キュッキュッキュッ!
夏の夕陽が差す体育館をグリップするシューズ音。活気はあるものの、3年生たちが居なくなったスペースがポッカリ空いている気がする。まるでコートを3、4人で守っているような……。
その分、声を出して埋める、埋めようとしているみんなの気持ちが良く分かる。
「もう一本!」「ファイト―!」「まだまだー!」
体育館に照明が点く。ここまで来てようやく練習も佳境に入る。バァーン、ダァーン! 弾かれるボールが快音を轟かせる。スパイクの練習に入ると心なしかみんなの表情が少しだけ和らぐ。やはりスパイクはフラストレーションを吐き出せる練習なのだろう。
そして私は横に並んだ五和先輩と二人ネット際に立つ。
私たち二人、それぞれの列に並んだ部員たちがレシーブを上げると、走り込んで私たちのトスを打っていく。
私の方が少しトスが高いかな? ネットから遠いかも? 好みのトス一人一人違う……五和先輩に並んでいる列の方が多い? 五和先輩の方がスパイクが打ちやすいのかな? しかしそれは錯覚だ……並んでる列は等しい。
柏手高エース喜多田四葉先輩が五和先輩のトスを超インナー(* アタックラインより前を狙ったクロススパイク。軌道は鋭角で他のスパイクよりも高い技術が必要)に打ちつける。
オォーと歓声が上がり、控えめながらもドヤ顔の四葉先輩にご満悦そうな五和先輩。みんなにオープントス(* 基本的なセットアップ。フワリと放物線を描くトス)を上げてるのに、これ見よがしの平行に近い 横方向軌道の低いトス。
嫌な感じ……思えば五和先輩とも四葉先輩とも部活以外の会話をしたことないな、なんて二人を尻目に視界に入ったボールを何気なく軽くトスアップ……。その目の端を切り裂いたのは一瞬の影。
ハッとその姿を捉えたのなら、そこには川瀬唯一パイセン。2年、ミドルブロッカーの先輩。私にとってずっと第二の姉的存在だ。
レシーブしたボールをセッターがトスアップして初めて助走するはずのオープントスからのスパイク練習。唯一パイセンは初めっからクイックするべく私がトスを上げる瞬間を狙って始動し、上げた刹那、ボールを叩いて見せたのだ。
「すごい……」
「菜々、ボーっとしてんじゃないよ、ケガするよ」
新キャプテン唯一パイセンの目の覚めるような一撃によるカッコ良さと茶目っ気のあるウィンクに、これまた感嘆の声が巻き上がる。
……ふと視線に気が付く。列に並んだ睦美が私に熱烈な視線を浴びせてくる。
分かった、分かった……あなたもクイックやりたいんでしょ?
私はいつものスマイルスルーの表情でやり過ごす。睦美がネットの向こうから緩い放物線を描いて飛んできたボールを私に向かってアンダーハンドパス(* 腕を使ってボールを上げるパス)で返す。案の定、視界の端に捉えている睦美の動き出しが早い。
睦美も私のスマイルでプレーもがスルーされてるなんて思っていない。長年の付き合いは伊達じゃない。
私の前で飛び上がると、空中で私のトスを待っているのが分かる。私も睦美に釣られて高い位置でのジャンプトス。私の手からボールが離れた瞬間、睦美がコンパクトに振り抜くAクイック!(* セッターから前方の斜め上に短く速いトスをあげる)
乾いた炸裂音と共にボールが弾け飛ぶ、かと思いきや……爽快感の足りない弱弱しいボールが辛うじてネットの向こう側へと落ちていったのが見える。
私は思わず本笑いが零れそうになってしまう。『笑うと負けよ~』……そんな言葉が頭を過る。
「何やってんですのん、睦美!?」
「だってぇ~わたしも~、バシッと超インナーに決めたかったの~」
「すっごいのを見たから、二つともやりたくなっちゃったんだよねっ!」
素早く睦美の代弁をするのは八千。スパイカーのアタックフォローが早いのは一流のリベロの証ですね。
「クイックインナースパイクなんてやったこともないことを……」
「でも睦美は肩甲骨の可動範囲広いし、肘関節も柔らかいからもしかして……?!」
私の言葉に少しがっかりした睦美が八千の言葉で再び目を輝かす。
「ハチィィィ~」
「ハチじゃない、八千だっ!」
//////ミニ解説コーナー//////
睦美 「クイック~! カッコいいよね~」
菜々巳 「A~Dまでありますね」
八千 「何が違うのかな?」
睦美 「打つポジション~、かなぁ~」
菜々巳 「セッターの前、斜め上に短く速いトスをあげ
るのが『Aクイック』。 それに対してセッター
から少し離れた前方へ速いトスをあげるのが
『Bクイック』」
睦美 「レフトとセンターの~間くらいね~」
八千 「C・Dは?」
睦美 「A・Bを~セッター後方にあげるのが~C・Dだ
よ~」
八千 「クイックは主にMBの仕事よね。OHは速い攻
撃は無いの?」
菜々巳 「平行トス(ネットに沿った速いトスを上げる
ため、センターのBクイックの選択肢が相手の
ブロックを迷わせるレフトの速い攻撃)やセミ
トス(トスが上がってから助走する速い攻撃)
かな」
睦美 「最速Aクイック! カッコイイ~」
