今朝は小雨が降っていた。

傘をさすほどではない。

水は得意だ。

亀だから。


オリヴァは、黒いスーツを見に纏い、
イライジャが選んだ黄色のネクタイをしめて
電車に乗った。

都会に出てくるのは何年振りだろう。

アクアマリン市の東駅の出入り口に出た。

亀でもスーツということもあって、
今日は小雨でも傘を差していた。

株式会社HITのBスタジオに向かう。

現在の時刻は午前9時40分。
このまま行けば予定通りに10分前に
到着する。

屋根のある会社に安心したオリヴァは
傘を閉じて中に入った。


白いテントには人だかりができていた。
人と言っても
今日は
うさぎとかめのカメ役オーディションの
ため、かめの列なのだが。

「お名前よろしいでしょうか?」

アルパカの女性が声をかけてくれた。

「あ、はい。本日、お約束しておりました。
 オリヴァと言います。」

 緊張のあまり片言になった。

「ふふふ…。オリヴァさんですね。
 リストの中にお名前がありました。
 こちらにアンケートの記入お願いします。」

 ドキドキしながら、アンケートが挟まった
 バインダーを受け取った。


 内容は名前などの個人情報の記入と
 亀としての希望する出演作品を
 下から選び◯をつけてください。

 【うさぎとかめ】
 【つるとかめ】
 【うらしまたろう】
 【かめのえんそく】

 と書かれていた。

 オリヴァは持っていたボールペンを器用に
 指でクルクルとまわして遊びながら
 ○をつけた。

(これって、応募したのは
 確かうさぎとかめだから…。)

 メールマガジンで送られてきた内容を
 左腕の黒いマイクロチップの
 ボタンを押して確認した。

 確かに【うさぎとかめ】と書いてある。

 (これだな。なんだろう。
  これってクイズなのかな。
  わざわざアンケートを取る意味ある?)

 オリヴァは書き終えると、
 アルパカのお姉さんにアンケートを
 渡した。

「ご記入、ありがとうございます。
 オリヴァさんは、Bスタジオですので
 あちらです。」

 右手で指し示した。

 ぺこりとお辞儀して、
 ゆっくりと先に進むと
 図書室のような空間があった。

 絵本がたくさん並べられていた。

 応募作品の【うさぎとかめ】も
 もちろん置いていた。

 自分の作品だから見ておかなくちゃと
 本を開くと
 カラフルな色合いで
 壮大に描かれていた。

 絵描きによってこんなにも変わるのかと
 感心していた。

 ペラペラと飛ばして読むと
 最後は亀が勝つというシーンがあった。

 同じように
 勝てるのかなと期待しながら
 名前を呼ばれた。

「オリヴァさん、こちらにどうぞ。」

 待合室にオリヴァの
 他に4人の亀が待っていた。
 順番に名前が呼ばれた。

 オリヴァは2番目だった。

 緊張のあまり、右手と右足が同時に出た。
 
「緊張なさらずに
 そちらにお掛けください。」

「本日はよろしくお願いします。
 オリヴァと申します。」

 4人の亀が部屋に置いてあるイスに座ると
 1人のスタッフが立ち上がった。


「このたびはお忙しい中、
 お集まりいただきありがとうございます。
 早速、舞台【うさぎとかめ】のかめ役
 オーディションを開催します。
 進行させていただくのは
 私、グレースが担当いたします。
 よろしくお願いします。」

  ADのような立ち姿のとかげのグレースは
 軽くお辞儀した。
 
 「また、今回の審査員であります
 プロデューサーのジェマンドさんです。」
 
 犬のジェマンドは名前を呼ばれて
 耳をキュッと動かした。
 席から立ち上がった。

「審査員のジェマンドです。
 今回、応募が5人も集まっており、
 大変こちらとしても嬉しいです。
 募集をかけても
 なかなか集まらずに困っていました。
 本当にありがとうございます。
 最後までよろしくお願いします。」

