「うーん、勢いがついて思わず来ちゃったけど……」
「梢賢がいないのに、会ってくれるでしょうか?」
「その前に玄関に行く勇気も出ないんだけど」
「た、確かに……」
永と鈴心は眞瀬木家邸宅の前で立ち往生していた。
雨都の蔵から出た後、優杞から昼食に呼ばれたので二人は急いでそれを食べてから、勢いのままに眞瀬木家に向かってしまった。
しかし、いざ屋敷を目の当たりにするとその静けさから徐々に頭が冷えて今に至る。
「何やってんの?あんたら」
不意に背中から呼びかけられて、永も鈴心も心臓が飛び上がる思いだった。
「わあ!」
「瑠深さん!」
「あのねえ、ここ、あたしンチ。驚かれる筋合いがないんだけど」
瑠深は怪訝に眉を顰めて二人に毒づいた。永は呼吸を整えてから普段の調子を取り戻そうと努める。
「ああ、ごめんなさい。お出かけだったんですね」
「まあね。あんた達だけ?あのバカは?」
「梢賢くんなら今日はうちのライくんとツーリングです」
永が答えると瑠深は薄く笑った。
「へえ、ウケる。あの二人の見てくれなら暴走族と間違われて逮捕されちゃうんじゃない?」
「さすがに自転車ではそこまでされはしないかと」
鈴心がそう答えると、瑠深はまるでスベッた芸人のような気まずさで言った。
「──冗談よ、真面目な子だね、あんた」
「そうですか。すみません」
「……なんか調子狂うわ。それで?何か用?」
「えーっと、ちょっと調べ物をしていまして」
どこから話したものか、永が目を泳がせていると瑠深が先を制した。
「それは知ってる。雨都にある文献でしょ。でもほとんど盗まれたって聞いたけど」
「はい、ですから僕らも困っちゃってて。辛うじて残ってた記録を読んだら眞瀬木の名前が出てきたので──」
「ふうん。そりゃ名前くらいは出てくるでしょ。里の仲間なんだから」
自然に言ってのけた瑠深の言葉尻を永は反芻した。そう思っているのは眞瀬木では瑠深だけかもしれない、と思ったからだ。
「仲間、ですか」
「何よ」
「いいえ、別に」
永と瑠深の間に不穏な雰囲気が漂い始めたのを察知した鈴心は急いで話題を変えた。
「あの、瑠深さん。慧心という名の弓をご存知ですか?」
「けいしん……?さあ、知らないな」
「では、雨都楓についてはどれくらいご存知ですか?」
すると瑠深は少し意外そうな顔をして答えた。どうして聞かれたのかわからない、という顔である。
「ううん?ああ……例の。どれくらいって言われても名前ぐらいしか。だって檀ばあちゃんの妹でしょ?随分昔に亡くなった」
「そうですか……」
「眞瀬木では楓サンのことは伝わってないんですか?」
続けて永が聞くと瑠深は肩を竦めて答える。
「さあね。父さんや兄さんなら知ってるかも。あたしは跡取りじゃないからわかんない」
「え?でも呪術の修行をしているって聞きましたけど」
「そりゃそうよ。眞瀬木の術を絶やす訳にはいかないもの。あたしが術を相伝して、それを兄さんが使う。そういうことになると思うわ」
「珪さんは相伝できないんですか?」
その永の質問は、瑠深にとっては地雷だったようだ。瑠深はあからさまに機嫌を悪くして語尾を強めながら言う。
「できないんじゃない。あたし達兄妹は役目を分けたの。今の時代、全部が全部を長子に継がせるなんてナンセンスよ。あたし達は新しい方法で眞瀬木を続けていく」
「なるほど……」
訳知り顔をした永の受け答えは更に瑠深の癇に障った。
「悪いわね、ご期待に添えなくて。じゃ、サヨナラ」
「ああ、ちょっと待って!もう一つだけ!眞瀬木では、鵺ってどう思われてます?」
瑠深が二人を通り過ぎて玄関の引き戸を開けようとした時、永は食い下がって芯を食った質問を投げた。すると瑠深は立ち止まって低い声で言う。
「──何それ。どういう意味?」
かかったな、と思った永は挑発するように尋ねた。
「いやあ、雨都が深く関わった化物ですから、呪術師の立場としてどうお考えなのかなあって。銀騎なんかは病的なくらいに研究してますけど」
「銀騎ね……あんなマッドサイエンティスト爺さんと一緒にしないで」
「詮充郎をご存知なんですか?」
鈴心が聞くと、瑠深は少し斜に構えて答える。
「まあ、噂くらいは?こっちの界隈でも超有名人だし、何度も派手な事やってるしね」
「申し遅れました。私、銀騎詮充郎の娘です」
「はあ!?」
「リン!?」
鈴心の爆弾発言に、瑠深だけでなく永も驚いていた。そして永の放った言葉に瑠深が戸惑っている隙をついて鈴心が真顔で近寄る。
「リン?何?」
「私、瑠深さんともう少しお話したいです」
「あんた、あたしと腹の探り合いをしようっての?」
「ご都合がよろしければ」
怯むことなく真っ直ぐに瑠深を見つめる鈴心に、瑠深は挑戦的に笑って玄関を開けた。
「いい度胸だ、気に入ったよ。入りな」
「どうも」
落ち着いている鈴心とは逆に辺りを気にしている永に、瑠深は一声かける。
「父さんも兄さんも出かけてるよ」
それを聞いた永はわかりやすく胸を撫で下ろして鈴心の後に続いた。
「お邪魔しまーす!」
これが吉と出るか凶と出るか、永も鈴心も、瑠深もまた大きな賭けだと固唾を飲んだ。
