皓矢(こうや)との電話を切って数分も経たずに梢賢(しょうけん)が戻ってきた。
 のんびりした口調で手を上げて近寄ってくる様に三人は(すみれ)とはさほど揉めずに収めたようだと思った。
 
「おおーい、戻ったでえ」
 
「あ、梢賢くん。お疲れ」
 
「なんかわかったか?」
 
「うん。すんごいことが」
 
「そうか。そらあ、良かったなあ」
 
 永が力強く頷いて答えても、梢賢は興味なさそうにのらりくらりとしている。
 わざとらしくて白々しいと蕾生(らいお)は思ったが、それが梢賢の立場でとれる態度なのだろうと理解してやることにした。
 
(あい)ちゃんは大丈夫そうですか?」
 
「まあな、現状維持や。しばらくはしゃあないやろ」
 
「可哀想に。あんな親で……」
 
 藍を心配する鈴心(すずね)を見ても梢賢はそれ以上のフォローなどはしなかった。
 ドライに立ち回ることが梢賢のやり方なのかもしれない。そうやって俯瞰を貫いて最終的に何を終着点とするつもりなのか、(はるか)にはまだそれが見えなかった。
 
「ほな、ルミへの土産が腐る前に、里に戻ろか」
 
「そうだね。炎天下で動いたら疲れたよ」
 
「帰ればちょうどおやつの時間やな!」
 
 梢賢が下げているケーキ箱が入った紙袋を鈴心はじっと見つめていた。それはもう熱心に。
 
「おい、もの欲しそうに見んなよ」
 
「しっ、失礼な!私は街で一番高価なタルトのクオリティに興味があるだけです!」
 
 蕾生が嗜めると鈴心は真っ赤になって反論する。梢賢は肩をがっくり落としていた。
 
「あー、もう、ほんと散財やわ。財布すっからかんよ」
 
「じゃ、最後に村まで頑張りますか!」
 
 そうして四人は自転車を停めてある駅前へ向かう。その後は来た時と同様以上の地獄が永を待っていた。

 
 麓紫村(ろくしむら)に着いたのは午後の四時を過ぎていた。村は小高い山の上にあるので、街から向かう方こそが本当の地獄だった。ママチャリで山道を一時間以上かけて登ってきた永は既に虫の息だ。
 
「ぜー、へええぇ……」
 
「ハ、ハル様大丈夫ですか?」
 
「な、なにがぁ!?全然余裕だけどぉ!?」
 
 あろうことか鈴心にすらキレ散らかす始末で、おろおろする鈴心に蕾生は溜息が出た。
 
「ほい、ごくろーさん。じゃ、まずはルミんとこやな」
 
 涼しい顔で言う梢賢に文句を言う気力も永にはない。ママチャリは鈴心が押して、蕾生は永を支えながら眞瀬木(ませき)の家の前までやってきた。
 
 するとその家の前で恐ろしい顔で仁王立ちしている者がいる。瑠深(るみ)だった。
 
「ええ、何々、怖いんやけど!」
 
「しょーおーけーえーん」
 
「ひいぃ!」
 
「あんた達こんな時間まで何やってたの!」
 
 ビビる梢賢を他所に蕾生も鈴心も首を傾げる。
 
「そんなに遅くねえだろ」
 
「夕方までには帰ってこれましたよ」
 
「都会の不良どもは黙ってな!里の門限は三時!そんなの赤ん坊だって知ってるよ!」
 
 瑠深の言い分は蕾生達にとってみれば理不尽だった。そんなことは知らなかったのだから。梢賢はそれを悪びれもせずケーキ箱をちらつかせながら瑠深の機嫌をとった。
 
「まま、ま、ルミちゃあん、ほれ」
 
「うっ!」
 
 燦然と輝くパティスリーの店名ロゴ入りの紙袋を見て瑠深は瞬時に黙った。
 
「お代官様、ここはひとつこれで」
 
「ま、まあ仕方ないね。お客人は慣れない道だったでしょうから!」
 
「ルミ様、感謝やでえ」
 
 機嫌が治った頃合いを見計らって、蕾生は借りた自転車を返した。
 
「あ、自転車、ありがとな」
 
 すると瑠深は少し頬を赤らめてツンをかます。
 
「べ、別にいいけど!?キズつけたりしてないでしょうね!?」
 
「それは大丈夫だ。大事に乗った」
 
「そ、それならいいけど!」
 
 そんな瑠深の様子を永が息を整えながら細目で見ていた。
 そして瑠深の持つ紙袋に再び熱い視線が送られている。鈴心だ。
 
「何、あんた、食べたいの?」
 
「えっ!まさか、そんな、一切れだけでもとか、そんなつもりはありませんけど!?」
 
 ギクリと肩を震わせて素直に欲求をどもりながら言う鈴心に、瑠深は初めて優しい笑顔を見せた。
 
「フフッ!おかしな子。いいよ、あたしも一人で食べたら太っちゃう。おいで」
 
「よろしいので!?」
 
 鈴心は目を輝かせて前のめりだ。
 
「ついでに野郎どもも食べてきな。あ、でもお前らは一人一センチな」
 
「そんな殺生なー、ルミはーん!」
 
 言いながら梢賢は先だって眞瀬木家の玄関に入っていく。
 
「お、お邪魔します……」
 
 それに続いて鈴心も浮き足立つ心を抑えつつ入って行った。
 
「永、大丈夫か?」
 
「うん。糖分とれるなら。お邪魔しようよ」
 
 最後に蕾生と永も玄関へ入った。

 
 眞瀬木の家屋は雨都(うと)のものと同じくらいに見えたが、雨都は寺部分があるので生活区域だけで比べたら眞瀬木の方が何倍も広そうだった。
 しかしどこか殺風景だった。藤生(ふじき)家のような華美なものもないし、雨都家のような生活感溢れるもの──例えば洗濯物が出しっぱなしとかいうようなものは感じられなかった。
 
 最小限の家具が置いてあるだけの広々とした居間に四人は通されていた。少しして、瑠深がケーキと冷たいお茶を持ってきた。
 
「はい、どうぞ」
 
「はー!」
 
 瑠深はまず鈴心の前にタルトを置いてやる。タルトはキラキラと輝いており、鈴心の顔も輝いていた。
 続けて男子達の前にもタルトを置いていくが、鈴心のものの半分以下で自立できないほどだった。
 
「おおお、オレの分け前はこんなもんか……金出したのはオレやのに……」
 
「うるさいね。半分は康乃(やすの)様とゴーちゃんに持ってくんだよ!」
 
「はい……」
 
 しゅんとする梢賢の横で、瑠深の発言から揺るぎない藤生への忠誠心を永は感じ取っていた。
 
「──!」
 
 タルトを一口食べた鈴心は言葉を失っていた。それを見て満足そうに瑠深は笑う。
 
「いい顔だ。梢賢が大枚はたいた甲斐があったね」
 
「恐縮ですぅ」
 
 梢賢は一口でタルトを平らげてしまって、お茶をしかめっ面で飲んでいた。