夏の夕陽が差す体育館をグリップするシューズ音。活気はあるものの、3年生たちが居なくなったスペースがポッカリ空いている気がする。まるでコートを3、4人で守っているような……。
その分、声を出して埋める、埋めようとしているみんなの気持ちが良く分かる。
「もう一本!」「ファイト―!」「まだまだー!」
体育館に照明が点く。ここまで来てようやく練習も佳境に入る。バァーン、ダァーン! 弾かれるボールが快音を轟かせる。スパイクの練習に入ると心なしかみんなの表情が少しだけ和らぐ。やはりスパイクはフラストレーションを吐き出せる練習なのだろう。
そして私は横に並んだ五和先輩と二人ネット際に立つ。
私たち二人、それぞれの列に並んだ部員たちがレシーブを上げると、走り込んで私たちのトスを打っていく。
私の方が少しトスが高いかな? ネットから遠いかも? 好みのトス一人一人違う……五和先輩に並んでいる列の方が多い? 五和先輩の方がスパイクが打ちやすいのかな? しかしそれは錯覚だ……並んでる列は等しい。
柏手高エース喜多田四葉先輩が五和先輩のトスを超インナー(* アタックラインより前を狙ったクロススパイク。軌道は鋭角で他のスパイクよりも高い技術が必要)に打ちつける。
オォーと歓声が上がり、控えめながらもドヤ顔の四葉先輩にご満悦そうな五和先輩。みんなにオープントス(* 基本的なセットアップ。フワリと放物線を描くトス)を上げてるのに、これ見よがしの平行に近い 横方向軌道の低いトス。
嫌な感じ……思えば五和先輩とも四葉先輩とも部活以外の会話をしたことないな、なんて二人を尻目に視界に入ったボールを何気なく軽くトスアップ……。その目の端を切り裂いたのは一瞬の影。
ハッとその姿を捉えたのなら、そこには川瀬唯一パイセン。2年、ミドルブロッカーの先輩。私にとってずっと第二の姉的存在だ。
レシーブしたボールをセッターがトスアップして初めて助走するはずのオープントスからのスパイク練習。唯一パイセンは初めっからクイックするべく私がトスを上げる瞬間を狙って始動し、上げた刹那、ボールを叩いて見せたのだ。
「すごい……」
「菜々、ボーっとしてんじゃないよ、ケガするよ」
新キャプテン唯一パイセンの目の覚めるような一撃によるカッコ良さと茶目っ気のあるウィンクに、これまた感嘆の声が巻き上がる。
……ふと視線に気が付く。列に並んだ睦美が私に熱烈な視線を浴びせてくる。
分かった、分かった……あなたもクイックやりたいんでしょ?
私はいつものスマイルスルーの表情でやり過ごす。睦美がネットの向こうから緩い放物線を描いて飛んできたボールを私に向かってアンダーハンドパス(* 腕を使ってボールを上げるパス)で返す。案の定、視界の端に捉えている睦美の動き出しが早い。
睦美も私のスマイルでプレーもがスルーされてるなんて思っていない。長年の付き合いは伊達じゃない。
私の前で飛び上がると、空中で私のトスを待っているのが分かる。私も睦美に釣られて高い位置でのジャンプトス。私の手からボールが離れた瞬間、睦美がコンパクトに振り抜くAクイック!(* セッターから前方の斜め上に短く速いトスをあげる)
乾いた炸裂音と共にボールが弾け飛ぶ、かと思いきや……爽快感の足りない弱弱しいボールが辛うじてネットの向こう側へと落ちていったのが見える。
私は思わず本笑いが零れそうになってしまう。『笑うと負けよ~』……そんな言葉が頭を過る。
「何やってんですのん、睦美!?」
「だってぇ~わたしも~、バシッと超インナーに決めたかったの~」
「すっごいのを見たから、二つともやりたくなっちゃったんだよねっ!」
素早く睦美の代弁をするのは八千。スパイカーのアタックフォローが早いのは一流のリベロの証ですね。
「クイックインナースパイクなんてやったこともないことを……」
「でも睦美は肩甲骨の可動範囲広いし、肘関節も柔らかいからもしかして……?!」
私の言葉に少しがっかりした睦美が八千の言葉で再び目を輝かす。
「ハチィィィ~」
「ハチじゃない、八千だっ!」
//////ミニ解説コーナー//////
睦美 「クイック~! カッコいいよね~」
菜々巳 「A~Dまでありますね」
八千 「何が違うのかな?」
睦美 「打つポジション~、かなぁ~」
菜々巳 「セッターの前、斜め上に短く速いトスをあげ
るのが『Aクイック』。 それに対してセッター
から少し離れた前方へ速いトスをあげるのが
『Bクイック』」
睦美 「レフトとセンターの~間くらいね~」
八千 「C・Dは?」
睦美 「A・Bを~セッター後方にあげるのが~C・Dだ
よ~」
八千 「クイックは主にMBの仕事よね。OHは速い攻
撃は無いの?」
菜々巳 「平行トス(ネットに沿った速いトスを上げる
ため、センターのBクイックの選択肢が相手の
ブロックを迷わせるレフトの速い攻撃)やセミ
トス(トスが上がってから助走する速い攻撃)
かな」
睦美 「最速Aクイック! カッコイイ~」