梢賢に連れて来られた駅前の喫茶店はレトロな造りの純喫茶で、永達のようについ最近まで中学生だった者達には敷居が高そうな場所だった。
チンピラが学生を三人も連れて店に入る様は他の客の目を引いており、三人は早くも居心地が悪くなっていた。
「なんでも好きなもの頼んでや。お兄さんが奢ったる!」
ふんぞり返って向いに座った梢賢の様子に、蕾生と鈴心は顔を見合わせた後メニューに目を光らせる。
臆する訳にはいかない。なめられたらこっちの負けだ、と言う呼吸で高額メニューのコンボを決めた。
「じゃあ、ナポリタンとカツカレー」
「この期間限定のレジェンドフルーツパフェお願いします」
デコボココンビの要求に敵は震える手で冷水を一口飲んだ後、努めて落ち着いて頷いた。
「遠慮のない子達やねえ……ハル坊は?」
「あ、アイスコーヒーで」
「助かったー」
思わず漏れた声は隣の永にはもちろん、蕾生と鈴心にも聞こえていた。
注文を終えた後、動揺を隠そうとして梢賢は蕾生が背から降ろして立てかけたものを指差す。
「ところでライオンくんは剣道部なん?」
「ん?」
「それ、竹刀やろ?」
「違う。木刀だ」
蕾生が短く答えると、梢賢は目を丸くして感心していた。
「へええ、本格的に習てんやねえ」
「ま、まあな」
蕾生が持っているのは白藍牙と言う、元は銀騎詮充郎が萱獅子刀のレプリカとして作ったものだ。それを孫の銀騎皓矢が高校生の蕾生が持っても不自然でないように木刀に作りかえた。
皓矢の目論見通りの設定を信じてもらえたので、蕾生はほっと胸を撫で下ろした。永と鈴心もつられて安堵の溜息を落とす。
そうしているうちに注文したナポリタンが運ばれた。蕾生はフォークを握ったが、それを制止するように梢賢が切り出した。
「さて、腹割って話そか!君らは今回はどこまで進んでんのん?」
「なんだ、知らねえのか」
「訳知り顔で出て来たのに掴んでないんですか?」
一旦おあずけをくらってしまった蕾生が不機嫌に返すと、つられて鈴心も本来のキツい口調で喋る。
「もう敬語やめられた!都会の子はキツいわあ」
つっこみのつもりなのか、梢賢は大袈裟に頭を抱えて見せた。
見かねた永がフォローを入れる。
「いや、気を使ってくれてるんですよね?ライくんのことで」
「あ、あー、まあ、そらなあ。こっちからネタバレする訳にいかんやん?」
梢賢がそのフォローを有り難く噛み締めていると、続いてカツカレーも運ばれてくる。
蕾生は視線をカツにロックオンしたまま短く返した。
「その事なら心配ない」
「はい。ライは既に私達の呪いの詳細まで知っています」
鈴心の付け足しに、梢賢はかなり驚いて見せた。
「へえ?それなのにその落ち着きなん?すごいなあ、ライオンくん」
「いや、鵺には一度なったから」
もう我慢できない蕾生はフォークをカツめがけて振り下ろした。
「うん?」
蕾生が食い気に負けておざなりになった返答を理解できずに梢賢が首を捻ると、隣で永が苦笑しながら説明した。
「まあ、銀騎と例によって揉めて──鵺化したんだけど、戻れたんです」
「えええええっ!!」
梢賢が意図せずに大袈裟にとったリアクションは、パフェを運んできた店員を怯ませた。
目の前に置かれた美しいパフェに鈴心も釘付けになる。向かいのデコボココンビはもう会話の役には立ちそうにない。
それで永が代表して説明するはめになった。
「ちょうど、貴方が銀騎に来た日です。僕らは一悶着終えて帰る所だった」
「──マジ?」
「マジ」
真っ直ぐそう言われたものの、梢賢はすぐには信じられなかった。
「え、あれって戻れるもんなの?」
「そうみたいです。僕らも理由はわからないんですけど」
