「──覚醒、か」
 
 蕾生(らいお)が続けると、(はるか)鈴心(すずね)もキョトンとしていた。
 
「何それ?」
 
(すみれ)さんが言ってたんや。(あおい)くんの使徒としての覚醒が近いって」
 
 そこまで聞いて永もやっとこれまでの情報を繋げて導き出すことができた。
 
「──まさか、薬に?」
 
「それでキクレー因子を摂取していた……?」
 
 鈴心も信じられない、と言うような顔をしている。そこまで考えが及ばなかった蕾生は一気に怒りが湧いた。
 
「そんな酷いことをしてたってのか?」
 
「大変や!葵くんが(ぬえ)になってまう!」
 
 梢賢は焦り続けるが、永は半信半疑だった。
 
「いや、でも、それは……どうなんだろう?」
 
 鈴心も頷きながら困惑している。
 
「確かに。ライの鵺化に私達は九百年以上骨を折ってきたのに、そんなにポンポン鵺化されても……」
 
「感情としては納得いかないよね。銀騎さんの時だって、あのまま本当に鵺化したのか今となってはわからないし」
 
 二人が困惑するのは当然だったが、蕾生の言葉が現状を物語っていた。
 
「鵺化するかしないかは置いといても、葵に命の危険は迫ってるだろ?」
 
「それは確かに」
 
「やっぱり!早く鎮静化してくれよ!」
 
 喚く梢賢を落ち着かせるように、永はゆっくりと低い声で言った。
 
雨辺(うべ)(すみれ)は伊藤に見せるって言ったんだよね?」
 
「あ、ああ……」
 
「それならすぐにどう、って言う事はないかもしれない」
 
「そうかあ?」
 
 疑いの眼差しを向ける梢賢に、永は真っ向から向き合って冷静に言った。
 
「葵くんの鵺化を目論んでいるとしたら、せっかくここまで来たんだからむざむざ死なせるような事はしないでしょ?」
 
「でも、葵くんは今も苦しんでるんやろ!?」
 
「落ち着け、梢賢!葵を助けたいのはわかるけど、そうするには敵地に突っ込まねえと」
 
「残念だけど、今の僕らには難しいね。手段も情報もまとまっていない」
 
 蕾生と永で宥めようとしている側で、鈴心がまるで罪を告白するように呟いた。
 
眞瀬木(ませき)(けい)と喧嘩してしまいましたしね……」
 
「ハア!?」
 
 一際素っ頓狂な声を上げた梢賢に、永が詳細を報告した。

 
  
「ウソやん!何やってんのぉ!?」
 
「申し訳ない……」
 
 梢賢の反応に、永と鈴心は口を揃えて謝った。
 
「オレは君ら二人の賢さを見込んでたんやで!?なんちゅーことになっとんねん!!」
 
「本当に申し訳ない……」
 
 再度揃って謝る二人に、蕾生は一息ついてからケロッとして言った。
 
「まあ、仕方ねえな。オレがいたらもっとヤバいことになってただろうし」
 
 蕾生がその場にいて、目の前で永を侮辱されていたらおそらく流血沙汰だったろう。
 
「自慢すんな!あああ、珪兄やん怒らせたら何が起きることか……」
 
「でも、これで確定だな。雨辺と伊藤と眞瀬木珪は繋がってる」
 
 今、この場で一番冷静な蕾生が結論付けると、永もそれに頷いた。
 
「それは僕も確信してる。梢賢くんには申し訳ないけど」
 
「オレは……どうしたらええんや……」
 
 頭を抱えて飽和状態になっている梢賢に、鈴心はキッパリと言った。
 
「梢賢。貴方はブレてはいけません。最初の目的はなんです?」
 
「そら、菫さんを正気に戻すことや。そんで葵くんと(あい)ちゃんを助けること……」
 
「ならば、貴方はその事だけ考えなさい。眞瀬木珪とは私達が戦います」
 
 鈴心は力強く頷いて梢賢を鼓舞した。それに永も蕾生も続く。
 
「そうだね。喧嘩売ったのは僕だからさ」
 
「心配するな。こっちにも武器はある」
 
 屋内にいる時も放さずに持っている白藍牙(はくらんが)に手をかけて、蕾生は胸を張った。
 
「頼んだよ、親友」
 
「おう」
 
 実際のところ、この木刀がどんな風に役に立つのかは蕾生にはまだわかっていない。けれど、狼狽える梢賢を当初の目的に踏み止まらせるには虚勢が必要だった。
 
「何かが起きるとしたら……」
 
「明後日や。それしかない」
 
 鈴心がふと呟く。
 そうしてやっと梢賢はぐっと歯を食いしばって答えることができた。
 
織魂祭(しょくこんさい)の日、だね」
 
 永は祭に向けて、覚悟の光を瞳に宿していた。