「梢賢がいないのに、会ってくれるでしょうか?」
「その前に玄関に行く勇気も出ないんだけど」
「た、確かに……」
永と鈴心は眞瀬木家邸宅の前で立ち往生していた。
雨都の蔵から出た後、優杞から昼食に呼ばれたので二人は急いでそれを食べてから、勢いのままに眞瀬木家に向かってしまった。
しかし、いざ屋敷を目の当たりにするとその静けさから徐々に頭が冷えて今に至る。
「何やってんの?あんたら」
不意に背中から呼びかけられて、永も鈴心も心臓が飛び上がる思いだった。
「わあ!」
「瑠深さん!」
「あのねえ、ここ、あたしンチ。驚かれる筋合いがないんだけど」
瑠深は怪訝に眉を顰めて二人に毒づいた。永は呼吸を整えてから普段の調子を取り戻そうと努める。
「ああ、ごめんなさい。お出かけだったんですね」
「まあね。あんた達だけ?あのバカは?」
「梢賢くんなら今日はうちのライくんとツーリングです」
永が答えると瑠深は薄く笑った。
「へえ、ウケる。あの二人の見てくれなら暴走族と間違われて逮捕されちゃうんじゃない?」
「さすがに自転車ではそこまでされはしないかと」
鈴心がそう答えると、瑠深はまるでスベッた芸人のような気まずさで言った。
「──冗談よ、真面目な子だね、あんた」
「そうですか。すみません」
「……なんか調子狂うわ。それで?何か用?」
「えーっと、ちょっと調べ物をしていまして」
どこから話したものか、永が目を泳がせていると瑠深が先を制した。
「それは知ってる。雨都にある文献でしょ。でもほとんど盗まれたって聞いたけど」
「はい、ですから僕らも困っちゃってて。辛うじて残ってた記録を読んだら眞瀬木の名前が出てきたので──」
「ふうん。そりゃ名前くらいは出てくるでしょ。里の仲間なんだから」
自然に言ってのけた瑠深の言葉尻を永は反芻した。そう思っているのは眞瀬木では瑠深だけかもしれない、と思ったからだ。
「仲間、ですか」
「何よ」
「いいえ、別に」
永と瑠深の間に不穏な雰囲気が漂い始めたのを察知した鈴心は急いで話題を変えた。
「あの、瑠深さん。慧心という名の弓をご存知ですか?」
「けいしん……?さあ、知らないな」
「では、雨都楓についてはどれくらいご存知ですか?」
すると瑠深は少し意外そうな顔をして答えた。どうして聞かれたのかわからない、という顔である。
「ううん?ああ……例の。どれくらいって言われても名前ぐらいしか。だって檀ばあちゃんの妹でしょ?随分昔に亡くなった」
「そうですか……」
「眞瀬木では楓サンのことは伝わってないんですか?」
続けて永が聞くと瑠深は肩を竦めて答える。
「さあね。父さんや兄さんなら知ってるかも。あたしは跡取りじゃないからわかんない」
「え?でも呪術の修行をしているって聞きましたけど」
「そりゃそうよ。眞瀬木の術を絶やす訳にはいかないもの。あたしが術を相伝して、それを兄さんが使う。そういうことになると思うわ」
「珪さんは相伝できないんですか?」
その永の質問は、瑠深にとっては地雷だったようだ。瑠深はあからさまに機嫌を悪くして語尾を強めながら言う。
「できないんじゃない。あたし達兄妹は役目を分けたの。今の時代、全部が全部を長子に継がせるなんてナンセンスよ。あたし達は新しい方法で眞瀬木を続けていく」
「なるほど……」
訳知り顔をした永の受け答えは更に瑠深の癇に障った。
「悪いわね、ご期待に添えなくて。じゃ、サヨナラ」
「ああ、ちょっと待って!もう一つだけ!眞瀬木では、鵺ってどう思われてます?」
瑠深が二人を通り過ぎて玄関の引き戸を開けようとした時、永は食い下がって芯を食った質問を投げた。すると瑠深は立ち止まって低い声で言う。
「──何それ。どういう意味?」
かかったな、と思った永は挑発するように尋ねた。
「いやあ、雨都が深く関わった化物ですから、呪術師の立場としてどうお考えなのかなあって。銀騎なんかは病的なくらいに研究してますけど」
「銀騎ね……あんなマッドサイエンティスト爺さんと一緒にしないで」
「詮充郎をご存知なんですか?」
鈴心が聞くと、瑠深は少し斜に構えて答える。
「まあ、噂くらいは?こっちの界隈でも超有名人だし、何度も派手な事やってるしね」
「申し遅れました。私、銀騎詮充郎の娘です」
「はあ!?」
「リン!?」
鈴心の爆弾発言に、瑠深だけでなく永も驚いていた。そして永の放った言葉に瑠深が戸惑っている隙をついて鈴心が真顔で近寄る。
「リン?何?」
「私、瑠深さんともう少しお話したいです」
「あんた、あたしと腹の探り合いをしようっての?」
「ご都合がよろしければ」
怯むことなく真っ直ぐに瑠深を見つめる鈴心に、瑠深は挑戦的に笑って玄関を開けた。
「いい度胸だ、気に入ったよ。入りな」
「どうも」
落ち着いている鈴心とは逆に辺りを気にしている永に、瑠深は一声かける。
「父さんも兄さんも出かけてるよ」
それを聞いた永はわかりやすく胸を撫で下ろして鈴心の後に続いた。
「お邪魔しまーす!」
これが吉と出るか凶と出るか、永も鈴心も、瑠深もまた大きな賭けだと固唾を飲んだ。