鈴心(すずね)は気になっていたことを康乃(やすの)に聞いた。
 
「あの、(あおい)くんはどうなるんですか?」
 
「もちろん目覚めるまではここで看病しますよ。その後は藤生(ふじき)で暮らしてもらえたらと思っているけれど、彼の気持ちを尊重します」
 
「そうですか」
 
 鈴心が安心していると、今度は(はるか)が康乃に話しかける。
 
「あの、康乃さんはあの時(あい)ちゃんと話しましたよね?」
 
「ああ、あの子……」
 
 (ぬえ)化した葵を元に戻して消えていった少女の姿を康乃は思い出していた。
 
「僕らは彼女は葵くんの双子の姉だと思っていましたが、本当はイマジナリーフレンドだったのでは?」
 
「……かもしれないわね」
 
「なんだ、それ?」
 
 蕾生(らいお)が聞くと、永は手短に説明した。
 
「小さい子が、理由はそれぞれなんだけど、自分だけに見える友達を妄想して、あたかも本当に存在しているように振る舞うことだよ」
 
「それは、他人にも見えるもんなのか?」
 
「いや、普通は自分にしか見えない」
 
「じゃあなんで藍は俺達にも見えたんだ?」
 
 蕾生の疑問に皓矢(こうや)が自身の見解を述べた。
 
「もしかすると彼の中のキクレー因子が作用したのかもしれない。眞瀬木(ませき)(けい)によってその潜在能力を高められていたんだろうからね」
 
「キクレー因子はそんなこともできるんですか?」
 
 鈴心が驚いて聞くと、皓矢は眉を顰めて首を捻る。
 
「さあ……僕も初めて聞く症例だよ」
 
 すると康乃もまた自身の見解を述べた。
 
「私の想像なんだけれど、葵くんは本当に双子だったのかも。けれど片方は生まれる前に消滅してしまった。でもその魂は常に側にいたのかもしれない」
 
「そのお考えの方が合理的ではあります。雨辺(うべ)(すみれ)氏がいない今では確かめる術はありませんが」
 
 軽く頷きながら言う皓矢の後に続いて、鈴心が寂しそうに結んだ。
 
「菫さんは藍ちゃんのことは常に無視していました。彼女が実は存在しないことを知っていたんですね」
 
「そうだね……」
 
 永もしんみりと頷く。蕾生は鵺に変化していたけれど、あの場で藍が頑張ったことはちゃんと覚えていた。
 
 藍は確かに存在したのだ。真相はどうあれ蕾生達は覚えているし、何より葵の心の中に必ずいるだろう。

 
 
「その枕元にあるのは──?」
 
 皓矢が注目したのは、紫色の水晶のような石だった。無機物とは思えないほどの存在感を放つそれに皓矢は警戒せざるを得ない。
 
「ああ、それが石になった菫さんです。姿は変わっても我が子の側にいたいでしょうから」
 
「……」
 
 皓矢がしばしその石を見つめていると、部屋の外でバタバタと喧しい足音がした。
 
「すんません!すんませーん!」
 
「あの声は──」
 
 永はその声の持ち主をすぐに理解し、弾んだ声を出す。
 
「お邪魔しまああす!」
 
 大声で襖を開けたのは梢賢(しょうけん)だった。
 康乃は少し驚いたがやはり声を弾ませる。
 
「まあ」
 
「梢賢!静かに!」
 
「す、すまん!」
 
 怒鳴った鈴心もその顔は明るかった。
 
「梢賢くん」
 
「随分と寝坊だな」
 
 永も蕾生もニヤニヤ笑いながら揶揄った。
 梢賢は頭を掻きながら一礼する。
 
「いやあ、申し訳ない!──とと、葵くんは?まだ起きひんの?」
 
「ああ。彼の中のキクレー因子は落ち着いているから、後は心の問題だね」
 
 皓矢にそう言われて少し安心した梢賢は、実にふっきれた顔で宣言する。
 
「ほうか……でもちょうどええわ!葵くんにも聞いてもらわな!」
 
「?」
 
 蕾生達が首を傾げていると、梢賢は康乃に向かって土下座した。
 
「康乃様!」
 
「なんです?」
 
「この度は本当に申し訳ありませんでした!雨辺が暴走したのはオレのせいです!」
 
「まあ」
 
 康乃は少し目を丸くして梢賢の話を聞いていた。
 
「ここまでのことしといて、何言うてんねん思わはるかもしれませんけど、昨日の件で墨砥(ぼくと)のおっちゃんと瑠深(るみ)には何の落ち度もありません!」
 
「そうねえ」
 
「ですから眞瀬木(ませき)の責を負うのはオレにお願いします!」
 
「……具体的にはどう責任を取ると?」
 
 少し厳しい声で康乃が尋ねると、梢賢は伏せていた顔をガバと上げてハッキリ言った。
 
眞瀬木(ませき)(けい)は、オレが首根っこ掴んで連れ戻し、必ず康乃様の前に土下座させます!」
 
 それは、梢賢が新たに立てた誓いだった。
 
「梢賢……」
 
 蕾生はそれを聞いて安心し、永は変わらずニヤニヤ笑い、鈴心は安堵の溜息をもらす。
 
「ですからどうか!眞瀬木墨砥、瑠深、並びに八雲(やくも)を放免してください!」
 
 真っ直ぐに康乃を見て訴える梢賢の瞳には揺るぎない光が宿っていた。
 
「いいでしょう」
 
 康乃は満足げにニコニコ笑って頷いた。永は相変わらずこのおばちゃんは軽いなあ、と苦笑する。
 
「ありがとうございまっす!」
 
「おい、梢賢」
 
「何や?」
 
 蕾生もその晴れた顔を讃えた。
 
「見直したぜ」
 
「──おう!」
 
 戯けるでもなく、含みがあるわけでもない、心から笑う梢賢の顔を蕾生達は初めて見た気がした。