交差点で歩行者用信号機の音とクラクションが鳴り響く。

遠くでは救急車のサイレンが鳴っていた。

今日の天気はかなり蒸し暑く、道路に蜃気楼が見えるくらいだった。

横断歩道には暑いというのに、さすがは
都会だけあって歩行者がたくさん
行き交っていた。

そんな石畳の街を1人の男が
電動自転車に乗って
走り去っていく。

歩道と車道の間にカランコロンと
空き缶が落ちているのを
軽くかわしていく。

背中には
緑の大きなリュックを背負っていた。
【オーバーデリシャス】と
 書かれたものだった。

帽子は緑色。

帽子の間からは白く長い耳が伸びている。


自転車のハンドル真ん中には、
スマホスタンドがあり、
マップが表示され、ナビが方向をしていた。

軽快に暑さを忘れるくらいの速さで進む。

背中には、扇風機が入った
熱中症対策のジャケットを着ていた。

だいぶ涼しい。

首にはネッククーラーで完全対策している。

自転車のカゴにはスポーツドリンクを
入れていた。


「あと10件は回らないと…。」

 立ち漕ぎをして、息が荒い。

 うさぎのリアムは、数年前から
 自転車で配達員をしていた。

 上京するが、自分を見失い、
 結局、バイトづくしで配達を
 何件こなすかに追われている。

「お待たせいたしました。
 こちら、ご注文いただきました商品です。」

「え!?置き配設定してましたよね?」

「あ、大変、失礼いたしました。
 サーバーの関係で、今、メッセージが
 到着していたようです。
 以後、気をつけます。
 お支払いは
 クレジットカードでしたよね?」
 
「…まあ、良いけど。
 カードだから。」

 そう言うと、すぐに玄関のドアをバタンと
 閉めるらくだの女性が不機嫌そうだった。

「ご利用ありがとうございました!」

 聞こえていないと思うが、念のため、
 最後までぬかりなく、挨拶する。

 アパートの階段を駆け降りて、
 リアムは、壁をタッチして、 
 自転車に乗る。

「勘違いする人いるんだよな。
 すぐ、データ飛ぶと思って……
 置き配設定1分前って
 無理に等しいつぅの。」

 ブツブツ文句を言う。

「さてと、次はあーー、ホテルかよ…。
 行きたくないなぁ。
 さすがに、それは置き配だろうけども。
 えっと、牛丼の配達か。」

スマホをポチポチとタップして、次の仕事を
チェックした。

駅前にある牛丼チェーンテーンから
繁華街のホテルへの配達だった。

歩いて15分もかからないところだったが
それでも配達してほしいらしい。

リアムはため息をつきつつ、自転車の向きを
変えて、街中の牛丼屋に向かった。

外はまだ、日が沈んでもいない
真っ昼間。

カランコロンのドアベルが鳴る。

「オーバーデリシャスです!
 ご用命ありがとうございます。」


「お世話さまです。
 こちらの商品のお届けお願いします。」

 きつねの店員が、ビニール袋に入れた
 牛丼2人前を用意していた。


「かしこまりました。
 それでは、失礼します。」

 ぺこりと帽子とともにお辞儀する。


「あの子、いいね。」

「確かに礼儀正しいから。
 ウチの店で
 働いて貰いたいくらいだよね。」

 牛丼屋のきつねとたぬきは
 頷きながら、リアムを見ていた。
 
 動作1つ、言葉1つにしても
 丁寧な仕草に惚れていた。

 自転車に乗って、
 目的地のホテルに向かう。
 部屋番号は22。

 なぜか置き配設定になっていない。
 二度見したら、チャイムを鳴らせと
 なっている。

「マジか…。」

 リアムはチャイムを鳴らして、
 商品を両手に持って待ち構えていた。

 コワモテのゴリラの男が、
 大きな音を鳴らして
 外に出てきた。

「おい!!置き配設定に決まってるだろ?!
 なんで、常識しらないんだよ?」

 理不尽に怒鳴られた。

 明らかに送られてきたメッセージには
 置き配無しになっている。

「お客様、大変申し訳ございませんが、
 我が社のメッセージには
 置き配無しと記載がありましたので、
 チャイムを鳴らしました。
 もしも、置き配希望でしたら、
 チェックをしていただけると
 幸いです。」

「そんなのわかってるけどな。
 ここ、ホテルだぞ?!大体わかるだろ。
 てか、料金、お前が払えよ。」

 首にジャラジャラと銀色のネックレスが
 光る。

 ありえないことを要求される。

「お客様。
 注文はクレジットカード決済と
 なっておりますので…。
 お支払いは大丈夫です。」


「お前は馬鹿か?! 
 その料金をお前が払うんだよ!?」

 現実は、厳しい。

 リアムは泣き泣き、
 牛丼代金を払う羽目になった。
 
 ゴリラの男は鼻息を荒くして、
 中に入っていく。

 奥の方では、きりんの女性が心配そうに
 聞き返していたが、
 女性には甘えた声で返答していた。
 ゴリラの変わりようにはリアムも驚いた。


 胸ぐらを掴まれて、頬を1発殴られた。
 これって労災おりないのかなと
 自転車に乗って、地面に唾を吐いた。
 その唾の中に血が混ざっていた。

 こんなこと何回も続けたくて
 働いているわけじゃない。

 泥臭くて、嫌なことも平気な顔して
 やってくる。

 好きなことして過ごしたいに決まってる。

 でも、やらざる何かがある。

 リアムは、スマホの1本の通知に
 反応した。

 【うさぎとかめの舞台俳優募集】の
 文字がやけに気になった。

 いつもならスルーするメールマガジン。

 きっとCMだろうと、仕事依頼よりも先に
 見入ってしまった。

 住んでいる近くのスタジオで
 オーディションが開催されるらしい。

 なんで自分に送られてくるのかは
 わからなかった。

 でも、みょうに気になる。

 閉じては開いてを繰り返して、
 募集メールに応募してみた。

 現実から逃れたかった。

 都会の泥のような生活から逃げたかった。

 まず、受かるはずないだろうと
 スマホを自転車のスタンドに戻すと
 すぐにオーディション日時と開催場所が
 表示された。

「マジか。俺、見込みあるんかな?」

 メール1つ来ただけでジャンプするほど
 喜んだ。

 余暇が少なかった。

 ゲームで勝利したように嬉しかった。

 リアムはご機嫌に次の仕事依頼場所に
 向かった。

 交差点の歩行者の信号機が青に
 変わっていた。