グレースは続ける。

 「では、応募者の方々の
 自己紹介をお願いします。
 それでは、左から…
 はい、タートルさんから
 お願いします。」

 グレースは、左に座っていた
 タートルにどうぞと指示を出した。

「はい、タートルと申します。
 今年20歳になったばかりです。
 まだ俳優としては初心者ですが、
 精一杯がんばります。」

 審査員のジェマンドは、
 手首につけていた
 ハイテクなウォッチのボタンを押して、
 ロックのエントリーシートを
 液晶画面にうつし空中に表示させた。

 タートルは、丸めがねで
 白いタートルネックを着ている。
 ハキハキと話していて爽やかな
 青年だった。

「はい。ご紹介ありがとうございます。
 前もって送っていただいていました
 エントリーシートを拝見しました。
 実績と経験も豊富ということで、
 良いですねぇ。
 本日、渡しましたアンケートにも
 【うさぎとかめ】のかめ役を
 ご希望ですね。」
 
 ジェマンドは、画面に映した
 エントリーシートを見ながら話す。

「はい!
 うさぎとかめの主役に
 ぜひ出演したいという
 気持ちをこめて
 ○をつけました。」

 タートルは自信満々に答える。

 ジェマンドは納得したように
 頷いていた。

「なるほど。そうでしたか。
 では、
 早速模擬試験ということで
 うさぎ役のクレアさんと
 一緒に出演していただきませんか?
 グレースさん、台本は?」

「はい!あります。すぐ準備できます。」


「それでは、すぐ始めましょう。」

タートルは、台本を渡されるとすぐに
かめ役を自分の中に憑依させて
ブツブツとセリフを覚えた。


「準備はいいですか?
 見せ場の亀がうさぎを
 追い越してゴールシーンを撮ります。」

 グレースはカメラにカチンコを向けて 
 準備をした。

「アクション!!」

 という声かけとともにカチンコを
 鳴らした。

 そもそも
 セリフは少なめだったが、
 顔の表情で演技するといった様子だった。

 亀もうさぎも
 人工芝生で出来た小高い丘を
 駆け上がって、赤いフラッグを
 競い合う。

 圧倒的に勝った亀は大いに喜んでいた。


「カット!!」

 グレースは大袈裟にカチンコをたたいた。

「お疲れ様でした。」

「ありがとうございました。
 とても、力の入った演技で
 亀らしさが出ていたと思います。
 さすがは経験と実績がおありですね。」

「お褒めの言葉、とても嬉しいです。」 

 深々とお辞儀した。

「では、次の方どうぞ。」

グレースの指示で
順番に同じように
軽く面接をした後、
模擬試験を受けるという
流れができていた。

2人目に受けるのは
スクワートという名前だ。
首が細く、甲羅が大きい
特にこれと言って目立つものはなかった。

3人目はマテオという名前だ。
目がぎょろぎょろしていて
黒ぶちゴーグルをつけていた。

4人目は
スカイラーという名前だった。
全体的に細いが身長が高い。
目も横に細く
開いてるのか閉じているのか
わからなかった。

どの亀たちも、性格はのんびりしていた。
突出して何が良いって区別はなかった。

「カット! お疲れさまでした。」

オリヴァも、必死になって演技した。
演技の勉強もしたことない。
ただ、思いつくままに表現した。
セリフが少なくてよかった。

顔の表情は人一倍大袈裟だったと思う。
それが逆にジェマンドにとっては
癇に障っていたようだ。

演技終了後、息が上がっていた。


「それでは、
 このオーディションの結果は
 1週間後、選ばれた方にお電話を
 差し上げます。
 電話がなかった方は
 ごめんなさい。
 またの応募をお待ちしております。
 よろしくお願いします。
 
