夜の街に、パトカーのサイレンが鳴り響く。


ビルが立ち並ぶ都会は
サイレンの響き方が違う。


四方八方に反射する。



デジタル化が進んだ看板も
透明なディスプレイに映し出され、
プロジェクションマッピングのように
派手に表示される会社もある。



 未だにレトロに木の板に書く会社も
 健在していた。


 乗用車やトラック、
 配送車が行き交う交差点。


 かなりのデジタル化が進む
 現在も信号機は昔と変わらず、
 赤・青・黄で表示されている。


 ビルとビルの隙間から覗き見る月は
 煌々と輝く満月だった。

 路地裏を進むと

 アスファルトに落ちた空き缶が
 コロコロと風に吹かれて、転がっていく。


 ある男の足が見えると
 チューチューと数匹のネズミが
 逃げていく。


 野良猫が餌を求めて、
 ゴミ箱付近をうろうろしていた。

 世の中は、偽善の塊だ。

 優しくしないとダメですよと
 幼少期の先生から教わっているのにも
 関わらず、夜道に道端に居座って
 困っている人には目も入れず、
 ただただ、通り過ぎていく。


 ボロボロになったシャツを着て、
 ボロボロになった靴を着ても
 誰も見向きもしない。

 
 キラキラと小綺麗に飾られた
 お水商売をしている
 猫の女性に体がぶつかっても、
 嫌な顔をされて去っていく。


 満月の夜だからって取って
 食うわけじゃない。


 細長い耳に鋭い牙があったって、
 遅いはしないんだ。


 お腹の空き具合もとうに過ぎて
 食べる気を失っている。

 
 草食動物へと変化したかもしれない。

 いや、完全にそれはない。

 よだれが止まらないのはわかってる。

 建前上、猫の女性に失礼だと思って
 考えただけだ。

 ちょこまかと動く
 1匹のネズミをガシッと掴んで
 食べようとした。


 ふと、足元を見下ろすと、
 一枚の茶色い紙が風で流されていた。

 デジタルの世界になりつつと言うのに、
 紙で求人広告?
 いや、指名手配か?

 近くには透明ディスプレイに描かれた
 指名手配のポスターと周辺のマップ
 最近のニュース、
 ファッション誌広告のポスターなど
 変わる変わる表示される。


 近くにこんな便利なデジタルのチラシがあるのにと、男は、茶色い紙を拾った。


「これって……。」


 【赤ずきん】の舞台俳優を募集した
 チラシだった。
 配役は赤ずきんの女の子、
 おばあさんに変装する狼、
 おばあさん、猟師の募集のうち、
 狼だけがまだ決まっていないようだった。

 
 田んぼと山々に広がる田舎から
 都会に出向いてきた理由は、
 俳優になること。

 
 何度もオーディションを重ねても重ねても
 何か違うんだよねと
 面接官のプロデューサーにため息を
 つかれる。
 

 上京して下積み生活が3年は過ぎていた。

 コンビニアルバイトをし続けながら
 幾度となく、さまざまなオーディションを
 受けてきたが、
 世に出ることはなかった。

 流行りの動画配信や、つぶやき、
 ブログにも手をつけてみるが、
 誰も無名なやつには
 見向きもしない。

 そもそも、俳優は
 1人で何を動画配信しろというのか
 わからない。

 むしろ、歌手を目指した方が
 いいのかと路線変更して
 歌を軽くあげてみたりしたが
 めざすものじゃないからと
 多少の再生数が伸びていても
 見向きもしなかった。


 これもきっとダメな作品だと
 落ち込んで
 上げるだけ上げて放置していた。

 歌だけは再生回数が伸びていたが、
 チャンネル登録をする人数は
 増えなかった。

 数字を見て一喜一憂するのが
 辛かった。

 ただ、ただ、目で見たチラシに
 応募して俳優を
 目指すことだった。



****

 電気をつけずに
 透明なディスプレイ画面の明かりだけ
 頼りに今回募集した赤ずきんの狼俳優の
 エントリーシートを1人1人確認した。

 右スワイプして、見たと思えば、
 左に2回スワイプして
 何度も写真と履歴書を確認する。


 吸っていたタバコの煙が上に舞い上がる。

 灰皿には数十本の吸い殻が溜まっていた。

 彼は舞台【赤ずきん】のプロデューサー。
 犬種はクーンハウンド。
 黄色のカーディガンを首に巻き付けて、
 腕を組む。

 履歴書はデジタルの画面により、
 把握する。

 募集先のメールで送られてくる。

 よく見えるように大きな写真を
 添付するよう指示していた。

 何度も見返す数は全部で5枚。

 白い狼のそこそこのイケメン
 経験と実績がある
 人当たりも良い
 【ロック】
 薄茶色のそばかすが目立ち、
 耳が大きめの
 ちょっと恥ずかしがり屋
 【スマッシュ】
 薄青色でメガネをつけて知的、おしゃれに
 パーマをあてる
 気の強い。
 【アレックス】
 黒でもさもさの髪をしている
 人間でいうところのオタク気質
 自信がなさげ。
 【ウル】
 この物語の主人公
 鼻は高めで、耳小さめ
 声が通る声だが
 相手と話すとおどおどしてしまうのが
 いつも落とされる原因。
 コミニュケーションも好きではない。
 【アシェル】

 この5人が何度も写真を見ては
 イメージが違う、これまでの出演映像など
 動画配信まで確認していた。

「時々、見るんだけど、
 こいつはやる気感じられないんだよなぁ。
 今回も見送るな、きっと。
 1番の候補はやっぱり
 実績のあるロックが候補になるか。
 オーディションが楽しみだなぁ。」

 タバコを灰皿に押し付けて、
 ディスプレイの電源を手首につけていた
 時計のボタンを押して
 消した。

 その時計は
 Bluetoothで接続されていて
 何かの家電の電源を切る時に使われる。

 デジタルな世界には
 必須な道具となっているようだ。


 クーンハウンドのプロデューサーの
 ジェマンドは頭を掻きむしって
 シャワー室へ向かった。