分厚い雲海を抜けると、そこには真っ赤な灼熱の世界が広がっていた。

「やはり炎の島の処刑場か」

 ガルーダは低空へ滑降すると、大きな岩が環状に並んだ場所で一度大きく羽ばたいてから、ルカたちを解放した。

「きゃっ!」
「大丈夫か? ミト」

 着地する寸前、お姫様抱っこの状態に抱えられた美兎は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「あ、うん。降ろしてもらっても大丈夫だよ」

 美兎は石がゴロゴロと転がった大地へと降り立つと、不安そうに周りの景色を見渡した。

「ここがキュアノスってところなの? 聞いていた感じと全然違うけど……」
「炎の島。ここは罪人を処刑する、キュアノスでも最下層に位置する島だ。我はここで処刑されそうに鳴ったところを逃げ出したのだ」

 直立する岩の上でガルーダが大きくいなないた。その不気味な鳴き声に、美兎は思わず耳をふさぐ。

「思っていたよりも簡単に異世界へ来ちゃったけど、こんなもんなの?」
「いや、そんな筈はない。そもそも、あのガルーダから妙な力を感じる。何者かの手引があると見て良いだろう」

 ――ん? ルカの話し方が普通になっている?

「あれ、ルカの話し方変わった? カタコトの日本語じゃなくなっているよ」
「あぁ、恐らくキュアノスに戻ってきたからだと思う。逆にミトの喋り方が、古い時代のキュアノス語になっているぞ……」

 ――えぇ、自分じゃ気が付かないから、なんかショックだなぁ。

「それよりも、あのガルーダだ。ここまで連れてきたのに攻撃してこない。何か命令を受けているのか? それとも何かを待っているのか?」

 ルカは両手足に鉄甲をまとうと周囲を警戒した。

「そう、ガルーダ|《あの子》は私の命令で動いているの」

 ひときわ高い石柱の上に黒いローブの人物がいた。その背中にはどす黒い二対四枚の大きな翼が生えている。

「黒い翼? 何者だ、名を名乗れ!」
「我が名はプセウドス。闇の魔女よ。我々の計画に目障りだった貴男に罪を被せて、刑場送りにしたのは私。そしてこの子に魔術をかけて貴男を追わせたのも私。まさか虚空の海を抜けて、異界にまで逃げているとは思わなかったけど」

 プセウドスと名乗った女の言葉に嘲笑が交じる。

「闇の魔女だと? 何が目的だ!」
「それに答える義務はないわね。ところでそこのお嬢さんは異界人かしら? 生きている異界人は珍しいから、私の実験材料にしてあげるわ」

 ――えっ、冗談でしょ?

 ルカが美兎のことを庇って前に立つ。

「この子は我が守る!」
「ルカ……」
「翼を失い、力をなくした貴男に何が出来るのかしら? 貴男の相手はこの子で十分よ」

 その声に答えるかのように、ガルーダは高く舞い上がり、ルカめがけて一直線に突っ込んできた。

 ルカも必死に立ち向かうが、如何せんガルーダとの体のサイズが違いすぎて決定打を与えられない。

「お嬢さんはこっちよ」
「きゃっ! なにこれ?」

 美兎の周りを黒い煙が包む。それは、あのガルーダの口から出ていた黒煙と似ていた。

 ――苦しい……。息ができない!

「ミト!」

 ルカは美兎を助けに来ようとしたが、ガルーダの動きに邪魔をされて近づくことすら出来ない。

「心配しないでいいわ。ここで精神だけ壊して、体は生かしておくから」

 ――いや! いやぁぁぁ!!!!

 美兎があらん限りの力で抵抗すると、黒煙の中から幾条もの光の束が溢れ出す。

「何が起きたの?」

 プセウドスは明らかに動揺し、美兎を捕まえていた黒煙の檻を睨みつけた。

 黄金の光に黒煙はかき消され、そこには二対四枚の黄金の翼をまとった少女の姿があった。

「おのれ、小娘! 異界人ではなく空人だったのか?」
「ミト! その姿は一体? い、いや。我の体も……」

 ルカの体が段々と大きくなり、成人の筋肉隆々な姿へと変わっていく。

「力が戻ってきた? これならガルーダにも勝てる!」

 ルカはガルーダの鉤爪の一つを握ると、力任せに地面へと叩きつけた。

 激しく激突した怪鳥は、その身をバタつかせていたが、すぐに動かなくなる。

「くっ、何故だ? 何故、あやつの力まで戻っているのだ。翼を奪って無力化したはずなのに! ならば我が魔力で再び虚空の海へと沈めてくれる!」
「ミト!」

 意識が朦朧としている美兎をルカが抱きしめると同時に二人を黒煙が包んだ。

 プセウドスが黒煙を操ると、虚空の海へと叩きつけた。

 黒煙の塊を飲み込み、虚空の海は静かな雲海へと戻る。

「くそっ、今の我が力では二人にとどめを刺すことは出来ない。あやつらは必ずキュアノスへと戻ってくる。それまでに根回しを進めておかなければ……」