力、そして思考を必要としない“目の前のボールを叩き落す”本能。
 隕石が落ちたかのような睦美のスパイクが床を叩き鳴らし、監督も含めた全員の目を覚まさせた。