永と梢賢が目を見合わせている向いで、喫茶メシの虜となった二人は夢中でそれを口に運んでいた。
「うまっ」
「パフェも美味しいです」
二人の欠食児童は置いておいて、永が銀騎研究所で起こったことを梢賢に説明する。
蕾生が鵺となったこと、しかし黒い鵺から金色の鵺になったことで自我が芽生えたこと、それから人間に戻れたことなどを聞いて、梢賢は口を開けたまま背もたれに寄りかかった。
「はー、なんやすごいことが起こってたんやねえ。金色の鵺なんてウチの文献にも載ってへんで」
「ああ、やっぱり一通りご存じなんですね」
雨都梢賢個人はどれくらいの知識を有しているのか、永がそれとなく尋ねると当の本人は軽く頷いて答える。
「ウチに残ってるやつはな。母ちゃんの目ェ盗んで読むの大変やってん」
「ハハ、楓さんもおんなじこと言ってた」
雨都の人達は基本鵺とは関わりたくないと永は理解している。楓や梢賢の方が少数派であり、鵺の情報を紐解くことはそれなりに難しい。
「なるほどなあ、君らが楓婆に会ってたのはほんまみたいやね」
「婆って。まあ、貴方から見たらそうですけど」
少女の頃の楓しか知らない永には、梢賢の言葉の中に出てくる楓の様子は新鮮だ。
婆、と呼ぶくらいだからきっと長く生きられたのだろうと、永はこの時まで疑っていなかった。
「言うてもオレも会ったことはないで。若い時の写真しか知らん。ウチに帰ってから数年で死んでもうたからな」
「──え?」
梢賢がけろっと言ってのけた言葉に、永は打ちのめされた。鈴心も突然青ざめてスプーンを置き、蕾生も手を止める。
「なんや、知らんかったんかいな」
三人の態度は梢賢からしてみたら意外ではあった。
「はい。僕らはその前に鵺に殺されてますから」
「そうか。……そやったな。五十年前の転生では、辛うじて楓婆だけ生き残ったっちゅう話やったな」
永達との認識の違いを重く受け止めた梢賢は、それまでの軽口をやめて真顔で言った。
永も俯きながら答える。
「それからまた雨都の人達とは連絡が取れなくなったので……」
「せやろな。檀ばあちゃんならそうするやろな」
「檀──確か楓のお姉さんですね」
鈴心がそう付け足すと、梢賢は真面目な顔のままで頷いた。
「そうや。檀がオレのばあちゃん。ばあちゃんも二年前にのうなったけどな」
「そうですか……。せめて会って謝りたかったけど……」
永が意気消沈したまま呟くので、梢賢は少し口調を明るくしたがその内容は辛辣だった。
「ああん、そんなんええって。てか、ばあちゃんが生きとっても君らには会わんよ」
「……」
「お怒りは深いんですね……」
完全に落ち込んでしまった永と鈴心を見ると良心が痛むけれど、気休めの嘘を言っても仕方がない。
それでも少しでも話題を明るくしようと梢賢は自虐気味に続ける。
「まあなあ。情けない話やけど、ばあちゃんが死んだからオレも君らに会いに来れたんや」
「僕は、もしかしたら楓さんが生きた証が聞けるかもしれないって思ってた。淡い期待だったけど──」
「そりゃあ、期待に応えられずすまんな」
「いえ、どこかでそんなことあり得ないってわかってました。鵺の呪いを身に受けて無事でいられるはずがないから……」
言えば言うほど落ち込んでいく永の様子に、どうしたもんかと梢賢が考えあぐねていると、蕾生がこちらを睨んで凄む。
「あんたが陽気な登場の仕方だったから、永が期待しちまったんだ」
「ええ!?オレのせいなん!?」
「ライ、やめなさい。筋違いです」
おどけるチャンスを鈴心に潰されて、梢賢はますます八方塞がりだった。彼らに恨み言を言いたくて呼んだ訳ではない。本題はこれからなのだ。
「まあ、ちょっと湿っぽくなったから話題変えよか」
「はあ」
