四人がゆっくり走って十分もすると小さな公園についた。象を形どった遊具の中に藍と葵は身を寄せ合って座り込んでいた。
「……」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
涙目でうずくまる藍に、葵はその頭を撫でて気遣った。藍は目元を手で拭きながら強がっている。
「うん。ごめんね、あたしがしっかりしないといけないのに」
ふるふると頭を振っている葵に、藍は精一杯の笑顔で答える。
「葵、あたしが絶対守ってあげるからね」
「うん、お姉ちゃん」
そんな二人の会話に割り込んだのは梢賢の首だった。
「おお、おったおった。良かったわあ」
「!」
遊具を無遠慮に覗き込んだ梢賢はその顔にグーパンチをくらう。
「イテ!うーん、藍ちゃん、ナイスパンチやで」
「そんなこと一ミリも思ってないくせに!キモいんだよ!!」
「ガーン!」
少し遅れた永達がそこに近づくと、梢賢がよろめいていた。
「どしたの、梢賢くん?」
「うう……心が、心に穴があいてん……」
わざとらしい演技の真似を放っておいて、鈴心がしゃがんで藍と葵に声をかけた。
「あんな親で災難ですね。少しお話ししません?」
「あんた達、お母さんの手下じゃないの?」
藍が葵を守りながら言うと、鈴心はにっこり笑って答える。
「まさか。油断させて情報を聞こうとしていただけです。こちらの周防永様はきっと貴女の力になってくれますよ」
突然紹介されたので咄嗟にうまい言葉が出ず、永は少し屈んで挨拶した。
「はは、どうもー」
「……笑顔が胡散臭い」
「ガーン!」
今度は永がオーバーリアクションをする番になり、蕾生がつっこんだ。
「どうした永?」
「うう……純真な子どもに言われると堪える……」
「うふふ、お兄ちゃん達面白い」
梢賢と永のコミカルな動きが功を奏して、葵はクスクス笑っていた。その反応に藍が態度を軟化させて答えた。
「まあ、少しなら話してもいいけど」
「良かった。じゃあ、ベンチに移動しましょう。木陰があります。ライ、何かジュース買ってきてください」
「おう」
言われた蕾生はすぐ近くの自動販売機に駆けていった。その間に鈴心は二人をベンチに誘導する。一緒に腰掛け、梢賢と永はその脇で立つことにした。
間もなく蕾生が両手にジュースを持って帰ってきた。
「コーラとオレンジジュース、どっちがいい」
「葵は炭酸飲めないから、あたしがコーラ飲む」
「ん」
二人にジュースを渡すとすぐに蓋を開けてゴクゴクと飲み始める。真夏の炎天下を走ってきたのだから当然のことだが、葵は殊更感動するように飲んでいた。
「お、おいひい……」
「なんだよ、大袈裟だな」
「大袈裟じゃない。うちにこんな甘い飲み物ない。こんなに冷たいのも」
藍の言葉に改めて永は菫の異常性を感じている。二人が落ち着くのを待って、鈴心が話しかけた。
「藍ちゃん、お母さんがああなってしまったのはいつからですか?」
「そんなのわかんない。お母さんはずっとああだから」
「相当だな」
蕾生の吐き捨てた感想を鈴心はひと睨みで制して、また藍に向き直る。
「それでは、今日みたいにうっとりするような感じになるのは?」
「時々。伊藤のおじさんが来た時とか」
「この梢賢が来た時は、お母さんはどんな感じですか?」
「えっ」
梢賢は肩を震わせて何かを期待している。そんな姿に冷ややかな視線を送った後、藍は淡々と言った。
「別に。今日こそしょうけんをかんらくするわって意気込んでる」
「──」
放心してしまった梢賢の肩を永が叩いて慰めた。
「オツカレ」
だが、心の中は爆笑している。
「葵くんはいつからお札を飲んでるんですか?」
「え、えっと……」
鈴心が今度は葵に尋ねると、葵はうまく言葉が出ず、代わりに藍がスラスラと説明する。
「二年前。そいつがうちに来るようになって、そしたら伊藤のおじさんが新しい修行だよって持ってきた」
「二年間、毎日?」
「うん」
「藍ちゃん、君は飲んでるの?」
永が聞くと、藍は少し俯いて首を振った。
「あたしは──飲んでない。お母さんには無視されてるから」
その反応を見て、鈴心は少し躊躇いながら言葉を選びながら尋ねてみた。
「あの、違ってたらすみません。今日着ている服、一昨日も着てましたよね?一日あれば洗濯して乾くとは思うんですが……」
