藤生(ふじき)の邸宅の裏を通り過ぎて、少し獣道を登ると急に開けた場所に当たった。そこでは楠俊(なんしゅん)はじめ村の男達が数人で木を組んで舞台のようなものを建てている。
 さらにその後方に大きな藤の木があるのがわかった。藤棚などで整えられているわけではなく、野生のまま伸び放題といった様子で、周りの木々にもその蔓が巻きついている。
 すでに開花の時期は過ぎており、青々とした葉の中に点々と実がなっているのが見えた。
 
「おー、こりゃ凄い!」
 
「見事です」
 
 堂々たる姿の藤はその長い歴史を体現しているようで、(はるか)鈴心(すずね)も感嘆の声を上げた。二人の様子を見た剛太(ごうた)は誇らしげに胸を張っていた。
 
「ひいひい、あ、だめ、これ重い。ライオンくーん」
 
 着々と組み上げられていく舞台の下で、梢賢(しょうけん)が泣きそうな声を出しながら木材を持て余している。
 
「情けねえな、ったく」
 
 見かねた蕾生(らいお)は二メートルはある木材をひょいひょいと左右に担いで梢賢の代わりに運んで行く。
 
「ウソやん、イカついわあ」
 
「まあ、凄いのねえ」
 
 梢賢だけでなく、康乃(やすの)も目を丸くして驚いていた。
 
「力だけが取り柄ですから」
 
 鈴心の声が聞こえた蕾生は、視線だけこちらを向いて睨みつけた。鈴心は涼しい顔で目を逸らす。
 
「ああ、康乃様すみません。こちらです」
 
「はいはい」
 
 舞台の横から現れた楠俊に促されて、康乃はその場を離れた。
 
「あの舞台の奥にあるのが、例の藤の木か……」
 
「とても立派です……」
 
 残された永と鈴心が感心しきりに呟いていると、得意げな顔をして剛太がそこに割り込んだ。
 
「あれが資実姫(たちみひめ)様が宿る樹齢千年の藤の木です。我が家の家宝です!」
 
 きっと鈴心に良いところを見せたいのだろうと悟った永は一歩引いて黙る。それで鈴心が剛太に話しかけた。
 
「あの藤の木は、藤生の方が植えたんですか?」
 
「いえ。元からこの地に自生していたものです」
 
 剛太はハキハキと元気良く答えていく。鈴心は質問を続けた。
 
「なのに資実姫様が宿っていらっしゃるんですか?ここに移り住んでいらしたのに?」
 
「ああ……藤生の歴史をご存知なんですね。ならお話します!京にいた頃、資実姫様が宿っていたのは桑の木でした。その桑の木に祈るととっても綺麗で丈夫な絹糸が出てきたんです」
 
 頼んでもいないのにスルスルと話が出て来る剛太の様子を、永は後ろで黙って見ていた。
 この場を任されたと悟っている鈴心は少し笑って相槌を打つ。
 
「素敵なお話ですね」
 
「はい!その絹糸を帝に献上してご先祖様は高い地位を得ました。ですが戦に負けて、落ち延びねばならなくなりました。桑の木だけはどうしようもなくて、ご先祖様は泣く泣く京を去ったそうです」
 
「痛ましいことです」
 
 鈴心に促されていることも意識しないまま、剛太は少し興奮しながら一気に喋る。
 
「この地に流れ着いて、ご先祖様はそれでも毎日京に置いてきた資実姫様を思って祈り続けたそうです。そうしたら、この里に古くから生えている藤の木から、京にある桑の木と同じ絹糸が出てくるようになったんです!」
 
「それは──奇跡でしょうか?」
 
 鈴心がそう聞くと、剛太はパッと明るい表情になって大きく頷いた。
 
「僕もそう思います!それからはあの藤の木に資実姫様がお移りになったとして、御神体として手厚くお祀りしているんです!」
 
「そう言う事だったんですか。大変勉強になりました」
 
 そこまで聞いたところで、舞台の上に上がっている康乃が剛太を呼んだ。
 
「剛太、貴方も良く見ておきなさい」
 
「あ、はーい!すみません、ちょっと失礼します」
 
「お疲れ様です」
 
「えへへ……」
 
 一礼して送り出す鈴心に、はにかんだ笑顔を残して足取り軽く剛太は康乃の所へ向かった。
 
「……」
 
「ナイス、リン。グッジョブ色仕掛け」
 
 剛太の背中を見送る鈴心に永が親指を立てて話しかけた。その顔はまだ笑顔が張りついている。
 
「は?何のことです?」
 
「いやいや。思わぬところから重大な情報が聞けたねえ」
 
「ちょっと、心が痛いです。よいしょし過ぎたかもしれません」
 
 鈴心にとってみれば剛太くらいの子どもは等しく赤ん坊のようなものだ。そんな純粋な存在を持ち上げて情報を得ようとしたことに罪悪感を感じていた。
 
「まあまあ。しかし、驚いたね」
 
「はい。まさか藤絹というものが、あの木から出てくるとは……本当でしょうか?」
 
「それは実際に目にするまでは信じられないけどね。嘘を言っているようにも見えなかったな」
 
 永もすでに遠くなった剛太の姿を見やってから言うと、鈴心も頷いた。
 
「はい。剛太さんの目は真っ直ぐでした」
 
「真っ直ぐリンを見てたけど、ね」
 
「はい?」
 
 永の微かな嫌味にも、鈴心は首を傾げていた。