翌朝、今日も二手に分かれて行動することになった。梢賢と蕾生は引き続き雨辺を探ることにする。
「じゃあ、行ってくる」
ママチャリに跨った蕾生に、永が少し心配そうに尋ねた。
「ライくん、大丈夫?昨日は気分悪くなったんでしょ?」
「昨日は不意をつかれたからだ。──多分」
今日はもうあの札があることがわかっているから心の準備は出来ている。わかっていれば動揺することもないと蕾生は考えて胸を張った。
「まま、例の薬を見なければええ。今日はあの家宝についてもう少し聞いてくるわ」
梢賢も軽い感じで言うので、永は余計に釘を刺さずにはいられなかった。
「梢賢くん、ライくんの体調だけはほんとに気をつけてよね」
「ああ、わかっとる。ストレスがかからないようにな」
「あれくらいじゃ鵺にはならねえよ」
小舅の言葉を聞くようなうんざりした蕾生の発言は瞬時に一蹴された。
「万が一でしょ!君の鵺化はわからないことばっかりなんだからね!」
その剣幕に怯んでいると、梢賢が肩を叩いて言う。
「九百年かけて熟成された過保護や。ライオンくん、あきらめ」
「わかったよ。てか永こそ、やり過ぎるなよ?」
「僕の方は大丈夫!」
今度は永が胸を張る番だったが、蕾生はそれを無視して鈴心に言い含めた。
「鈴心、ちゃんと見てろよな。でないと精神年齢が赤ん坊になるぞ」
「そこまでにはならないよ!」
「貴方に言われずともわかっています」
結局、お互いが過保護だという事が露呈されて梢賢は苦笑してから蕾生を促した。
「よっしゃ、ほんじゃ行こか」
そうして梢賢と蕾生は村を出る。でこぼこの山道を自転車で通り過ぎて、街に出た所で蕾生が尋ねた。
「なあ」
「うん?」
「昨日言ってた灰砥って人、伊藤とは違うのか?」
蕾生は自分なりの考えを聞いてみた。昨日初めて聞いた眞瀬木灰砥の正体が実は伊藤であれば納得ができる気がしていた。だが、梢賢はすぐに首を振る。
「ああ、もちろんや。顔が全然違う」
「じゃあ、どんな人だったんだ?」
「そやなあ、優しいおっちゃんやったで。よく珪兄やんと一緒に遊んでもろたわ」
そう話す梢賢の顔は割と普通で、昨日の動揺は一晩で落ち着けたのだろう。
「その人に子どもは?」
「いや、灰砥のおっちゃんは独身やった」
「ふうん」
「オレは、灰砥のおっちゃんは子どもがおらんから当主にならんかったんやろって勝手に思ってた。あかんな、オレの悪いくせや」
梢賢は頭がよく回るのと、周りの状況を分析することに長けている反面、自身に都合よく解釈してしまうと安心してそれ以上は深く考えない所がある。
幼少時に菫に誘拐まがいのことをされたのも、永達に指摘されてから気づいた。それで梢賢は自分の性格を顧みて反省している。
「案外そうかもしれないだろ?」
ただ、蕾生はそこまで悲観することではないと思っていた。事実はどこにあるかわからない。蓋を開けて見れば梢賢の解釈通りなこともあるだろう。
けれど梢賢は慎重な姿勢を崩さなかった。
「けど、なんで死んだのかっていう疑問は残る。それがわからんと疑いは晴れん」
「そうだな……」
そうこうしている内に、二人は菫のマンションに着いていた。
「さあてと、今日も菫さんは綺麗かなー?」
わざと戯けて言う梢賢は空元気を出している、と蕾生は思った。インターホンを鳴らすとすぐに菫が出迎えた。
「まあ、いらっしゃい。こずえちゃん、蕾生様」
「おはようございますぅ。お言葉に甘えてまた来ちゃいました」
可愛く年少ぶる梢賢に菫はにっこり笑っている。どう見ても異性として見られていないのに、梢賢の涙ぐましい努力に蕾生は呆れていた。
「いつでも大歓迎よ。ちょうど朝のお祈りが終わったところなの」
「葵くんはお勉強ですか?」
「ええ、そうよ」
梢賢はリビングに入っても誰もいないので確認すると菫がにこやかに答える。もうひとつ、踏み込んでみた。
「藍ちゃんは?」
「……知らないわ」
「……」
途端に無表情で冷たくなる菫の反応を見た蕾生は、せめて藍に対する仕打ちだけでも先になんとかできないかと考えたが、いい方法は浮かばなかった。
