裏路地のゴミ箱の近くに座り続けて
何時間経っただろう。

いつの間にか働いていたコンビニでは、
売上金が減っていることを犯人扱いされて
本当は違うのに追い詰められて解雇された。

 警察に届ける代わりにすぐに辞めてくれと
言われた。

運が悪かった。

監視カメラの死角にいたことでアリバイ作ったとかなんとか、言い訳するのも
面倒になった。


ただ、単に、店長が俺を追い出したかった
きっかけを作っただけのようだ。


区役所で手続きになったら流れで
生活保護を受けることになったが、
なぜか住む場所は提供されずに
代わりに支給されたのは、
手首の皮膚の中に埋め込まれた
黒いマイクロチップ。
注射器でプチッと打たれた。
一瞬だった。
注射器で刺されたところは
少しわさわさの毛が剃られていた。
ボタンを押す時に邪魔になるからだろう。


でも、これはとても便利。

GPSで居場所把握されているし
銀行口座とも連携しているし
キャッスレス決済の把握もされる。

お金を払わずとも
電話とメール、ラインもできる。

無料というものには裏があって、
その代償は辛い。

個人情報がダダ漏れということだ。

もう、
生きていくには身を売ってまで
しないといけないんだと
通常に生きることを諦めた。


キラキラと光るネオンと雑音が響く
お店に惹かれて、入っていこうとするが、
気持ちを切り替えて首を振る。
一瞬立ち上がったが、
地面にまたぺたんとお尻をつけた。

やる気を失った。

せっかく手に入れたお金が全て
無くなるだろうと
察した。


頭の上にある耳がかゆくなる。


すると電話の着信音がなる。

このマイクロチップ版の電話には
初めて出る。

スマホと同じ電話番号で登録していたため、
いつも通りに使えた。

左手首の皮膚にある小さなボタンを押す。

ブォンと音がなると
透明なディスプレイが表示した。
縦10cm横15cmの画面が手首の上に現れた。
縁には水色が線が浮き出ていて、
おしゃれだった。

「はい。」

『お忙しいところ、申し訳ございません。
 こちら、
 株式会社スタジオHIT(ヒット) の
 オーウェンと申します。
 アシェル様でいらっしゃいますか?』

 初めて出るアシェルはその機械の
 ヴィジュアルに感動して、息をのんだ。
 
 電話の声はもちろん、話した言葉が
 自動的に文字変換されている。
 表示フォントは明朝体だった。
 まるで小さなパソコンの画面が
 あるようだった。

『もしもし?』

「あ、すいません。
 そうです。アシェルです。」

『よかった。繋がりましたね。
 先日は
 舞台【赤ずきん】の狼役の応募
 ありがとうございます。
 メールにて、エントリーシートを
 拝見させていただき、社内審査を
 させて頂きましたところ、 
 書類審査通過致しましたので、
 そのご連絡でした。
 つきましては、オーディションの
 日程をお伝えしたいのですが、
 よろしいでしょうか?』

「え、あー。そうなんですね。
 ありがとうございます。
 大丈夫です。」

『そうですか。
 それではこれから
 場所と日程と日時をお知らせします。
 スクリーンショットをして
 保存することをお忘れなく
 お願いします。』


「え、あ、これで保存するのやったことないですが…。」

『もしかして、
 マイクロチップの方ですか?
 今流行ってますもんね。
 それでしたら、皮膚にある黒いボタンを
 2回押していただけると
 表示されてる画面が保存されますよ。』

「あーーー、これですね。
 ありがとうございます。」

『すごい、
 流行り物には目がないんですね。
 私もまだ持ってないものですが、
 知人が使ってるのを見たことが
 ありました。』


「そうですかね。
 そんなことはないんですけど…。」
(まさか、生活保護を受けて
 強制的にこれを使ってるなんて
 言えない。)


『話がそれましたが、
 日程のご連絡しますね。
 9月14日の午前10時から
 東駅のそばにあるAスタジオに
 お願いします。

 準備するものは、
 とりあえず、リクルートスーツを
 着ていただければあとこちらで
 衣装を着替えて頂きます。
 
 何かご質問はありますか?』

 アシェルは表示された文字を
 スクリーンショットしてメモしておいた。

「はい。質問は大丈夫です。
 当日、よろしくお願いします。」

『質問はないということなので、
 お気をつけてお越しください。
 この電話はオーウェンが担当
 致しました。』

「あ、ありがとうございました。」

 アシェルは電話を切った。

 電話を切るボタンは
 画面のバツ印をタップするのだと
 すぐにわかった。

 アプリゲームするときに映るC Mを 
 待っている間に
 早くバツ印は表示しないかと
 よく思っていたが、
 この画面はわかりやすく表示していた。

「オーディション受けられる!
 す、スーツって無い。
 早く買わないと。
 よかった。
 パチンコ行ってたら、スーツ買うお金も
 無くなるところだった。
 俺ってツイてる。」


ガッツポーズを出して、アシェルは
街に繰り出した。

このボロボロした服から着替えられることが
今は嬉しすぎた。

何か目的がないと
物を買うという気力が湧かない。

今は、オーディションという
目指すものがある。

やる気が湧いてきた。

スーツを買うだけじゃなく、
美容院に行って、
全体的に整えてこようかなと
お店のマネキンが飾られたガラスに映った
自分を見て、考えた。


誰かに見られる意識で
身だしなみにようやく火をつけた。