 本日はお忙しい中、
 ありがとうございました。」

 グレースはお開きということで
 応募者に出口を案内した。

 オリヴァは何とかやり遂げたと
 ホッとしていたところに
 自分以外の志願者が
 グレースに声をかけられて
 紙を配られている様子が見受けられた。

 自分には何もない。

 なぜだろう。

 気になって、近くにいたスクワートに
 声をかけてみた。

「あの、すいません。
 それ、何貰ったんですか?」

「え、あーー。これ?
 何か、出演作品の案内かな。
 電話で連絡来ると思ったら
 こうやって当日に案内されるとは
 思ってなくて、安心したよ。」

 スクワートが持っていた紙には
 【うらしまたろう】と言う文字が
 書かれていた。

「え、凄いじゃないですか。
 決まったってことですね。
 おめでとうございます。
 僕には何も配られてないので
 どうしたのかなって…。」


「ありがとう。
 もしかして、君は本命の
 うさぎとかめに決まったのかも
 しれないね。
 直接聞いてみればいいじゃない?」

「そ、そうですかね。
 聞いてみます。」

 少し淡い期待をしつつ、オリヴァは
 グレースに確認しようとしたら、
 ジェマンドの方に向かうグレースがいた。

 ジェマンドの近くにはタートルがいた。

(追いかけないと……。)

 横で通り過ぎるマテオとスカイラーは

「俺、【つるとかめ】に決まったよ。
 君は何になった?」
 とマテオ。

「僕は…【かめのえんそく】になった
 みたい。」

「よかったな。やっと決まって…。
 何も決まらなかったら路頭に
 迷うところだったぜ。」

「僕もだよ。
 これで夜はぐっすり眠れるよ。」

 マテオとスカイラーはオリヴァの横を
 通り過ぎながら話す。
 しっかり声は聞こえていた。

(やっぱり残っているのは
 【うさぎとかめ】だけか。)

 オリヴァは、ジェマンドとタートル、
 グレースが3人で話してる中に入って
 いく。

「すいません!」

「きみさ、
 さっきのうまかったよ。
 やってくれって言われた通りに
 なってたわ。
 バッチリOKよ。」

「本当ですか。
 ありがとうございます。」

「もう、すぐに売れっ子になれるかもな。」

 笑いながら話してると、陰からオリヴァが
 話しかけようとする。
 雰囲気が少し重くなる。

「へ?何?」

 ジェマンドの態度が一変した。

「ちょっと、お聞きしたいんですが、
 今回のうさぎとかめのかめの配役って
 決まってるんですか?」

「……さっき、お話しましたよね?
 1週間後、ご連絡しますと。」

 明らかに決まってるのを
 引き伸ばされてるのが見え見えだった。

「あ、いえ。
 さきほど、他の方に聞きましたら、
 うらしまたろうやつるとかめに
 決まったというお話だと…。」

「あーーー、あなたは
 直接聞きたい感じですか?」

「え、はい。
 もう聞いて良いのであれば。」

 営業スマイルのようにニコニコと
 いきなり空気を変えるジェマンド。
 逆に違和感を感じるオリヴァ。

「実はもう、うさぎとかめの亀役は
 ここにいらっしゃるタートルさんって
 前から決めておりまして…。」


「前から?」


 背中が何だかゾワゾワする。


「本当は自然の流れで
 合否を感じて欲しかったんですが、
 はっきり聞きたいですか?」


 何だろう。
 この時点で明らかに結果が見えてくる。

 そう思いながらも
 聞き出そうとするオリヴァ。


「あ、はい。」


「面と向かって言うのは
 失礼に当たるかなとも思いましたが
 とりあえずは応募していただき
 ありがとうございました。
 エントリーシートや模擬試験を
 拝見して、厳正な審査の結果は
 大変申し訳ないのですが、
 今回は見送りさせていただく運びと
 なりました。

 今後のオリヴァ様のご活躍を
 お祈りいたしております。」


 オリヴァはジェマンドの言葉に
 固まってしばらく動けなかった。

 ジェマンドとグレース、タートルは
 談笑しながら、そばを去っていった。

 オリヴァの体は止まったまま。

 自分は何故ここにいるのか。

 応募した意味は合ったのか。

 途方に暮れた。

 そんな時、後ろからツンツンと
 クチバシを突かれた。

「え、あ、え!? ひよこ?」

 誰もいなくなったBスタジオに
 1羽のひよこがいた。

「大丈夫ですか?」


「え?」


「私たちの会社があなたを救います。
 大船に乗ったつもりで
 着いてきてください!」

 ひよこのルークは、
 オリヴァに電子名刺を見せて、
 事務所に来るようにと誘導した。

 株式会社Spoonは、オリヴァを
 さらりと違和感がないように
 すくい出した。