俺は未だ足元がふらついているディートリヒの右側に立ち、脇の下を軽く支えた。
「歩けるか?」
「あ、ああ……なんとかな。しかしキルシュさんはマジで半端ねぇな。あんたたち魔術師と護衛士とやらが化け物みてぇな力をもってるということがよく分かったぜ……。あ、いや、化け物とかいってすまねぇ」
「別に謝るほどのことじゃない。俺たちが人と違う扱いをされることはよくあることだし、まんざら間違っているわけでもない」
魔素を扱い魔術の行使や身体を強化することができる魔術師と護衛士は、普通の人間とはかけ離れた能力を持つ者たちである。
いかに人々の病や怪我を癒し世界の脅威である魔物を討伐しても、魔術師と護衛士が人々から畏怖される存在であることに変わりはない。
ティツ村のように魔術師と護衛士が一般人と良好な関係を築けているケースもあるが、それは百年以上にも渡りキルシュが住人に貢献してきた結果であって特殊なものだ。
ディートリヒが口にした事こそがこの世界の人々における魔術師と護衛士に対する正しい見識であり、“叡智の塔”やキルシュが常日頃から口にしている通り、魔術師は不必要に世界に干渉すべきではないのだろう。
「それにしてもキルシュさんのあの魔術はほんとに凄ぇな。あのドラゴンの化け物を一瞬で消滅させてしまうとはよ」
「あれは魔術では…いや、そうだな」
俺はディートリヒの認識の間違いについて指摘することを止めた。
魔術と魔法の間には天と地ほどの違いがあるのだが、魔に関わりのないものにとって双方の違いなど大した意味はもたないからだ。
俺はこう付け加えるだけに留めた。
「だからキルシュは魔術師たちから敬意を込めてこの二つ名で呼ばれている。“竜征の魔術師”と」
竜征の魔術師。
文字通り竜を征伐する魔術師であるキルシュは、これまでに数多の邪竜の眷属であるドラゴンを狩ってきている。
二つ名の所以は他にもあるのだが、今の話の流れには直接関係することではないので、ここでは触れないでおく。
その後、俺たちは遺跡をくまなく調査したが、生存している冒険者を見つけることはできなかった。
残念ながらこの一か月の間遺跡を訪れた冒険者たちは皆、あの飢えたドラゴンに喰われてしまったようだ。
彼らの遺品として集められるだけのプレートを集めてから、俺たちは遺跡を離れることにした。
「くそ! 誰か一人でも生きてる奴を見つけられればよかったんだがな……」
ディートリヒが悔しそうに拳を壁に叩きつけた。
俺もまったく同じ思いで彼に頷く。
「できるだけ急いだのだが、どうしようもなかったな。生存者が見つけられなかったのは残念だ」
「休眠期から目覚めて活動期に入る時、ドラゴンは凄まじい飢餓感に襲われ手当たり次第に獲物を喰らう習性があるからね。そんなドラゴンのねぐらが隠されている遺跡とは思わず立ち寄ってしまったのは運が無かったとしかいいようがないけれど、確かにやるせないね……」
キルシュの言う通り不運としか言いようがない事件だが、不条理な死とは受け入れがたいものだ。
これから冒険者ギルドに戻り、ギルドマスターや受付嬢のアルベルタにこの報告をしないといけないと思うと気が重くなる。
しかし、気持ちを切り替えなければならない。
魔物がいる限り、このような悲劇は世界中どこでも繰り返されるのだ。
そんな世界で生きぬくためには、力ある者が少しでも悲劇を減らすため尽力していくしかないのだろう。
「さて、ここでできる事はすべてやり切ったね。そろそろ戻るとしようか。できればあのドラゴンから不死化についての事や、隷属紋、教団の事などについていろいろ聞き出したかったけど、さすがにあの様子では無理筋だよね」
「確かに。聞いたところで答えなかったでしょうしやむを得ませんね。ドラゴンやアンデッドの類に魅了は効果がありませんし……」
ドラゴン種は魔術に高い耐性をもつ。
ましてアンデットともなれば、そもそも精神構造自体が通常の生命とはまったく異なるものであるため効果はまったく期待できない。
この遺跡やあのドラゴンにはまだ解明されていない謎が多く残されているが、これ以上この場に残って調査しても、現時点では有益な情報を得られそうにない。
