眞瀬木(ませき)……(けい)……」
 
 (はるか)の体は強張っていた。
 その緊張を嘲るように珪は薄く笑って言った。
 
「これはおかしな所で会いますね、鵺人(ぬえびと)のお二人」
 
「こんにちは……」
 
 鈴心(すずね)も同様に緊張を孕んだ挨拶しかできず、瑠深(るみ)も二人をここに連れてきたことを叱責されるのを恐れていた。
 
「兄さん、えと、これは──」
 
 だが、珪はそんな瑠深を無視して鈴心に対してにっこり笑う。
 
「うちの瑠深と仲良くしてくれてありがとう。里には同年代の者があまりいなくてね」
 
「こちらこそ」
 
 瑠深を気遣わなかった珪の態度に鈴心は嫌悪を感じており、それが緊張を解き臨戦態勢をとる引き金になった。
 永は物怖じしなくなった鈴心を見習おうと背筋を伸ばして顔を引き締める。
 そんな二人の感情を的確に捉えた珪も続く言葉が強くなっていた。
 
「だからと言って、うちのパーソナルな部分に立ち入るのは関心しませんね」
 
「それは、失礼しました」
 
 永は言葉だけで謝ってみせたが、視線は落とさずに珪を見据えていた。
 それを受け流して珪は漸く瑠深の方を一瞥する。
 
「ワキが甘いぞ、瑠深。お前もまだまだ、だな」
 
「──ごめんなさい」
 
「あまり瑠深を責めるな。侵入を許したのは俺のミスだ」
 
 落ち込んだ瑠深を八雲が庇って言う。
 珪は八雲には少し笑って訂正した。
 
「ああ、誤解なさらないでください。僕は別に怒っているわけではない」
 
「……」
 
 その言葉が建前であることは永でもわかる。突然現れたジョーカーのような不気味さを感じつつ、永は珪に注目していた。
 
「ただ、こうして周りから固められるのは好きではないのでね。それなら僕の方から教えて差し上げようと思って参った次第ですよ」
 
「──え?」
 
「君達がお探しの、「眞瀬木の鵺信者」は私です」
 
「!」
 
 こうもあっさりと暴露するとは、永も鈴心も驚いた。
 珪は説明じみた言葉で続ける。
 
「君達の言葉を借りましたが、鵺信者と呼ばれるのは心外です。瑠深が昨日説明したと思いますが、今後は鵺肯定派と呼んでいただきたい」
 
「それは──失礼しました。つまり、貴方は眞瀬木の中のひとつの派閥に過ぎないということですね」
 
 永の確認に珪は頷いて、尚も饒舌に語る。
 
「その通りです。雨都(うと)さんの手前、鵺については歓迎しないのが今の眞瀬木の方針ですが、鵺そのものは私達の世界ではとても興味深いのでね」
 
「では、貴方は呪術師として鵺に価値を見出しているんですね?」
 
「ええ、そうです。ですから僕個人としては鵺人の君達にお会いできたのは本当に嬉しい」
 
 珪の言葉は人を見下しているような言い方で、永はどこまで本心を、または真実を語っているのか見極めようとする。
 
「……」
 
慧心弓(けいしんきゅう)について調べているとか?」
 
「まあ、そうです」
 
 永が頷くと、珪は講義でも始めるような雰囲気で朗々と語った。
 
「では、順を追って説明して差し上げましょう。雨都がここに来るより前、その時代には今君達が使った「鵺信者」と言うに相応しい行いをする者が眞瀬木にいました」
 
「──」
 
「そもそも、眞瀬木が鵺というものを知ったのは、当時の眞瀬木の者が銀騎(しらき)に弟子入りしたからです。ああ、それはご存知ですね?」
 
「……はい」
 
 この男も情報戦に長けていることはわかっていた。さらにそれをひけらかすタイプだということも。永は機を伺いながら言葉少なに頷いた。
 
「おい、珪。いいのか?」
 
「構いませんよ、身内の恥をお話することになりますが、今の僕にかけられた疑いを晴らすためですから」
 
 八雲の言葉を軽くあしらって珪は少し自嘲気味に笑う。
 
「疑いって?」
 
 瑠深の質問を無視して珪はまた饒舌に語った。
 
「その者は銀騎で修行を重ねるうちに、鵺そのものに魅入られてしまったんです。そしてとうとう銀騎から鵺の遺骸の一部を持ち出して帰ってきた」
 
 瑠深は聞き入れてもらえなかったことに落ち込んでいたが、構わず珪は続ける。
 
「彼は眞瀬木の中にいながら、鵺を崇拝するようになった。持ち帰った遺骸を依代にね。そして秘密裏に仲間を増やしていったんです」
 
 そこまで言うと、沈黙を守っている八雲に向かって珪は言う。
 
「おじ様、あれを見せて差し上げてください」
 
「それは、墨砥(ぼくと)兄さんの許可がなければ……」
 
「いやだなあ、何をそんなに怯えるんです?あれにはもう何の力も入っていないことはおじ様自身で太鼓判を押したでしょう?」
 
「それはそうだが……」
 
 躊躇ってその場を動かない八雲をおいて、珪は作業場の角で黒い布を被っている何かまで歩みを進めた。