「お洋服はこれしか持ってない」
「──」
藍の回答に、さすがの鈴心も言葉を失っていた。
「おい、永……」
「うん。これはかなり深刻だ」
重度の育児放棄を連想した蕾生と永を他所に、梢賢が会話に割って入る。
「藍ちゃんよ。君の状況はわかった。けんど、今の所君らは菫さんと暮らすしかない。わかるな?」
「ちょ、梢賢!」
戸惑う鈴心を制して梢賢は藍に顔を近づけ瞳を見据えて言う。
「もうちょっとだけ我慢してくれるか?菫さんはオレ達が必ずなんとかする」
「そんなの信じない」
「できるだけ早く菫さんが正気に戻るように、オレ達が頑張るから」
「……」
疑惑の眼差しを続ける藍に、梢賢も少し力を抜いて本音で接した。
「まあ、そら何ともならんかもしれん。そん時は、君らはオレの家に来たらええ」
「お母さんは、どうなるの?」
葵が純真な顔で聞くのに梢賢は少し心を痛めた。本当に最悪の場合は言える訳がない。優しい嘘が正しいかなんてわからない。けれど梢賢は今はそうするしかなかった。
「そうやな、菫さんも一緒に来たらええよ。優しい普通のお母さんになってな」
「お前を父親とは認めないぞ」
「ええっ!?やだ!そういう意味じゃないのにっ」
藍に言われた言葉に梢賢は努めてコミカルに照れた。その気持ちが伝わったのか、藍も渋々と頷いた。
「まあ、考えてやってもいい」
「そうか、あんがと。絶対に助けるからな」
藍と葵の頭に手をおいて笑ってみせる梢賢の姿は健気だった。永達は改めて梢賢の胸の内を思いやる。
「よし、じゃあ送ったるから帰ろ。一緒に謝ったる」
「あたしは悪いことなんかしてない」
「わかったわかった。オレが謝ったるから」
藍と梢賢のやり取りの中、永の携帯電話が軽快な呼び音を立てた。
「うん?」
「どうした永?」
「皓矢からメッセージだ。調べがついたから電話して欲しいって」
「おう、ちょうどええわ。オレは二人を送って、ルミ御所望のタルト買ってくるわ。その間に電話したらええ」
梢賢は既に藍と葵と手を繋いでいた。
「いいの?」
「里では出来んやろ。オレもいない方がよさそうやしな」
「わかった。じゃあ、後で」
「おう、後でな」
そうして梢賢は二人の手を引いて公園から出て行った。
「……」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
涙目でうずくまる藍に、葵はその頭を撫でて気遣った。藍は目元を手で拭きながら強がっている。
「うん。ごめんね、あたしがしっかりしないといけないのに」
ふるふると頭を振っている葵に、藍は精一杯の笑顔で答える。
「葵、あたしが絶対守ってあげるからね」
「うん、お姉ちゃん」
そんな二人の会話に割り込んだのは梢賢の首だった。
「おお、おったおった。良かったわあ」
「!」
遊具を無遠慮に覗き込んだ梢賢はその顔にグーパンチをくらう。
「イテ!うーん、藍ちゃん、ナイスパンチやで」
「そんなこと一ミリも思ってないくせに!キモいんだよ!!」
「ガーン!」
少し遅れた永達がそこに近づくと、梢賢がよろめいていた。
「どしたの、梢賢くん?」
「うう……心が、心に穴があいてん……」
わざとらしい演技の真似を放っておいて、鈴心がしゃがんで藍と葵に声をかけた。
「あんな親で災難ですね。少しお話ししません?」
「あんた達、お母さんの手下じゃないの?」
藍が葵を守りながら言うと、鈴心はにっこり笑って答える。
「まさか。油断させて情報を聞こうとしていただけです。こちらの周防永様はきっと貴女の力になってくれますよ」
突然紹介されたので咄嗟にうまい言葉が出ず、永は少し屈んで挨拶した。
「はは、どうもー」
「……笑顔が胡散臭い」
「ガーン!」
今度は永がオーバーリアクションをする番になり、蕾生がつっこんだ。
「どうした永?」
「うう……純真な子どもに言われると堪える……」
「うふふ、お兄ちゃん達面白い」
梢賢と永のコミカルな動きが功を奏して、葵はクスクス笑っていた。その反応に藍が態度を軟化させて答えた。
「まあ、少しなら話してもいいけど」
「良かった。じゃあ、ベンチに移動しましょう。木陰があります。ライ、何かジュース買ってきてください」
「おう」
言われた蕾生はすぐ近くの自動販売機に駆けていった。その間に鈴心は二人をベンチに誘導する。一緒に腰掛け、梢賢と永はその脇で立つことにした。
