永と蕾生の会話が終わった頃を見計らって、梢賢は書物を指差しながら聞いた。
「で、その本によれば、初代が君らを探し当てた時、君らは随分と憔悴してたみたいなことが書いてあるんやけど、本当なん?」
「うん。その通りだ。正確には僕が。自分の運命に絶望して自暴自棄になってた。そんな時に雲水氏──お坊様が現れたんだ」
永は大きく頷いた後更に続けた。
「お坊様は自分が出会った鵺の亡霊の話をしてくれたよ。そしてやっと僕らは生と死を繰り返しているという確証を得たんだ。
お坊様が僕らの話を聞いてくれて、自分が会った亡霊の証言と照らし合わせてそう結論付けてくれた時は、心が晴れたみたいだった」
「呪われてるって言われたのに?」
梢賢が怪訝な顔で聞き返したが、永は何ら恥じることのない顔をして頷いた。
「うん。それまではこの境遇を自分達でさえ疑っていたからね。僕らは頭がおかしいだけじゃないのかっていうことも考えてた。
けど、お坊様によって客観視を得られた。呪われていること自体がわかっただけでもその時はありがたかった。自分の立ち位置がはっきりしたからね」
「へえ、やっぱハル坊はすごいなあ」
梢賢は思わずのけぞって感嘆の声を上げる。
永は恥ずかしそうに頭をかいた。
「そうでもないよ。そこで腹を括っただけさ」
「いや、永はすごい」
蕾生の真面目な援護射撃で、ますます永は恥ずかしそうにしていた。
「ははは……うん、とにかくそこで自分の状況がわかった。次は何でもいいから情報が欲しかった。
お坊様にしつこく聞いたよ、その亡霊のことを。その姿はとても美しい男性だったって。
ただ、見たことがないほど奇妙な髪型と格好をしていたから異国の人間じゃないかって言ってた」
永の言葉を受けて、梢賢が書物を開く。
「ちょうど、この辺やな。ええと、狩衣みたいなのに袖が短かった。括り袴みたいなのに裾が長かった。って言うのはハル坊はどう理解しててん?」
「狩衣とか、括り袴ってどんなのだ?」
蕾生の質問に答えながら永は言った。
「ええっとね、狩衣って昔の貴族の衣装なんだけど、単っていう着物の上に着るやつで合わせがないんだ。お坊様が言うにはそれを直に着ていたらしいんだけど……」
その続きは梢賢が引き継いだ。
「初代が異国の人だって言うのを信じるなら、実際に来てたのは狩衣やないんやろな。当時の人からしたらそう見えたってことかもしれんよ」
「僕もそう思う。着物の様な合わせがない、ということは洋服を着ていたんじゃないかって、今なら思うよ」
「洋服か」
昔の着物にも色々あるし、それが洋服だろうと言われても、蕾生にはいまいちピンと来なかった。
「残念ながら時代はわからないけどね。お坊様が会ったのは亡霊だったんだから、確実にそれより過去の人物だろうけど」
「そうなると括り袴──ってのは字の通り裾を括って歩きやすくした袴やねんけど、洋服だとするとズボンかね?」
梢賢の考えに、永は軽く頷いた。
「断定はできないけど、可能性はあると思うね。その亡霊がどこの国のどの時代の人かがわからないから、服装の話は頭の片隅に置くくらいでいいと思う」
「ふむ。重要なのは、初代が会った鵺の亡霊は人間だった──ちゅうことやな?」
「あ!」
梢賢の示したものの重要さに蕾生も気づいた。それは今までの認識を変えそうなくらいのものだった。
「そう。僕が英治親だった時に会った鵺は最初から獣だった。けど、ここの部分を読んで欲しいんだけど──」
今度は永が書物の頁を捲って指差した。それを覗き込んだ梢賢が読み上げる。
「あー、「私は呪いの成れの果て。私は黒い獣」ってその亡霊が言ったってとこやな?」
「うん。つまり、鵺は元々人間だった──のかもしれない」
「それって、俺と同じってことか?」
蕾生が聞けば、永は少し歯切れ悪く答える。
「うん……お坊様が会った亡霊もかつて鵺に呪われた人なのかも」
「ちゅーことは、ライオン君がそいつから鵺の呪いを擦りつけられたってことやんな?」
「まあ、今の所はそう考えるのが良さそうだね」
断定はしないものの、永がそう結ぶと梢賢は肩で息を吐いた。
「なるほどなあ。呪いの発生源みたいなもんは見えてきたけど、呪いを解くってなると何もわからんな」
「そうなんだよ。結局お坊様が会った亡霊は繰り返し転生させていることを伝えただけだった。
だから当時の僕は一生懸命お坊様に説明したんだ。英治親がどうやって鵺を倒したのか。雷郷がどんな風に鵺化したのかをね」
梢賢は永に説明を聞きながら書物を捲る。
「うん、それは本にも書いてあるよ。それを聞いた初代が萱獅子刀と慧心弓を使えば鵺を倒せるかもしれんっちゅーアドバイスをしたんやな?」
