睦美は自身が理解してない能力がある。それは本来スパイカーとして有用な才能……睦美は自身が体感しているよりも滞空時間が長い、だから落下加速度の速い高いトスにタイミングが合っていない。
 睦美は目の前のボールを咄嗟に叩く反射の癖を持っている。だから速攻(クイック)は睦美の能力で合せられる。しかしオープンは目の前のボールを叩くだけではない、助走のテンポ一つで全てのタイミングが変わってくる。

 空中でボールを待つ滞空時間(溜め)が持てる睦美には、可動域の広い肩と柔らかい肘関節を有していて、ブロッカーやレシーバの位置、そのコースを選択できる猶予がある。
 それは才能だ……睦美がクイックベースのミドルブロッカーからポジション転向して見せたスパイク……『この人にトスしたい!』と私に思わせた才能。
 世代最高のエースと言われた東京女子体育大付属高校、通称『女体付属』にスカウトされた現2年、月影零華(つきかげれいか)先輩に負けない才能とポテンシャル。


***


 中学校1年、夏の総合体育大会の全国大会準々決勝、相手のマッチポイント……。このままブレイクされれば負け、サイドアウト(* レシーブ側となる得点)できればデュースに持ち込める……。



「八千っ!」
「クッッッ!!」

 強烈なスパイクサーブがコートに風を起こす。八千の右横、1歩半の距離、サイドラインとの間を通り抜けようとする風。1歩なら八千の反射速度をもってすれば上げられる。しかしこの『半』が厄介だ、このたったの半歩分の距離がレシーブを乱す。

「菜々巳、ごめん!」

 サーブカット(レセプション)が崩された。八千が私に託す声、その言葉を心に噛みしめてる暇など無い。サーブと同時に後衛からセッターポジションへと身を移した私の足が床に取られた……体勢を崩して落下点に出遅れた私は何とかセットアップに掛かる。レフトにはエース零華先輩、十色先輩は後衛。ライトには睦美が走る。

「レフトッ、OKよ!」

 相手ブロックは……? 私はライトに正対している(* 逆セッター 基本セッターはレフトに正対する)。それでも、だからこそ? レフトがトスを呼んでいる、苦しい時のエース頼み。私はバックトスが得意だ。状況からコート内外全員の意識がレフトへと集まる。センターには唯一パイセン。
 今日も安定してるエースと、思うような活躍ができずにマークの薄いライトの睦美……サイドアウトを取るための確率はどちらが高い?

 私は顎を上げてバックトスの体制を大きく見せる。顎を上げたことでバックトスを誘引し、そのまま前へとトスを上げる。私の選択はライト。


 弓を引いたような弧を保ったまま空中で静止した一瞬。そのエネルギーを放出するが如く左手から放たれる強打!

「いっけぇ~睦美っ!」

 睦美がクロス側に視線を向けた……それもフェイントになってか、エースの存在感からブロックが振られて空きのあるストレート(* スパイカーからコート対角線上に打つのがクロス、サイドラインに沿う軌道がストレート)を抜いた睦美のスパイク! ボールはレシーブに飛ぶ横をすり抜けてコート角、ライン際の床を叩いた。

「ピッ!」

 短い笛と共に審判のジェスチャーは『アウト』……。それと共に主審が試合終了の笛を鳴らした……。睦美以外の視線が私に向けられたその深意は……。

『なぜ、エースにボールを託さなかったの……?』

 零華先輩の口角が冷たく上がったのを今でも忘れない……私の選択をあざ笑う凍てつく微笑み。
『あなたは環希には及ばない』『もっと私にボールを預けてれば、こんな負けなど無かったのよ』『私に託さなかったあなたは、一生後悔するわよ』という強い意志の籠ったメッセージ。


 私があの時、睦美の好きな揚力を持った溜のあるトスを上げることができていたのなら……。
 私の選択が間違っていなかった証明が睦美の才能に掛かっている。


***


 睦美にはオープンの場合、加速度がついて合せにくい高いボールではなく、揚力の働くバックスピンの掛かったトスが良い……ボールが止まったようにゆっくり落ちてくるインダイレクト(* 直線的ではないパス)のトスこそが睦美のポテンシャルを最大限引き出せる。

 第2セット……睦美は14/16もの決定率を叩きだした。