雨都(うと)家では、(はるか)が甘えた声でレース針を投げ出していた。
 
「あーん、もう疲れた!」
 
「では休憩を」
 
 すぐさま鈴心(すずね)は冷たい麦茶を差し出す。
 
「サンキュー!うまっ」
 
 それを永が半分ほど飲み干すと、続けて水羊羹を差し出した。優杞(ゆうこ)からわけてもらった物である。
 
「糖分もお取りください」
 
「あまー、うまー!──はー……っ」
 
 水羊羹をペロリと平らげて緩んだ顔が幾分かましになった頃、鈴心は永に問いかけた。
 
「今日はいかがしますか?」
 
「そうだなあ……昨日は瑠深(るみ)さんに聞いても慧心弓(けいしんきゅう)のことはわかんなかったからねえ」
 
眞瀬木(ませき)に貸したというのはどういう目的があったんでしょう……」
 
「弓も、道具のうちだよね」
 
「はあ」
 
 鈴心の相槌に永はニヤリと笑って言った。
 
「眞瀬木には呪具の製作部署があるよね?」
 
八雲(やくも)さんに聞きに行くんですか?」
 
「ま、ダメで元々!」
 
 永の行動力が健在で、鈴心は少し安心する。
 
「どこに行けば会えるんでしょう?」
 
「うーん。て言うかちゃんと筋は通さないとダメだろうから……」
 
「まずは瑠深さんの所ですね?」
 
 そうしてまた二人は思いつきのまま雨都家を飛び出した。

 
 
 眞瀬木家の前までくると、少し冷静を取り戻す。二人は昨日と同じやり取りをするはめになった。
 
「──人気がないね」
 
 真っ暗な玄関をそっと覗きながら永が小声で呟くと、鈴心もまた小声で言う。
 
「昨日もこんな感じでしたね。まさか罠では?」
 
「それは考え過ぎだと思うけど、用心した方がいいか、な?」
 
「では一旦帰りましょう」
 
「うん……」
 
 危機管理が働いている鈴心はすぐに踵を返したが、永は少し後ろ髪を引かれていた。何の気配もしない玄関を注視していると、突然中から瑠深が引き戸を引いて出てきた。
 
「あっ!」
 
「ヤベッ!」
 
 瑠深とばっちり目が合ってしまった永は思わず背を向けて逃げ出してしまった。が、すぐに追いつかれ首根っこを掴まれた。
 
「おい、何がだ?なんか悪さしようとしてたんか?コラ」
 
「いえいえ、そんな滅相もない!」
 
 永に凄んでみせる瑠深の迫力はまるで地獄の閻魔のようだった。その剣幕には永もタジタジでヘラヘラ笑うしかなかった。
 
「まったく、祭りの準備で父さんも兄さんも忙しくしてるのをわかって来てるんだろ?あたしをナメてんな!?」
 
「ああ!人気がないのはそういうことだったんですね!」
 
「はあ?おま、マジふざけんなよ」
 
 まだ腑抜けている永の的外れたのんびり加減に瑠深がいっそう怒りかけた時、やっと鈴心が戻って止めに入る。
 
「瑠深さん!どうかお怒りを鎮めてください!ハル様は本調子ではないんです!」
 
「ああ?」
 
 瑠深の平手打ちが飛びそうで、半泣きの永をかばいながら鈴心が事情を話した。
 
「なるほど。藤絹編んで、一時的に腑抜けになってるんだ」
 
 永に縋り付きながら鈴心は必死で頷いていた。そんな危機迫る状況でも、永は締まりなく笑っていた。
 
「すみません、なんか頭働かなくてぇ」
 
 その様子を見て、瑠深は大袈裟に溜息を吐いた。
 
康乃(やすの)様もどうしてこんな奴らを祭に招いたんだろ……」
 
「それは私達にもさっぱり。でもいい機会だとは思っています」
 
 永の代わりに答える鈴心に、瑠深は思いっきり嫌味で返した。
 
「主人がこんなんなってんのに?」
 
「すぐ戻りますから」
 
「あーあ、なんかアホらし。で、今日は何の用?」
 
 気が抜けた瑠深は永を掴んでいた手を離して聞いた。永はまだヘラヘラ笑いながら言う。
 
「実は、八雲さんを紹介してほしくて」
 
「八雲おじさんを?なんで」
 
 瑠深が意外そうに目を丸くしているので、細かい説明は鈴心が引き継いだ。
 
「私達、かつて雨都(うと)(かえで)が使った慧心弓の行方を追ってるんです。古い記録に眞瀬木に貸したとあったので……」
 
「ああ、昨日言ってたやつね。眞瀬木の記述があったってそれ?」
 
「はい」
 
「え、でも、その古い記録って楓って人が生まれる前なんじゃないの?なんの関係があるの?」
 
 すると突然永が背筋をしゃんとしてスラスラと語り始める。
 
「その関係がわからないから来たんです。慧心弓は楓サンが扱った時に焼失していて、今はない事はわかってるんです。
 ただ、僕らは慧心弓のことをもっと知らなくちゃいけない。この村に長くあったことは事実ですから、その間に起こった事を知りたいんです」
 
「──こわっ、急に饒舌になったんだけど」
 
「ハル様、お帰りなさい」
 
「うん」
 
 驚く瑠深を他所に、鈴心も軽く一礼して一歩下がる。永はそれを当然のように受け入れていた。
 
「コント集団?」
 
「違います」
 
 真面目な鈴心の顔にますます毒気を抜かれた瑠深の方が、とうとう折れた。
 
「わかった。八雲おじさんに繋いであげる」
 
「ありがとうございます!」
 
「ただし、あたしも行く」
 
「もちろん。お世話になります」
 
 キリっと微笑んだ永を見て、瑠深はますます力が抜けた。
 
「はいはい……」