「そう。僕らは未だにその教えに従って、萱獅子刀と慧心弓を探している」
「で、その本によれば、初代が君らを探し当てた時、君らは随分と憔悴してたみたいなことが書いてあるんやけど、本当なん?」
「うん。その通りだ。正確には僕が。自分の運命に絶望して自暴自棄になってた。そんな時に雲水氏──お坊様が現れたんだ」
永は大きく頷いた後更に続けた。
「お坊様は自分が出会った鵺の亡霊の話をしてくれたよ。そしてやっと僕らは生と死を繰り返しているという確証を得たんだ。
お坊様が僕らの話を聞いてくれて、自分が会った亡霊の証言と照らし合わせてそう結論付けてくれた時は、心が晴れたみたいだった」
「呪われてるって言われたのに?」
梢賢が怪訝な顔で聞き返したが、永は何ら恥じることのない顔をして頷いた。
「うん。それまではこの境遇を自分達でさえ疑っていたからね。僕らは頭がおかしいだけじゃないのかっていうことも考えてた。
けど、お坊様によって客観視を得られた。呪われていること自体がわかっただけでもその時はありがたかった。自分の立ち位置がはっきりしたからね」
「へえ、やっぱハル坊はすごいなあ」
梢賢は思わずのけぞって感嘆の声を上げる。
永は恥ずかしそうに頭をかいた。
「そうでもないよ。そこで腹を括っただけさ」
「いや、永はすごい」
蕾生の真面目な援護射撃で、ますます永は恥ずかしそうにしていた。
「ははは……うん、とにかくそこで自分の状況がわかった。次は何でもいいから情報が欲しかった。
お坊様にしつこく聞いたよ、その亡霊のことを。その姿はとても美しい男性だったって。
ただ、見たことがないほど奇妙な髪型と格好をしていたから異国の人間じゃないかって言ってた」
永の言葉を受けて、梢賢が書物を開く。
「ちょうど、この辺やな。ええと、狩衣みたいなのに袖が短かった。括り袴みたいなのに裾が長かった。って言うのはハル坊はどう理解しててん?」
「狩衣とか、括り袴ってどんなのだ?」
蕾生の質問に答えながら永は言った。
「ええっとね、狩衣って昔の貴族の衣装なんだけど、単っていう着物の上に着るやつで合わせがないんだ。お坊様が言うにはそれを直に着ていたらしいんだけど……」
その続きは梢賢が引き継いだ。
「初代が異国の人だって言うのを信じるなら、実際に来てたのは狩衣やないんやろな。当時の人からしたらそう見えたってことかもしれんよ」
「僕もそう思う。着物の様な合わせがない、ということは洋服を着ていたんじゃないかって、今なら思うよ」
「洋服か」
昔の着物にも色々あるし、それが洋服だろうと言われても、蕾生にはいまいちピンと来なかった。
「残念ながら時代はわからないけどね。お坊様が会ったのは亡霊だったんだから、確実にそれより過去の人物だろうけど」
「そうなると括り袴──ってのは字の通り裾を括って歩きやすくした袴やねんけど、洋服だとするとズボンかね?」
梢賢の考えに、永は軽く頷いた。
「断定はできないけど、可能性はあると思うね。その亡霊がどこの国のどの時代の人かがわからないから、服装の話は頭の片隅に置くくらいでいいと思う」
「ふむ。重要なのは、初代が会った鵺の亡霊は人間だった──ちゅうことやな?」
「あ!」
梢賢の示したものの重要さに蕾生も気づいた。それは今までの認識を変えそうなくらいのものだった。
「そう。僕が英治親だった時に会った鵺は最初から獣だった。けど、ここの部分を読んで欲しいんだけど──」
今度は永が書物の頁を捲って指差した。それを覗き込んだ梢賢が読み上げる。
「あー、「私は呪いの成れの果て。私は黒い獣」ってその亡霊が言ったってとこやな?」
「うん。つまり、鵺は元々人間だった──のかもしれない」
「それって、俺と同じってことか?」
蕾生が聞けば、永は少し歯切れ悪く答える。
「うん……お坊様が会った亡霊もかつて鵺に呪われた人なのかも」
「ちゅーことは、ライオン君がそいつから鵺の呪いを擦りつけられたってことやんな?」
「まあ、今の所はそう考えるのが良さそうだね」
断定はしないものの、永がそう結ぶと梢賢は肩で息を吐いた。
「なるほどなあ。呪いの発生源みたいなもんは見えてきたけど、呪いを解くってなると何もわからんな」
「そうなんだよ。結局お坊様が会った亡霊は繰り返し転生させていることを伝えただけだった。
だから当時の僕は一生懸命お坊様に説明したんだ。英治親がどうやって鵺を倒したのか。雷郷がどんな風に鵺化したのかをね」
梢賢は永に説明を聞きながら書物を捲る。
「うん、それは本にも書いてあるよ。それを聞いた初代が萱獅子刀と慧心弓を使えば鵺を倒せるかもしれんっちゅーアドバイスをしたんやな?」
「そう。僕らは未だにその教えに従って、萱獅子刀と慧心弓を探している」