(すみれ)のマンションが建っている辺りは、同じようなマンションが数棟集まっており、歩道は日陰が多い。
 あまり人通りもなかったので、蕾生(らいお)梢賢(しょうけん)はガードレールに寄りかかりながらしばし休息していた。
 二人が買った飲み物を飲み終える頃、蕾生の携帯電話が鳴る。
 
「うん?」
 
「なんや、ハル坊か?」
 
 蕾生が携帯電話の画面を確認すると、そこには星弥(せいや)の番号が表示されていた。メッセージのやり取りは何度もしているが、電話がかかってくるのは初めてで、蕾生はにわかに緊張する。
 
「いや、違う。銀騎(しらき)──の妹だ」
 
「えっ、何、女の子からラブコール!?付きおうてんの!?」
 
 すぐ恋愛に変換する梢賢の勘繰りを鬱陶しく思いながら、動画通話に切り替えて蕾生は電話に出た。
 
「そんなんじゃねえ。──皓矢(こうや)!……サン」
 
 画面に映ったのは銀騎(しらき)皓矢(こうや)だった。星弥の姿は見当たらない。
 
「なんや、結局兄貴からかいな!つまらん!」
 
 梢賢の言葉が聞こえたようで、画面の中の皓矢は困ったように笑っていた。
 
「ごめんね、星弥の携帯でかけた方がわかりやすいと思って。今大丈夫かい?」
 
「いいけど、(はるか)はいないッスよ」
 
「うん、知ってる。永くんと鈴心(すずね)は村なんだろう?永くんからメールをもらってね、今日は連絡するなら君の方にって」
 
 改めてその画面を覗き込んだ梢賢は、皓矢の顔をまじまじと見てから呟いた。
 
「うわ……マジイケメンや、引くほどイケメンや」
 
「君、もしかして雨都(うと)梢賢(しょうけん)くん?」
 
「ああ、そうです。ハジメマシテー」
 
 元々銀騎に対していい感情を持っていないのに加えて、美貌と実力を兼ね備えているであろう皓矢に対する梢賢の態度は、愛想笑いから嫌悪を引いて差し引きゼロの無表情だった。
 皓矢も特に気にすることなく少し微笑んで自己紹介する。
 
「初めまして、銀騎皓矢です。お噂はかねがね」
 
「ええ?銀騎サンに噂されてるなんて面映いですわー」
 
「お調子者のふりをしながら、非常に思慮深いとか」
 
 皓矢の言葉に、梢賢は顔を顰めた。
 
「……あかんわあ、お兄さん。そないに真っ直ぐな目で言われたらシラけまっせ」
 
「おや、これは手厳しいね。では本題に入ろうかな」
 
 二人の会話からは雨都と銀騎の間にはまだ壁があることがわかる。化かし合いのような会話を続けられるよりは早く用件を言ってくれた方が蕾生も気が楽だった。
 
「なんだ?」
 
眞瀬木(ませき)の例の件、もう少しわかったことがある」
 
「本当か!あー……」
 
 蕾生が隣の梢賢を気にすると、梢賢は少し目を泳がせてからわざとらしく欠伸をする。
 
「ああ、あかん、急に眠たなってきた……」
 
 立ちながら狸寝入りを始めた梢賢を見せながら蕾生は皓矢に確認をとった。
 
「こんなもんでどうだ?」
 
「あ、ああ……まあ、いいか」
 
 皓矢は苦笑しながら話し始めた。蕾生にもわかるように現代の表現を使いながら。
 
「当時の資料やら記録やらを片っ端から漁ってみたんだけどね、スカウトした眞瀬木の子息は研修期間を終えた後、(ぬえ)の腕を分析するチームに配属されたらしい」
 
「鵺の腕?」
 
師羅鬼(しらき)幽保(ゆうほ)がかつての君達に遭遇した際、腕を切り落として持ち帰ったんだ。後にその爪から幽爪珠(ゆうそうじゅ)という呪具を作り、銀騎の当主としての証──つまり家宝にしたんだけどね」
 
「幽爪珠って、あの時の?」
 
 蕾生は銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)が得意げに掲げて星弥を苦しめた時のことを思い出す。
 
「そう。お祖父様が星弥を鵺化させようとして使ったアレだ。幽爪珠を幽保が作った後、残った腕の遺骸を部下に分析させ、記録に残そうとした。そのために結成されたチームに眞瀬木の子息は抜擢されたんだ」
 
「優秀だったってことか」
 
「それは間違いない。恐らく眞瀬木の結界術を買われたんだろう。腕だけとは言ってもとんでもない妖気があっただろうからね。それを外に漏らさず、安全に作業するためには必須の能力だよ」
 
「そうなのか」
 
 陰陽師とか呪術とか、蕾生はそういう類の知識が乏しい。これを聞いたのが永だったらどう言うのだろうと思いながらも頷くだけで精一杯だった。