テンションの戻らない永の肩を叩きつつ、梢賢はまた少し声音を明るくした。
チンピラが学生を三人も連れて店に入る様は他の客の目を引いており、三人は早くも居心地が悪くなっていた。
「なんでも好きなもの頼んでや。お兄さんが奢ったる!」
ふんぞり返って向いに座った梢賢の様子に、蕾生と鈴心は顔を見合わせた後メニューに目を光らせる。
臆する訳にはいかない。なめられたらこっちの負けだ、と言う呼吸で高額メニューのコンボを決めた。
「じゃあ、ナポリタンとカツカレー」
「この期間限定のレジェンドフルーツパフェお願いします」
デコボココンビの要求に敵は震える手で冷水を一口飲んだ後、努めて落ち着いて頷いた。
「遠慮のない子達やねえ……ハル坊は?」
「あ、アイスコーヒーで」
「助かったー」
思わず漏れた声は隣の永にはもちろん、蕾生と鈴心にも聞こえていた。
注文を終えた後、動揺を隠そうとして梢賢は蕾生が背から降ろして立てかけたものを指差す。
「ところでライオンくんは剣道部なん?」
「ん?」
「それ、竹刀やろ?」
「違う。木刀だ」
蕾生が短く答えると、梢賢は目を丸くして感心していた。
「へええ、本格的に習てんやねえ」
「ま、まあな」
蕾生が持っているのは白藍牙と言う、元は銀騎詮充郎が萱獅子刀のレプリカとして作ったものだ。それを孫の銀騎皓矢が高校生の蕾生が持っても不自然でないように木刀に作りかえた。
皓矢の目論見通りの設定を信じてもらえたので、蕾生はほっと胸を撫で下ろした。永と鈴心もつられて安堵の溜息を落とす。
そうしているうちに注文したナポリタンが運ばれた。蕾生はフォークを握ったが、それを制止するように梢賢が切り出した。
「さて、腹割って話そか!君らは今回はどこまで進んでんのん?」
「なんだ、知らねえのか」
「訳知り顔で出て来たのに掴んでないんですか?」
一旦おあずけをくらってしまった蕾生が不機嫌に返すと、つられて鈴心も本来のキツい口調で喋る。
「もう敬語やめられた!都会の子はキツいわあ」
つっこみのつもりなのか、梢賢は大袈裟に頭を抱えて見せた。
見かねた永がフォローを入れる。
「いや、気を使ってくれてるんですよね?ライくんのことで」
「あ、あー、まあ、そらなあ。こっちからネタバレする訳にいかんやん?」
梢賢がそのフォローを有り難く噛み締めていると、続いてカツカレーも運ばれてくる。
蕾生は視線をカツにロックオンしたまま短く返した。
「その事なら心配ない」
「はい。ライは既に私達の呪いの詳細まで知っています」
鈴心の付け足しに、梢賢はかなり驚いて見せた。
「へえ?それなのにその落ち着きなん?すごいなあ、ライオンくん」
「いや、鵺には一度なったから」
もう我慢できない蕾生はフォークをカツめがけて振り下ろした。
「うん?」
蕾生が食い気に負けておざなりになった返答を理解できずに梢賢が首を捻ると、隣で永が苦笑しながら説明した。
「まあ、銀騎と例によって揉めて──鵺化したんだけど、戻れたんです」
「えええええっ!!」
梢賢が意図せずに大袈裟にとったリアクションは、パフェを運んできた店員を怯ませた。
目の前に置かれた美しいパフェに鈴心も釘付けになる。向かいのデコボココンビはもう会話の役には立ちそうにない。
それで永が代表して説明するはめになった。
「ちょうど、貴方が銀騎に来た日です。僕らは一悶着終えて帰る所だった」
「──マジ?」
「マジ」
真っ直ぐそう言われたものの、梢賢はすぐには信じられなかった。
「え、あれって戻れるもんなの?」
「そうみたいです。僕らも理由はわからないんですけど」
永と梢賢が目を見合わせている向いで、喫茶メシの虜となった二人は夢中でそれを口に運んでいた。