ディートリヒに肩をかしてこの場を立ち去ろうとしたその時、俺は違和感のようなもの感じてふと後ろを振り向いた。
何もない。
背後にはただ岩壁があるだけだ。
しかし何かがひっかかった。
「旦那? 何かあったのか?」
「……いや、なんでもない。戻ろう」
ディートリヒが怪訝そうな表情で訪ねてきたが、その“何か”がわからず俺は答えられなかった。
わずかな風の流れを洞窟の奥から感じたように思ったのだが、今は何も感じられない。
気のせいだったのだろうと気を取り直し出口に向かうことにした。
「さて、ここからの帰りだけどディートリヒ君の負傷からしても歩いて帰るのは大変だよね。ここはサクっともう一回飛翔で……」
「断固拒否する! 俺はもう絶対に飛ばねぇからな!!」
ディートリヒの絶叫が遺跡内にこだまするのだった。
あれから二日後。
何がなんでも飛行はしないというディートリヒに合わせて、俺たちは徒歩で眠れる竜の遺跡からディリンゲンの町に帰還した。
道中、傷の治療で体力を失っていたディートリヒはかなり辛そうだったが、それでも飛行するよりはマシと歯を食いしばって歩いている姿が印象的だった。
それほどまでに高速飛行が辛かったのだろうか。
町に到着した俺たちは、その足で冒険者ギルドへ向かいギルドマスターに面会を希望した。
応接間に通された俺たちは、ディーゼルに早速依頼結果の報告を行った。
「なんと、そのような事が……」
内容を聞いたディーゼルはあまりのことに言葉を失い、顔を手で覆う。
そんな彼の心境を考えると追い打ちをかけるようで心苦しいが、報告内容の証拠を提示をしなければならない。
俺は遺跡の中で集めた冒険者たちのネームプレートを背負い袋から取り出し、テーブルの上に広げて見せた。
「これが証拠となります。残念ながらあの遺跡に向かった冒険者はほぼ全員が遺跡の中に潜んでいたドラゴンの犠牲になったと思われます」
「なんという事だ…あの遺跡にドラゴンがいるとは完全に想定外でした…。しかしこれは完全に私が指示した初動ミスが原因ですね。行方不明事件が発生した初期に、もっと慎重に高ランク冒険者による調査を徹底すべきでした」
「歩けるか?」
「あ、ああ……なんとかな。しかしキルシュさんはマジで半端ねぇな。あんたたち魔術師と護衛士とやらが化け物みてぇな力をもってるということがよく分かったぜ……。あ、いや、化け物とかいってすまねぇ」
「別に謝るほどのことじゃない。俺たちが人と違う扱いをされることはよくあることだし、まんざら間違っているわけでもない」
魔素を扱い魔術の行使や身体を強化することができる魔術師と護衛士は、普通の人間とはかけ離れた能力を持つ者たちである。
いかに人々の病や怪我を癒し世界の脅威である魔物を討伐しても、魔術師と護衛士が人々から畏怖される存在であることに変わりはない。
ティツ村のように魔術師と護衛士が一般人と良好な関係を築けているケースもあるが、それは百年以上にも渡りキルシュが住人に貢献してきた結果であって特殊なものだ。
ディートリヒが口にした事こそがこの世界の人々における魔術師と護衛士に対する正しい見識であり、“叡智の塔”やキルシュが常日頃から口にしている通り、魔術師は不必要に世界に干渉すべきではないのだろう。
「それにしてもキルシュさんのあの魔術はほんとに凄ぇな。あのドラゴンの化け物を一瞬で消滅させてしまうとはよ」
「あれは魔術では…いや、そうだな」
俺はディートリヒの認識の間違いについて指摘することを止めた。
魔術と魔法の間には天と地ほどの違いがあるのだが、魔に関わりのないものにとって双方の違いなど大した意味はもたないからだ。
俺はこう付け加えるだけに留めた。
「だからキルシュは魔術師たちから敬意を込めてこの二つ名で呼ばれている。“竜征の魔術師”と」
竜征の魔術師。
文字通り竜を征伐する魔術師であるキルシュは、これまでに数多の邪竜の眷属であるドラゴンを狩ってきている。
二つ名の所以は他にもあるのだが、今の話の流れには直接関係することではないので、ここでは触れないでおく。
その後、俺たちは遺跡をくまなく調査したが、生存している冒険者を見つけることはできなかった。
