「続いて弓の方だが」
 
 八雲(やくも)が促したので、(はるか)は緊張で息を飲みながら弓を手に取る。竹製で等間隔に蔓が巻かれている。
 
「凄い、なんか、懐かしいというか、不思議な気分だ」
 
 永は弓を持ちながらその姿を上から下へと見ていく。更に八雲は机の上の二本の矢にも言及した。
 
(やじり)も磨いて矢に仕立て直した。翠破(すいは)紅破(こうは)で一手だ」
 
 矢に使われる鳥の羽は反りの向きで表裏があり、半分に割いて使用する。一本の矢に使う羽は裏表を同じに揃えるため矢は二種類でき、これを一手と呼ぶ。
 
 永は蘇った二本の矢にも感慨深い視線を送って、八雲に礼を述べた。
 
「ありがとうございます!」
 
「弓には康乃(やすの)様からいただいた御神木の弦を巻いてある。資実姫(たちみひめ)の加護を得られるようにとな」
 
重藤(しげとう)の弓ですね。凄いや、なんだかビリビリ来るよ」
 
「本来の神気に加えて、資実姫の神気がそれを補助しているからね。これは、本当に凄い弓だよ」
 
 皓矢は親指を立てて弓に太鼓判を押した。
 
「試しに射ってみるか?」
 
「いいんですか?」
 
 八雲はそう言って一同を眞瀬木の修練場に案内する。それは作業場のある所から更に奥で、ほぼ森の中と言ってもいい程だった。
 
「凄い、こんな所があるなんて」
 
「修練用の矢だ。ゆがけも使うか?」
 
「あ、はい」
 
 八雲に道具を一式借りて、永は射場に立って精神を統一した。しばらく目を閉じていたが、やがて瞳を開き、流れる様な所作で弓を引き矢を射る。
 
「──ッ!」
 
 放たれた矢はおよそ常識では考えられないような速さで飛び、オーラのようなものを纏いながら目掛ける的を瞬時に破壊した。
 
 その様に射った永自身が目を丸くして口をポカンと開ける。
 
「すげ……」
 
 蕾生(らいお)が驚愕の声を漏らしたが、八雲は一度頷いて淡々と言った。
 
「結構。ちゃんと鍛錬しているようだ。だがその弓の力はこんなものではない。更に精進するがいい」
 
「はい!ありがとうございます!」
 
 永は声を張り上げて一礼した。そして横から満を持して皓矢(こうや)がニコニコ笑いながら言い出す。
 
「名前なんだけど──」
 
「うわ、出た……」
 
常盤慧殊(ときわけいじゅ)って言うのはどうかな?」
 
 それを聞くなり鈴心(すずね)が拍手喝采する。
 
「お兄様、ブラボーです!」
 
「常盤、慧殊……。ま、まあまあかな!」
 
 永にとってはそれが精一杯の譲歩の態度だった。
 
「かっこいいぞ、永」
 
 蕾生が棒読みで言えば、永も同じ調子で言い返す。
 
「いやいや、白藍牙(はくらんが)に比べたら」
 
「常盤慧殊もなかなか」
 
「ははは……」
 
「ははは……」
 
 二人のやり取りを好意的に捉えている皓矢は満面の笑みで満足そうだった。
 
「喜んでもらえて嬉しいよ」
 
「さすがはお兄様です」
 
 鈴心もすっかり悦に入っており、永と蕾生との美的センスとは隔たりがある事を梢賢は側から見て思った。なんだかんだでこいつらもコント集団だな、と。

 

「僕の決意を聞いてほしいんだけど……」
 
「うん?」
 
 永はおもむろに三人に向き直った。蕾生はその表情から確かな、そして新たな決意を感じ取る。
 
「僕は今まで鵺っていうのは、計り知れない化け物で、それこそ天災みたいな存在だから呪われたことは不運だったって、どこかで諦めてた」
 
「……」
 
 確かに鵺は人智を越える存在で、眞瀬木などが神格化するほどのものだ。永の考えももっともだと蕾生は思った。
 
「でも、今回の事でよくわかったよ。鵺のせいで人生を狂わされ破滅していく人が僕らの周りに何人もいたんだ」
 
 永はそこで鈴心と目を合わせた。長い、永い時間を振り返るように。
 
「僕らだけでは飽き足らず、僕らに関わった人達まで破滅させていく鵺を、絶対に許してはいけない。鵺は──憎むべきものだ」
 
「そうだな……」
 
 戦うべきなのは鵺の呪いではなく鵺そのものなのだ、と蕾生も迷わずそう思う。
 
「僕らの運命は呪いを解くだけじゃ終われない。必ず鵺を倒す。そう決めたんだ」
 
 永が前を向く。
 
 それだけで蕾生も鈴心も心に芯が通る。
 
 永の正しさが、永が正しいと思うことが、蕾生と鈴心の支柱だ。
 
「──うん、わかった」
 
 蕾生は永の望みを叶える、と心に誓う。
 
「ハル様の御心のままに」
 
 鈴心は目を閉じて御意を示す。
 
「どうせなら目標はでっかい方がええ!」
 
 新たに加わった梢賢は運命と戦うことを決める。


 
 最後に永は笑って言った。
 
「みんな、これからもよろしく」





 ピリリリ、と皓矢の電話が鳴った。
 
「失礼、おや、星弥(せいや)だ」
 
 画面を確認して呟いた言葉に、鈴心はギクリと肩を震わせた。きっとまたうるさいに違いない。
 
「もしもし、星弥?ごめんね連絡もしないで」
 
 一人で星弥のお小言を聞きたくなかったのか、皓矢は無意識にスピーカーフォンにして電話に出た。だが、星弥の一声は──
 
「兄さん!早く帰ってきて!!」
 
「どうした?」
 
 切羽詰まった様子の妹の声にただならない事情を悟った皓矢はすぐに表情を強張らせた。
 
「研究所が大変なの!乗っ取られるかもしれない!」
 
「落ち着きなさい、どういうことだい?」
 
玉来(たまき)!玉来建設が乗り込んでくるんだって!」
 
 その名前は永にも聞き覚えがあった。前回の転生。彼の姿が思い出される。
 
「まさか。千明(ちあき)さんはどうしてるんだい?」
 
「それが玉来のおじ様が行方不明なの!生きてるかもよくわからないの!!」
 
「──なんだって?」
 
 それは、かつての宿命の残火が再び燃え始めたことを意味していた。


 
 舞台は再び銀騎研究所へ。



 
第二部 了
転生帰録3 へ続く