とある川のほとりを一人の僧が歩いていた。
 諸国を巡る修行の中で訪れたこの川は、流れも激しく泥で濁り、不気味な色をしている。

 もうすぐ日が暮れる。
 世捨て人のような出立(いでたち)の身ではろくに宿にも泊まれない。

 この川のほとりにあるお堂なら泊まってもよいと里人に言われた。そこは夜半になると光る化け物が出ると言う。
 坊さんにはうってつけだろうと言う里人の嘲りも、全てはこの身の修行のためとありがたく拝謝して僧はその場所を目指していた。

 お堂とはよく言ったものだ。僧は朽ちかけた荒屋に腰を落ち着かせ、旅の疲れから微睡み始めた。
 
 どのくらい経ったのだろう。ギイギイと舟を漕ぐ音がして僧は目を覚ました。川の方を見ると、朽ちた丸木舟が漕ぎ寄せられていた。その上に仄かに光る人のようなものが立っている。
 
 さてはこれが化け物か。
 僧はこれも縁と思ってその舟に近寄った。

 僧の姿に気づいた仄かに光る人のようなものは、その光をやや和らげて僧に向かって呟いた。
 
「……繰り返す」
 
 その姿は化け物などではなく、美しい人間の男だった。
 ただ、その纏っている衣服は見たことがなかった。

 ゆったりとした麻地のような狩衣(かりぎぬ)を直接着ているようだが、小袖(こそで)のように短い。
 括り袴(くくりばかま)のようなものを穿いているが丈が長く指貫(さしぬき)のようだ。
 
 見目麗しい貴公子のような面差しだが、無造作に伸びた髪が奇妙で、更にそれを留めている巻き布の紋様も見たことがなく不可解だった。

「……繰り返す」
 
 何を、と聞いてみる。
 男は僧の方を見るでもなく、かと言って遠くを見るでもない。自らに言い聞かせるように呟く。
 
「私は、繰り返すだけ……」
 
 もう一度、何を、と聞いてみる。
 男は独り言のように呟き続けた。
 
「生まれ……殺し……そして死ぬ。また生まれ……殺し……すぐに死ぬ」
 
 何に生まれるのか。
 
「呪いの……成れの果て」
 
 その姿がそうなのか。
 
「私では……ない。私の……成れの果て」
 
 どんな姿なのか。
 
「黒い……黒い獣。私という呪いの……成れの果て」

 
 男の視線に生気は感じられなかった。僧はどこか異国の亡者ではないかと考える。
 
「繰り返す……ただ、繰り返す」
 
 お前はどこから来たのか。
 
「わからない……。ここが何処かも、わからない……」
 
 このまま舟に乗ってどこへ行くのか。
 
「呪いの果てへ……あの者達を連れて……」
 
 誰を。
 
「私の……した者……、私を……した者、私に……った者」
 
 その声は段々と聞こえなくなっていく。

 
 僧が男の言葉に囚われている隙に、丸木舟は再び川に流されていく。
 
「呪いは……れる……な……」
 
 男の言葉はもう意味を為さなくなっていた。それでも僧は男の言葉を聞こうと耳を立てる。
 
 僧の心が通じたのか、最後に男ははっきりとした言葉を紡いで消えた。

 
「すまない……」

 
 後には川のサアサアと流れる音ばかりが響く。
 僧は男が消えた先を思いやって静かに念仏を唱えた。