「さあ、今日はなんのお話をしましょうか?」
先ほどの質問などなかったかのように、菫は明るい声音で二人に笑いかける。梢賢もそれを掘り下げることはせず、情報収集に努めようとしていた。
「そうですね、この前からチラチラお聞きしてるメシア様ってお方はどういう……?」
蕾生が伊藤を疑ったように、梢賢の方はメシアが眞瀬木灰砥ではないかと疑っていた。菫はそういう背景事情は知る由もないのですんなりと教えてくれる。
「うつろ神様の使徒様──葵や蕾生様達のような方達の頂点に立ってるお方よ。すでに覚醒を終えられていて、その御身にうつろ神様が降臨される日まで厳しい修行を続けていらっしゃると聞くわ」
「て言うと、うつろ神様は実体がないんで?」
「それはそうよ。日本には他にもいろいろな神様がいるけど、誰もお姿を見たことはないでしょ?それとおんなじ!」
「あ、あー、なるほど!そりゃそうですねえ!」
今日も菫はご機嫌だった。それを崩さないように梢賢も愛想笑いを浮かべる。
「あの、使徒とメシアって人の違いってなんスか?」
続けて蕾生が聞くと、菫は少し考えながらも教えてくれた。
「そうねえ、どちらも覚醒した使徒様なんだけど、その中でもメシア様は覚醒の深度が特別でね。うつろ神様に一番近い所にいらっしゃるお方よ」
「覚醒ってなんなんスか?」
皓矢から聞かれていることもあって蕾生が掘り下げると、菫は更に考えながら答える。
「うーん、具体的に聞かれると困っちゃうわね。私も見たことないし。お姿が変わる方もいれば、オーラの色が変わる方もいたり、個性があるって有宇儀様は仰ったわ」
「つまり、覚醒すると何かしらが変わるってことですかね?」
歯切れの悪い菫から何とか引き出そうと梢賢も助け舟を出す。すると菫はニンマリと意味深に笑った。
「そうね。何しろ私達とはひとつ上の階層に上がった存在になるのだから。──その覚醒、もうすぐ見れるかもしれないわよ?」
「どういうことです?」
「うふふっ、実はね、葵の修行が実を結びそうなの。有宇儀様に見ていただいたら、覚醒が近いんですって!」
「ええ!?」
梢賢はお愛想で驚いて見せたが、蕾生はそんな気になれなかった。非常にまずい事態になっていると感じたからだ。
だが菫はそれを純粋に喜んでいるようで、自慢話が止まらない。
「使徒として覚醒したら、メシア様のお側でお仕えできるんですって!そうしたら、聖母の私も迎え入れてくださるって!」
「は、はあ……」
もう時間がないかもしれない。リアクションを梢賢にさせて、蕾生は心の中で焦っていた。
「だからね、こずえちゃんには謝らないといけないって思ってたの」
「え?」
「葵を雨都に迎えてくださるって言っていたでしょう?でも覚醒の方が早くなりそうだから、麓紫村には行けないと思うわ。ごめんなさいね」
笑いながら謝る菫の態度は完全に梢賢を下に見ていた。しかし情報を多く引き出すためにはそれに乗っかって調子づかせる方がいい。梢賢は愛想笑いを続けていた。
「あ!ああ、そうですかー!ま、まあ、そっちの方がいいでしょうからねえ、アハハ……」
「麓紫村と言えば、もうすぐよね?」
「何がです?」
梢賢がキョトンとして聞けば、菫は笑って言った。
「あらあ、お祭りのことよ!」
「え!?何で知ってはるんですか?」
「そりゃあ、雨辺だって元は麓紫村にいたんだもの。織魂祭くらい知ってるわ──あの忌々しい」
語尾だけ憎しみをこめた菫の言葉だったが、梢賢は気づかないふりをした。
「そ、そうですか。お祭りが何か?」
「今年もおやりになると思うけど、蕾生様達が村に滞在しているのが気になってね。まさか、参加したりしないわよね?」
「それは──」
蕾生が答えかけると、梢賢は慌ててそれを遮った。
「し、しし、しませんよぅ!使徒様はうつろ神様のものでしょ?資実姫とは関係あらしませんもの!」
「そうよね。安心したわ。──でも、こずえちゃんは参加するんでしょ?」
「そらまあ……ただうちは祭司役を頼まれてるだけであって、織魂祭は里人だけの祭ですからぁ」
「そうね。居候の立場って大変よね。雨都の皆さんもあんな村見限ってメシア様の所へ向かったらいいのに」
菫には他意はないのだろう。心底うつろ神とメシアを信じ切っている。この話題になると梢賢もはぐらかすしかできない。
「はあ、まあ、すぐにはねえ……僕一人ではどうにもねえ……」
「大丈夫、待っててこずえちゃん。葵がメシア様の所へ行ったらメシア様に進言させるから。皆で行きましょうね!」
「ああ、そら、どうも……」
皆で行く、だなんてそれがどういう事なのか菫はわかっているのだろうか。
おそらく楽園や桃源郷のようなものを想像しているに違いない。鵺の呪いにそんなものはありはしないのに。
菫の盲目な態度は蕾生には末期の妄想症候群に見える。
「楽しみね、うふふ!」
菫の剣幕に押され気味の二人はその場をお愛想で乗り切るだけで精一杯で、笑いながら菫がその視線をダイニングに隠して置いてある絹織物に移したことは気付かなかった。
