梢賢(しょうけん)(はるか)蕾生(らいお)を連れて再度藤生(ふじき)家に行くと、家の玄関先で高校生くらいの少女と小学校高学年ほどに見える少年がビー玉で遊んでいた。
 それを見て、梢賢は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 
「あれ、梢賢」
 
「げ。ルミ」
 
 少女は梢賢に気づくと、こちらも負けずに顔をしかめて嫌悪を表す。
 
「なあに、その格好。大学デビュー失敗したの?」
 
「何言うてんねん!大成功やがな!女子大生にモッテモテやで!」
 
「……え、何、その関西弁。イタ……」
 
 ドン引きする少女の態度に、永も蕾生も笑いをこらえるのが大変だった。
 
「う、うっさいな!オレらは康乃(やすの)様に呼ばれたんや、行くで!」
 
 憤然となった梢賢はそう言い捨てて、先に玄関へ入っていく。永と蕾生はそこで自己紹介をする時間はなかったので会釈だけして梢賢について行った。
 
 その姿を見送る少女の冷ややかな目と、少年のキョトンとした顔には気づかなかった。

 
「今の、誰?」
 
 永が聞くと、梢賢はすっかり機嫌を悪くしており面倒くさそうに言う。
 
「ああ?あいつは眞瀬木(ませき)瑠深(るみ)(けい)兄やんの妹で高三」
 
「じゃあ男の子は弟か?」
 
 続けて蕾生が聞くと、梢賢はまだ怠そうにして答えた。
 
「違う。あの子は康乃様の孫の剛太(ごうた)くんや。だいぶ繊細な子でな、大人がぞろぞろここに集まる時は不安定になるから瑠深がお守りしてんねん」
 
「ふうん……」
 
 この村に入って初めて見た子どもだった。よく見なかったが、あの少年から永は言い知れない違和感を感じていた。だが、今はそれを考える時ではない。
 大広間に通されると、康乃をはじめ、眞瀬木(ませき)墨砥(ぼくと)(けい)雨都(うと)柊達(しゅうたつ)橙子(とうこ)、それから楠俊(なんしゅん)が勢揃いしていたからだ。
 
雨都(うと)梢賢(しょうけん)、入ります!」
 
 梢賢は半ばヤケクソで一礼する。大人達の視線が痛かった。
 
 続けて入った永も、村の重要人物が雁首揃えて一列に座っている様を見て少し怯んだ。
 大人の高圧的な雰囲気に蕾生は不機嫌になっている。
 
 すでに一段上の畳で座っている康乃が柔らかな声で話しかけた。
 
「こんにちは。ごめんなさいね、わざわざ来てもらっちゃって」
 
「いえ、僕らは大丈夫です」
 
 永は愛想笑いを浮かべたものの、蕾生にはそんな芸当はできず、軽く睨みながら辛うじて頭を下げた。
 
「どうぞ、お座りになって」
 
「はあ……」
 
 康乃が促した席は、一段下のど真ん中。康乃の対面だった。
 
「梢賢くんはこっち!」
 
 部屋の端で横並びに座る楠俊が梢賢を小声で呼ぶ。それで梢賢は楠俊の隣に正座した。
 
「本当にごめんなさいね。そんな場所じゃまるで被告人よね」
 
「まあ、いいですけど」
 
 その言葉から永はすでに疑われていることを悟った。それでも言われた通りに中央に正座する。
 蕾生も渋々隣に座ったが、胡座をかいてやった。
 
「もう一人の女の子はどうなさったの?」
 
「あ──御堂(みどう)鈴心(すずね)は体調を崩してしまって、雨都の家で休ませてます。優杞(ゆうこ)さんがついていてくれると……」
 
「まあ、そうなの。可哀想に。ここは山の中だけど盆地ですからね、暑さが厳しいのよ」
 
 労りの言葉をかける康乃に、墨砥が咳払いをして訴えた。
 
「御前、そろそろ……」
 
「わかってますよ。ええと、雨都の蔵に盗人が入って文献が持ち出されたことは聞きました。あえて確認するけれど、貴方がたではないわよね?」
 
「違います」
 
 永はあえて無表情で短く答えた。蕾生はぶすったれて明後日の方向を向いている。
 
「わかりました。それで梢賢ちゃん、文献は全部盗まれていたの?」
 
「いえ、少し残ってました」
 
「何が盗られたのか聞いても?」
 
「それは──」
 
 梢賢は躊躇いながら母の顔色を伺う。橙子は澄ました顔のままで言った。
 
「康乃様にご報告なさい」
 
「わ、わかりました。ええと、まず我が一族が(ぬえ)と関わってきたことを時系列にまとめた秘伝書が二冊。
 初代雲水(うんすい)から八代雲謙(うんけん)までのものと、九代雲覚(うんかく)から十四代雲善(うんぜん)までのものです。
 それから六代雲徹(うんてつ)、八代雲謙、十四代雲善、十五代雲信(うんしん)の日記。
 後は(かえで)婆の日記です」
 
 蕾生が驚いて感心するほど、梢賢は蔵書についてスラスラと淀みなく言ってのけた。永も梢賢が蔵書についてかなり読み込んでいる証拠だと感じていた。
 
「なるほど。では残ったものはあるの?」
 
「はい。初代雲水の記録を二代雲寛(うんかん)が書物にしたものは残ってました。それとウチが雨都になってからの記録は概ね残ってます」
 
「そう……。では犯人はやはり鵺に関心がある誰か、ということかしら」
 
「ですかねえ……」
 
 康乃が首を捻って疑問を述べるのと同じ調子で梢賢も返していた。