「じゃあ、行ってくる」
ママチャリに跨った蕾生に、永が少し心配そうに尋ねた。
「ライくん、大丈夫?昨日は気分悪くなったんでしょ?」
「昨日は不意をつかれたからだ。──多分」
今日はもうあの札があることがわかっているから心の準備は出来ている。わかっていれば動揺することもないと蕾生は考えて胸を張った。
「まま、例の薬を見なければええ。今日はあの家宝についてもう少し聞いてくるわ」
梢賢も軽い感じで言うので、永は余計に釘を刺さずにはいられなかった。
「梢賢くん、ライくんの体調だけはほんとに気をつけてよね」
「ああ、わかっとる。ストレスがかからないようにな」
「あれくらいじゃ鵺にはならねえよ」
小舅の言葉を聞くようなうんざりした蕾生の発言は瞬時に一蹴された。
「万が一でしょ!君の鵺化はわからないことばっかりなんだからね!」
その剣幕に怯んでいると、梢賢が肩を叩いて言う。
「九百年かけて熟成された過保護や。ライオンくん、あきらめ」
「わかったよ。てか永こそ、やり過ぎるなよ?」
「僕の方は大丈夫!」
今度は永が胸を張る番だったが、蕾生はそれを無視して鈴心に言い含めた。
「鈴心、ちゃんと見てろよな。でないと精神年齢が赤ん坊になるぞ」
「そこまでにはならないよ!」
「貴方に言われずともわかっています」
結局、お互いが過保護だという事が露呈されて梢賢は苦笑してから蕾生を促した。
「よっしゃ、ほんじゃ行こか」
そうして梢賢と蕾生は村を出る。でこぼこの山道を自転車で通り過ぎて、街に出た所で蕾生が尋ねた。
「なあ」
「うん?」
「昨日言ってた灰砥って人、伊藤とは違うのか?」
蕾生は自分なりの考えを聞いてみた。昨日初めて聞いた眞瀬木灰砥の正体が実は伊藤であれば納得ができる気がしていた。だが、梢賢はすぐに首を振る。
「ああ、もちろんや。顔が全然違う」
「じゃあ、どんな人だったんだ?」
「そやなあ、優しいおっちゃんやったで。よく珪兄やんと一緒に遊んでもろたわ」
そう話す梢賢の顔は割と普通で、昨日の動揺は一晩で落ち着けたのだろう。
「その人に子どもは?」
「いや、灰砥のおっちゃんは独身やった」
「ふうん」
「オレは、灰砥のおっちゃんは子どもがおらんから当主にならんかったんやろって勝手に思ってた。あかんな、オレの悪いくせや」
梢賢は頭がよく回るのと、周りの状況を分析することに長けている反面、自身に都合よく解釈してしまうと安心してそれ以上は深く考えない所がある。
幼少時に菫に誘拐まがいのことをされたのも、永達に指摘されてから気づいた。それで梢賢は自分の性格を顧みて反省している。
「案外そうかもしれないだろ?」
ただ、蕾生はそこまで悲観することではないと思っていた。事実はどこにあるかわからない。蓋を開けて見れば梢賢の解釈通りなこともあるだろう。
けれど梢賢は慎重な姿勢を崩さなかった。
「けど、なんで死んだのかっていう疑問は残る。それがわからんと疑いは晴れん」
「そうだな……」
そうこうしている内に、二人は菫のマンションに着いていた。
「さあてと、今日も菫さんは綺麗かなー?」
わざと戯けて言う梢賢は空元気を出している、と蕾生は思った。インターホンを鳴らすとすぐに菫が出迎えた。
「まあ、いらっしゃい。こずえちゃん、蕾生様」
「おはようございますぅ。お言葉に甘えてまた来ちゃいました」
可愛く年少ぶる梢賢に菫はにっこり笑っている。どう見ても異性として見られていないのに、梢賢の涙ぐましい努力に蕾生は呆れていた。
「いつでも大歓迎よ。ちょうど朝のお祈りが終わったところなの」
「葵くんはお勉強ですか?」
「ええ、そうよ」
梢賢はリビングに入っても誰もいないので確認すると菫がにこやかに答える。もうひとつ、踏み込んでみた。
「藍ちゃんは?」
「……知らないわ」
「……」
途端に無表情で冷たくなる菫の反応を見た蕾生は、せめて藍に対する仕打ちだけでも先になんとかできないかと考えたが、いい方法は浮かばなかった。