先ほどの質問などなかったかのように、菫は明るい声音で二人に笑いかける。梢賢もそれを掘り下げることはせず、情報収集に努めようとしていた。
「そうですね、この前からチラチラお聞きしてるメシア様ってお方はどういう……?」
蕾生が伊藤を疑ったように、梢賢の方はメシアが眞瀬木灰砥ではないかと疑っていた。菫はそういう背景事情は知る由もないのですんなりと教えてくれる。
「うつろ神様の使徒様──葵や蕾生様達のような方達の頂点に立ってるお方よ。すでに覚醒を終えられていて、その御身にうつろ神様が降臨される日まで厳しい修行を続けていらっしゃると聞くわ」
「て言うと、うつろ神様は実体がないんで?」
「それはそうよ。日本には他にもいろいろな神様がいるけど、誰もお姿を見たことはないでしょ?それとおんなじ!」
「あ、あー、なるほど!そりゃそうですねえ!」
今日も菫はご機嫌だった。それを崩さないように梢賢も愛想笑いを浮かべる。
「あの、使徒とメシアって人の違いってなんスか?」
続けて蕾生が聞くと、菫は少し考えながらも教えてくれた。
「そうねえ、どちらも覚醒した使徒様なんだけど、その中でもメシア様は覚醒の深度が特別でね。うつろ神様に一番近い所にいらっしゃるお方よ」
「覚醒ってなんなんスか?」
皓矢から聞かれていることもあって蕾生が掘り下げると、菫は更に考えながら答える。
「うーん、具体的に聞かれると困っちゃうわね。私も見たことないし。お姿が変わる方もいれば、オーラの色が変わる方もいたり、個性があるって有宇儀様は仰ったわ」
「つまり、覚醒すると何かしらが変わるってことですかね?」
歯切れの悪い菫から何とか引き出そうと梢賢も助け舟を出す。すると菫はニンマリと意味深に笑った。
「そうね。何しろ私達とはひとつ上の階層に上がった存在になるのだから。──その覚醒、もうすぐ見れるかもしれないわよ?」
「どういうことです?」
「うふふっ、実はね、葵の修行が実を結びそうなの。有宇儀様に見ていただいたら、覚醒が近いんですって!」
「ええ!?」
梢賢はお愛想で驚いて見せたが、蕾生はそんな気になれなかった。非常にまずい事態になっていると感じたからだ。
だが菫はそれを純粋に喜んでいるようで、自慢話が止まらない。
「使徒として覚醒したら、メシア様のお側でお仕えできるんですって!そうしたら、聖母の私も迎え入れてくださるって!」
「は、はあ……」
もう時間がないかもしれない。リアクションを梢賢にさせて、蕾生は心の中で焦っていた。
「だからね、こずえちゃんには謝らないといけないって思ってたの」
「え?」
「葵を雨都に迎えてくださるって言っていたでしょう?でも覚醒の方が早くなりそうだから、麓紫村には行けないと思うわ。ごめんなさいね」
笑いながら謝る菫の態度は完全に梢賢を下に見ていた。しかし情報を多く引き出すためにはそれに乗っかって調子づかせる方がいい。梢賢は愛想笑いを続けていた。
「あ!ああ、そうですかー!ま、まあ、そっちの方がいいでしょうからねえ、アハハ……」
「麓紫村と言えば、もうすぐよね?」
「何がです?」
梢賢がキョトンとして聞けば、菫は笑って言った。
「あらあ、お祭りのことよ!」
「え!?何で知ってはるんですか?」
「そりゃあ、雨辺だって元は麓紫村にいたんだもの。織魂祭くらい知ってるわ──あの忌々しい」
語尾だけ憎しみをこめた菫の言葉だったが、梢賢は気づかないふりをした。
「そ、そうですか。お祭りが何か?」
「今年もおやりになると思うけど、蕾生様達が村に滞在しているのが気になってね。まさか、参加したりしないわよね?」
「それは──」
蕾生が答えかけると、梢賢は慌ててそれを遮った。
「し、しし、しませんよぅ!使徒様はうつろ神様のものでしょ?資実姫とは関係あらしませんもの!」
「そうよね。安心したわ。──でも、こずえちゃんは参加するんでしょ?」
「そらまあ……ただうちは祭司役を頼まれてるだけであって、織魂祭は里人だけの祭ですからぁ」
「そうね。居候の立場って大変よね。雨都の皆さんもあんな村見限ってメシア様の所へ向かったらいいのに」
菫には他意はないのだろう。心底うつろ神とメシアを信じ切っている。この話題になると梢賢もはぐらかすしかできない。
「はあ、まあ、すぐにはねえ……僕一人ではどうにもねえ……」
「大丈夫、待っててこずえちゃん。葵がメシア様の所へ行ったらメシア様に進言させるから。皆で行きましょうね!」
「ああ、そら、どうも……」
皆で行く、だなんてそれがどういう事なのか菫はわかっているのだろうか。
おそらく楽園や桃源郷のようなものを想像しているに違いない。鵺の呪いにそんなものはありはしないのに。
菫の盲目な態度は蕾生には末期の妄想症候群に見える。
「楽しみね、うふふ!」
菫の剣幕に押され気味の二人はその場をお愛想で乗り切るだけで精一杯で、笑いながら菫がその視線をダイニングに隠して置いてある絹織物に移したことは気付かなかった。