残念ながらこの一か月の間遺跡を訪れた冒険者たちは皆、あの飢えたドラゴンに喰われてしまったようだ。
彼らの遺品として集められるだけのプレートを集めてから、俺たちは遺跡を離れることにした。
「くそ! 誰か一人でも生きてる奴を見つけられればよかったんだがな……」
ディートリヒが悔しそうに拳を壁に叩きつけた。
俺もまったく同じ思いで彼に頷く。
「できるだけ急いだのだが、どうしようもなかったな。生存者が見つけられなかったのは残念だ」
「休眠期から目覚めて活動期に入る時、ドラゴンは凄まじい飢餓感に襲われ手当たり次第に獲物を喰らう習性があるからね。そんなドラゴンのねぐらが隠されている遺跡とは思わず立ち寄ってしまったのは運が無かったとしかいいようがないけれど、確かにやるせないね……」
キルシュの言う通り不運としか言いようがない事件だが、不条理な死とは受け入れがたいものだ。
これから冒険者ギルドに戻り、ギルドマスターや受付嬢のアルベルタにこの報告をしないといけないと思うと気が重くなる。
しかし、気持ちを切り替えなければならない。
魔物がいる限り、このような悲劇は世界中どこでも繰り返されるのだ。
そんな世界で生きぬくためには、力ある者が少しでも悲劇を減らすため尽力していくしかないのだろう。
「さて、ここでできる事はすべてやり切ったね。そろそろ戻るとしようか。できればあのドラゴンから不死化についての事や、隷属紋、教団の事などについていろいろ聞き出したかったけど、さすがにあの様子では無理筋だよね」
「確かに。聞いたところで答えなかったでしょうしやむを得ませんね。ドラゴンやアンデッドの類に魅了は効果がありませんし……」
ドラゴン種は魔術に高い耐性をもつ。
ましてアンデットともなれば、そもそも精神構造自体が通常の生命とはまったく異なるものであるため効果はまったく期待できない。
この遺跡やあのドラゴンにはまだ解明されていない謎が多く残されているが、これ以上この場に残って調査しても、現時点では有益な情報を得られそうにない。
ディートリヒに肩をかしてこの場を立ち去ろうとしたその時、俺は違和感のようなもの感じてふと後ろを振り向いた。
何もない。
背後にはただ岩壁があるだけだ。
しかし何かがひっかかった。
「旦那? 何かあったのか?」
「……いや、なんでもない。戻ろう」
ディートリヒが怪訝そうな表情で訪ねてきたが、その“何か”がわからず俺は答えられなかった。
わずかな風の流れを洞窟の奥から感じたように思ったのだが、今は何も感じられない。
気のせいだったのだろうと気を取り直し出口に向かうことにした。
「さて、ここからの帰りだけどディートリヒ君の負傷からしても歩いて帰るのは大変だよね。ここはサクっともう一回飛翔で……」
「断固拒否する! 俺はもう絶対に飛ばねぇからな!!」
ディートリヒの絶叫が遺跡内にこだまするのだった。
あれから二日後。
何がなんでも飛行はしないというディートリヒに合わせて、俺たちは徒歩で眠れる竜の遺跡からディリンゲンの町に帰還した。
道中、傷の治療で体力を失っていたディートリヒはかなり辛そうだったが、それでも飛行するよりはマシと歯を食いしばって歩いている姿が印象的だった。
それほどまでに高速飛行が辛かったのだろうか。
町に到着した俺たちは、その足で冒険者ギルドへ向かいギルドマスターに面会を希望した。
応接間に通された俺たちは、ディーゼルに早速依頼結果の報告を行った。
「なんと、そのような事が……」
内容を聞いたディーゼルはあまりのことに言葉を失い、顔を手で覆う。
そんな彼の心境を考えると追い打ちをかけるようで心苦しいが、報告内容の証拠を提示をしなければならない。
俺は遺跡の中で集めた冒険者たちのネームプレートを背負い袋から取り出し、テーブルの上に広げて見せた。
「これが証拠となります。残念ながらあの遺跡に向かった冒険者はほぼ全員が遺跡の中に潜んでいたドラゴンの犠牲になったと思われます」
「なんという事だ…あの遺跡にドラゴンがいるとは完全に想定外でした…。しかしこれは完全に私が指示した初動ミスが原因ですね。行方不明事件が発生した初期に、もっと慎重に高ランク冒険者による調査を徹底すべきでした」