「うまっ」
「パフェも美味しいです」
二人の欠食児童は置いておいて、永が銀騎研究所で起こったことを梢賢に説明する。
蕾生が鵺となったこと、しかし黒い鵺から金色の鵺になったことで自我が芽生えたこと、それから人間に戻れたことなどを聞いて、梢賢は口を開けたまま背もたれに寄りかかった。
「はー、なんやすごいことが起こってたんやねえ。金色の鵺なんてウチの文献にも載ってへんで」
「ああ、やっぱり一通りご存じなんですね」
雨都梢賢個人はどれくらいの知識を有しているのか、永がそれとなく尋ねると当の本人は軽く頷いて答える。
「ウチに残ってるやつはな。母ちゃんの目ェ盗んで読むの大変やってん」
「ハハ、楓さんもおんなじこと言ってた」
雨都の人達は基本鵺とは関わりたくないと永は理解している。楓や梢賢の方が少数派であり、鵺の情報を紐解くことはそれなりに難しい。
「なるほどなあ、君らが楓婆に会ってたのはほんまみたいやね」
「婆って。まあ、貴方から見たらそうですけど」
少女の頃の楓しか知らない永には、梢賢の言葉の中に出てくる楓の様子は新鮮だ。
婆、と呼ぶくらいだからきっと長く生きられたのだろうと、永はこの時まで疑っていなかった。
「言うてもオレも会ったことはないで。若い時の写真しか知らん。ウチに帰ってから数年で死んでもうたからな」
「──え?」
梢賢がけろっと言ってのけた言葉に、永は打ちのめされた。鈴心も突然青ざめてスプーンを置き、蕾生も手を止める。
「なんや、知らんかったんかいな」
三人の態度は梢賢からしてみたら意外ではあった。
「はい。僕らはその前に鵺に殺されてますから」
「そうか。……そやったな。五十年前の転生では、辛うじて楓婆だけ生き残ったっちゅう話やったな」
永達との認識の違いを重く受け止めた梢賢は、それまでの軽口をやめて真顔で言った。
永も俯きながら答える。
「それからまた雨都の人達とは連絡が取れなくなったので……」
「せやろな。檀ばあちゃんならそうするやろな」
「檀──確か楓のお姉さんですね」
鈴心がそう付け足すと、梢賢は真面目な顔のままで頷いた。
「そうや。檀がオレのばあちゃん。ばあちゃんも二年前にのうなったけどな」
「そうですか……。せめて会って謝りたかったけど……」
永が意気消沈したまま呟くので、梢賢は少し口調を明るくしたがその内容は辛辣だった。
「ああん、そんなんええって。てか、ばあちゃんが生きとっても君らには会わんよ」
「……」
「お怒りは深いんですね……」
完全に落ち込んでしまった永と鈴心を見ると良心が痛むけれど、気休めの嘘を言っても仕方がない。
それでも少しでも話題を明るくしようと梢賢は自虐気味に続ける。
「まあなあ。情けない話やけど、ばあちゃんが死んだからオレも君らに会いに来れたんや」
「僕は、もしかしたら楓さんが生きた証が聞けるかもしれないって思ってた。淡い期待だったけど──」
「そりゃあ、期待に応えられずすまんな」
「いえ、どこかでそんなことあり得ないってわかってました。鵺の呪いを身に受けて無事でいられるはずがないから……」
言えば言うほど落ち込んでいく永の様子に、どうしたもんかと梢賢が考えあぐねていると、蕾生がこちらを睨んで凄む。
「あんたが陽気な登場の仕方だったから、永が期待しちまったんだ」
「ええ!?オレのせいなん!?」
「ライ、やめなさい。筋違いです」
おどけるチャンスを鈴心に潰されて、梢賢はますます八方塞がりだった。彼らに恨み言を言いたくて呼んだ訳ではない。本題はこれからなのだ。
「まあ、ちょっと湿っぽくなったから話題変えよか」
「はあ」
テンションの戻らない永の肩を叩きつつ、梢賢はまた少し声音を明るくした。