間もなく蕾生が両手にジュースを持って帰ってきた。
「コーラとオレンジジュース、どっちがいい」
「葵は炭酸飲めないから、あたしがコーラ飲む」
「ん」
二人にジュースを渡すとすぐに蓋を開けてゴクゴクと飲み始める。真夏の炎天下を走ってきたのだから当然のことだが、葵は殊更感動するように飲んでいた。
「お、おいひい……」
「なんだよ、大袈裟だな」
「大袈裟じゃない。うちにこんな甘い飲み物ない。こんなに冷たいのも」
藍の言葉に改めて永は菫の異常性を感じている。二人が落ち着くのを待って、鈴心が話しかけた。
「藍ちゃん、お母さんがああなってしまったのはいつからですか?」
「そんなのわかんない。お母さんはずっとああだから」
「相当だな」
蕾生の吐き捨てた感想を鈴心はひと睨みで制して、また藍に向き直る。
「それでは、今日みたいにうっとりするような感じになるのは?」
「時々。伊藤のおじさんが来た時とか」
「この梢賢が来た時は、お母さんはどんな感じですか?」
「えっ」
梢賢は肩を震わせて何かを期待している。そんな姿に冷ややかな視線を送った後、藍は淡々と言った。
「別に。今日こそしょうけんをかんらくするわって意気込んでる」
「──」
放心してしまった梢賢の肩を永が叩いて慰めた。
「オツカレ」
だが、心の中は爆笑している。
「葵くんはいつからお札を飲んでるんですか?」
「え、えっと……」
鈴心が今度は葵に尋ねると、葵はうまく言葉が出ず、代わりに藍がスラスラと説明する。
「二年前。そいつがうちに来るようになって、そしたら伊藤のおじさんが新しい修行だよって持ってきた」
「二年間、毎日?」
「うん」
「藍ちゃん、君は飲んでるの?」
永が聞くと、藍は少し俯いて首を振った。
「あたしは──飲んでない。お母さんには無視されてるから」
その反応を見て、鈴心は少し躊躇いながら言葉を選びながら尋ねてみた。
「あの、違ってたらすみません。今日着ている服、一昨日も着てましたよね?一日あれば洗濯して乾くとは思うんですが……」
「お洋服はこれしか持ってない」
「──」
藍の回答に、さすがの鈴心も言葉を失っていた。
「おい、永……」
「うん。これはかなり深刻だ」
重度の育児放棄を連想した蕾生と永を他所に、梢賢が会話に割って入る。
「藍ちゃんよ。君の状況はわかった。けんど、今の所君らは菫さんと暮らすしかない。わかるな?」
「ちょ、梢賢!」
戸惑う鈴心を制して梢賢は藍に顔を近づけ瞳を見据えて言う。
「もうちょっとだけ我慢してくれるか?菫さんはオレ達が必ずなんとかする」
「そんなの信じない」
「できるだけ早く菫さんが正気に戻るように、オレ達が頑張るから」
「……」
疑惑の眼差しを続ける藍に、梢賢も少し力を抜いて本音で接した。
「まあ、そら何ともならんかもしれん。そん時は、君らはオレの家に来たらええ」
「お母さんは、どうなるの?」
葵が純真な顔で聞くのに梢賢は少し心を痛めた。本当に最悪の場合は言える訳がない。優しい嘘が正しいかなんてわからない。けれど梢賢は今はそうするしかなかった。
「そうやな、菫さんも一緒に来たらええよ。優しい普通のお母さんになってな」
「お前を父親とは認めないぞ」
「ええっ!?やだ!そういう意味じゃないのにっ」
藍に言われた言葉に梢賢は努めてコミカルに照れた。その気持ちが伝わったのか、藍も渋々と頷いた。
「まあ、考えてやってもいい」
「そうか、あんがと。絶対に助けるからな」
藍と葵の頭に手をおいて笑ってみせる梢賢の姿は健気だった。永達は改めて梢賢の胸の内を思いやる。
「よし、じゃあ送ったるから帰ろ。一緒に謝ったる」
「あたしは悪いことなんかしてない」
「わかったわかった。オレが謝ったるから」
藍と梢賢のやり取りの中、永の携帯電話が軽快な呼び音を立てた。
「うん?」
「どうした永?」
「皓矢からメッセージだ。調べがついたから電話して欲しいって」
「おう、ちょうどええわ。オレは二人を送って、ルミ御所望のタルト買ってくるわ。その間に電話したらええ」
梢賢は既に藍と葵と手を繋いでいた。
「いいの?」
「里では出来んやろ。オレもいない方がよさそうやしな」
「わかった。じゃあ、後で」
「おう、後でな」
そうして梢賢は二人の手を引いて公園から出て行った。