翌朝、鈴心は軽く身なりを整えた後、永と蕾生の泊まっている部屋をノックした。するともの凄く眠そうな蕾生がドアを開ける。
「──おう」
「おはようございます。ライ、よく眠れました?」
「ん、まあな」
言葉と裏腹に、蕾生の目は半分閉じている。髪の毛もボサボサだった。
「あなた、寝起きが壊滅的に悪かったんでしたっけ?」
「あー、そうだったんだけど、最近はちゃんと起きれる様になった」
これで?と鈴心は小言を言いたくなったが、そんなことよりも大事な確認がある。
「ハル様、おはようございます」
「うん、おはよう」
「梢賢から何か連絡はありました?」
当たり前だが完全に起きている永に挨拶をすると、それでも軽く欠伸をしながら答えた。
「あったあった、夜明けとともに。おかげで少し眠い……」
「なんと?」
「迎えに来るって。ホテルの前で待っとけって」
それを聞いて鈴心は意外そうにしていた。
「え、じゃあ、麓紫村に行けるんですね?」
「みたいね」
「ったく、昨日の騒ぎはなんだったんだよ」
蕾生もおそらく夜明け頃に電話で叩き起こされたのだろう。ぶちぶち文句を言っている。
それに苦笑しながら永は肩を竦めて言った。
「まあ、何かあったことはあったんだろうけど、教えてくれるかは別かもね。ムラ社会ってやつ?部外者にはわからない事情があるんじゃない」
「永は物分かりが良過ぎだろ」
まだ蕾生の機嫌が直らないので、永も困りながら宥めた。
「そりゃあ、僕も根掘り葉掘り聞きたい気持ちはあるよ。でもそれで目的が達成されなかったら本末転倒だからね」
「多少は目をつぶらないといけないってことか?」
渋々納得した蕾生に満足した永は、にこやかに鈴心に言った。
「そゆこと。だからリン、外出の支度をしておいで」
「わかりました。ではロビーで」
ビジネスホテルの一階には小さなカフェが併設されていた。梢賢との待ち合わせ時間まで少し猶予があったので、三人はそこで朝食をとった。
蕾生は物足りなさそうにしていたが、予算オーバーを懸念した鈴心におかわりを止められた。
そうこうしていると永の携帯電話が鳴った。梢賢からだ。
三人はフロントで外出すると託けてホテルを出た。もしもに備えてホテルの宿泊予約はそのままにしておいたが、荷物は全部持って出た。
ホテルを出たすぐ前の道路で梢賢がヘラヘラ笑って出迎える。その後ろには黒のバンが止まっていた。
「おいーす!皆さんおはようさん」
「!!」
梢賢の姿と後ろの車に、永は驚きとともに目を見張る。
「いやあ、昨日はごめんなあ。ちいとばっかし里で意思の疎通ができてなくって。でももう大丈夫や、麓紫村は君らを歓迎するで!」
「ほんとかよ」
疑う蕾生を他所に、永は珍しく興奮して声を弾ませた。
「凄ーい!黒い高級ミニバンなんて芸能人みたーい!」
「貴方の車なんですか?」
鈴心が聞くと、梢賢は複雑な表情で苦笑していた。
「そうやで──って言いたいとこなんやけどなあ」
するとその運転席から梢賢よりも年上の、見るからに大人の男性が出てきた。青がかった黒いスーツで身を固め、四角い眼鏡をかけている。茶髪ではあるがすっきりと襟元で切られていて清潔感があった。
「初めまして。この度はうちの者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたね」
にっこりと笑うその男性の登場に、永達は一瞬固まった。梢賢とは絶対に相入れない格好をしていたからだ。
「この人が車の持ち主で、珪兄やんや!里では結構えらい人なんやで」
「ははは、雑な紹介だ。眞瀬木珪と言います。梢賢がお世話になってます」
眞瀬木珪はビジネスマンのように笑顔を崩さなかった。
「珪兄やんはちっさい頃から兄貴みたいな人でな、運転手をかってでてくれたんや」
梢賢が説明し終わると、永達は順番に挨拶した。少しだけ警戒をしながら。
「こちらこそお世話になります。周防永です」
「唯蕾生っス」
「御堂鈴心です」
珪は鈴心の姿を確認するとさらに微笑んで懐から小さく薄い箱を取り出した。
「これは可愛らしいお嬢さんだ。良かったらどうぞ、お近づきの印に」
「いえ、そんな──」
スマートな珪の所作に鈴心が戸惑っていると、梢賢が横から笑って言う。
「ええって、鈴心ちゃんもらっとき。そんで開けてみ?」
「あ、ありがとうございます。わ……綺麗……」
恐る恐る箱を開けて見ると、中には美しい光沢のある白いハンカチがあった。レースで縁取りされ、飾り刺繍が施されている。
「うちの商品ですよ。試しに使ってみてくださいね」
「は、はあ……」
鈴心の手元を覗き込んだ永はちょっと面白くなかったが、そんな感情は表に出さずに素朴な顔で聞いた。
「デパートか何かにお勤めなんですか?」
「いいえ、うちは問屋です。そのハンカチの材料になっている織物のね」
「へえー……」
見れば見るほど見事な布地だ。かなり高価なものではないかと永は思った。
「さあ、乗って乗って!路上駐車厳禁や!」
