壁を少し壊してスタジオAを後にした
アシェルは、パタパタ飛ぶひよこのルークの
後ろを着いていく。

オーディションを終えて誰もいなくなった
駐車場の影に、帽子を深くかぶり、
黒いマスクをした赤いたてがみの
ライオンの男が屈んでいた。

「ボス! ほら、連れてきましたよ。
 名前はアシェルさんです。」

ルークはボスと言われるライオンのそばに飛んで声をかけていた。

「お、おう。
 来たか。
 ジェマンドはいないか?」

「はい。もう、いませんよ。
 あっという間にいなくなってました。
 それより、
 アシェルさん、スタジオの壁
 壊したので修理の依頼出して
 おきましたから。」

「へ、は、あー?」

 怒りの表情を見えるボス。


「あーーーー、
 俺は頼んでないって言ったんですけど、
 そこの黄色いのが勝手に電話してて…。」

「ルーク、でかした。」


「え?」

 アシェルはボスの言葉に目を丸くした。

「ですよね。
 私、珍しく、良い仕事しましたよね。」


「ああ。」

 ボスは、アシェルの顔ギリギリに
 近づけて話す。

「壁の修理費。
 払わないのなら、体で払ってもらうぞ?」


「え?」


「着いてこい。」


有無も言わせず、
ボスはアシェルの首根っこを
引っ張った。
抵抗できないくらい力が強かった。
ズルズル引きずられ、
リクルートシューズの底が
削られていくのがわかった。

「ボス、なんか、いつもより荒いですね。
 こんなんで良いんですか?」

「こういうパターンもあるってことで。」

 ジープの車の後部座席に
 ボンッとアシェルを
 乗せてバタンと扉を閉めて、
 パンパンと手を叩いた。

 後ろの窓を見て、

(俺、誘拐されてる?!監禁!?
 これ、絶対食べられる?
 肉食のライオンに肉食の狼食べるって
 新聞に載る感じだ。
 嫌だーーーーー。)

 声を上げずに窓をだんだんとたたいた。

「うっせぞーーー!」

 運転席から大声をあげるボス。
 ルークは、見張り役として
 アシェルのそばにいた。

 指を立てて静かにのポーズをした。

「……すいません。」


「何か飲みます?
 炭酸はお好きですか?」

「甘いものなら。」


「多分、これ、甘かったかな。どうぞ。」

小さな足で飛びながら、運んでくれるルーク。

「どうも。」

素直に受け取ってペットボトルのキャップを
まわす。

ぐびっと飲んだが。

「あ、すいません、
 それ、無糖の炭酸水でした。
 ごめんなさい。こっちが微糖炭酸水です。」

「ぶーーーー。」

美味しくなかったため、アシェルは
飲んだものを全部吹き出した。


「ちょ、汚ねぇぞ!!」

「あ。」
アシェルはぼーっとしていた。

運転していたボスはこれでもかというくらいにびしょ濡れになった。

「飲めなかったんで…。」


「おい、そこは謝罪だろ?!」


「どーも、すいませんでした。」


棒読みの謝罪だった。
謝りたくなかったようだ。


「ルーク、飲めるもの出せって。」


近くにあったフェイスタオルで顔を拭いたボス。ちょうど、今は赤信号で止まっていた。


「ごめんなさい。
 飲めないの預かりますから
 こちらと交換しましょう。」


ルークはパタパタと飛びながら、
ペットボトルを交換した。


「これなら良さそう……。」

アシェルはパッケージを確認して微糖の文字であることを見つけた。

どうにか飲めて安心した。

久しぶりに飲んだペットボトルの飲み物。
いつも飲むものは、公園の蛇口からひねって
水道水をガブガブ飲むのが習慣化していた。

味のある微糖炭酸水は高級に思えた。

次はもっと味のある果物ジュースが飲みたいと思った。

「アシェルと言ったよな。
 ルーク、俺の名刺見せといて。」

「はい、わかりました。
 アシェルさん、このボスの名刺
 表示させますね。」

 ひよこ専用スマホからデジタル名刺を
 表示させる。

 株式会社Spoonの社長 
 名前は秘密
 あだ名はボス

 ふざけた名刺だった。
 そもそも名前が名乗っていない。
 その名刺にはしっかり写真が載っていた。

「あだ名?ボス?」

「まだ素性は教えられない。
 とりあえず、
 俺のことはボスと呼んでくれ。」

「はぁ…。」

 信用に欠ける。
 ライオンの男であることは間違いない。
 赤いたてがみ、目の下にほくろ
 鼻が高い、目は離れている。
 黒いマスクをしていて全部を見ていない。

 それに、相棒のような小さなひよこ。
 口は達者で小さいのによく動く。
 足も小さいのに重い荷物を持っている。

 一体この2人は何者なんだろう。


 車を走らせて20分。

 
 言われるまま連れてこられたアシェルは、
 古めかしい黒い建物に案内された。