梢賢が元気よく急かすので、三人は慌ててバンに乗る。さすがの高級車は音もなく走り出した。
「──おう」
「おはようございます。ライ、よく眠れました?」
「ん、まあな」
言葉と裏腹に、蕾生の目は半分閉じている。髪の毛もボサボサだった。
「あなた、寝起きが壊滅的に悪かったんでしたっけ?」
「あー、そうだったんだけど、最近はちゃんと起きれる様になった」
これで?と鈴心は小言を言いたくなったが、そんなことよりも大事な確認がある。
「ハル様、おはようございます」
「うん、おはよう」
「梢賢から何か連絡はありました?」
当たり前だが完全に起きている永に挨拶をすると、それでも軽く欠伸をしながら答えた。
「あったあった、夜明けとともに。おかげで少し眠い……」
「なんと?」
「迎えに来るって。ホテルの前で待っとけって」
それを聞いて鈴心は意外そうにしていた。
「え、じゃあ、麓紫村に行けるんですね?」
「みたいね」
「ったく、昨日の騒ぎはなんだったんだよ」
蕾生もおそらく夜明け頃に電話で叩き起こされたのだろう。ぶちぶち文句を言っている。
それに苦笑しながら永は肩を竦めて言った。
「まあ、何かあったことはあったんだろうけど、教えてくれるかは別かもね。ムラ社会ってやつ?部外者にはわからない事情があるんじゃない」
「永は物分かりが良過ぎだろ」
まだ蕾生の機嫌が直らないので、永も困りながら宥めた。
「そりゃあ、僕も根掘り葉掘り聞きたい気持ちはあるよ。でもそれで目的が達成されなかったら本末転倒だからね」
「多少は目をつぶらないといけないってことか?」
渋々納得した蕾生に満足した永は、にこやかに鈴心に言った。
「そゆこと。だからリン、外出の支度をしておいで」
「わかりました。ではロビーで」
ビジネスホテルの一階には小さなカフェが併設されていた。梢賢との待ち合わせ時間まで少し猶予があったので、三人はそこで朝食をとった。
蕾生は物足りなさそうにしていたが、予算オーバーを懸念した鈴心におかわりを止められた。
そうこうしていると永の携帯電話が鳴った。梢賢からだ。
三人はフロントで外出すると託けてホテルを出た。もしもに備えてホテルの宿泊予約はそのままにしておいたが、荷物は全部持って出た。
ホテルを出たすぐ前の道路で梢賢がヘラヘラ笑って出迎える。その後ろには黒のバンが止まっていた。
「おいーす!皆さんおはようさん」
「!!」
梢賢の姿と後ろの車に、永は驚きとともに目を見張る。
「いやあ、昨日はごめんなあ。ちいとばっかし里で意思の疎通ができてなくって。でももう大丈夫や、麓紫村は君らを歓迎するで!」
「ほんとかよ」
疑う蕾生を他所に、永は珍しく興奮して声を弾ませた。
「凄ーい!黒い高級ミニバンなんて芸能人みたーい!」
「貴方の車なんですか?」
鈴心が聞くと、梢賢は複雑な表情で苦笑していた。
「そうやで──って言いたいとこなんやけどなあ」
するとその運転席から梢賢よりも年上の、見るからに大人の男性が出てきた。青がかった黒いスーツで身を固め、四角い眼鏡をかけている。茶髪ではあるがすっきりと襟元で切られていて清潔感があった。
「初めまして。この度はうちの者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたね」
にっこりと笑うその男性の登場に、永達は一瞬固まった。梢賢とは絶対に相入れない格好をしていたからだ。
「この人が車の持ち主で、珪兄やんや!里では結構えらい人なんやで」
「ははは、雑な紹介だ。眞瀬木珪と言います。梢賢がお世話になってます」
眞瀬木珪はビジネスマンのように笑顔を崩さなかった。
「珪兄やんはちっさい頃から兄貴みたいな人でな、運転手をかってでてくれたんや」
梢賢が説明し終わると、永達は順番に挨拶した。少しだけ警戒をしながら。
「こちらこそお世話になります。周防永です」
「唯蕾生っス」
「御堂鈴心です」
珪は鈴心の姿を確認するとさらに微笑んで懐から小さく薄い箱を取り出した。
「これは可愛らしいお嬢さんだ。良かったらどうぞ、お近づきの印に」
「いえ、そんな──」
スマートな珪の所作に鈴心が戸惑っていると、梢賢が横から笑って言う。
「ええって、鈴心ちゃんもらっとき。そんで開けてみ?」
「あ、ありがとうございます。わ……綺麗……」
恐る恐る箱を開けて見ると、中には美しい光沢のある白いハンカチがあった。レースで縁取りされ、飾り刺繍が施されている。
「うちの商品ですよ。試しに使ってみてくださいね」
「は、はあ……」
鈴心の手元を覗き込んだ永はちょっと面白くなかったが、そんな感情は表に出さずに素朴な顔で聞いた。
「デパートか何かにお勤めなんですか?」
「いいえ、うちは問屋です。そのハンカチの材料になっている織物のね」
「へえー……」
見れば見るほど見事な布地だ。かなり高価なものではないかと永は思った。
「さあ、乗って乗って!路上駐車厳禁や!」
梢賢が元気よく急かすので、三人は慌ててバンに乗る。さすがの高級車は音もなく走り出した。