「エエイ、小癪ナ真似ヲ!! コノヨウナ薄ッペライ壁ガ何ノ役ニ立ツカ!!」

キルシュが展開した“氷壁”の魔術により、俺たちとドラゴンゾンビの間は10m以上の厚さがある分厚い氷の壁が遮っている。

ドラゴンゾンビが爪と牙をもって破壊しようと試みているが、氷壁は分厚い上に硬く、そう簡単には突破できそうになかった。

「そもそも己を不死にする魔術なんて、プライドが高いドラゴンたちが本来習得する系統じゃないんだよ。己が不死になることを望む邪悪なカルト教団や、不死者を扱うことに抵抗のない魔神辺りがドラゴンの死骸に行使することで発生することはあるんだけど、それにしたって時間がかかるはずなんだよね」

「他の種族であっても同じですね。ゾンビやスケルトンなどのアンデッドに変異するには数日はかかるはず」

穢れ地などと呼ばれる血で穢された特殊な場所(古戦場など)であったとしても、そこにある死体がすぐにアンデッドと化すことはない。

自然発生であっても数日、儀式を用いたとしても最低数時間はかかるはずだ。

「死んでからごく僅かな時間でのゾンビ化とはこれは何者かの作為を感じるね。少なくともあの粗忽なレッドドラゴン単独の仕業ではないと思うよ」

目の前の氷の壁が中々破壊できず、ドラゴンゾンビは苛立ちの声をあげながら攻撃を続けている。

確かに生前の会話を鑑みても、自分に対しての高い自負こそあったものの、あのレッドドラゴンから思慮深さや狡猾さは感じられなかった。

「あのドラゴンには死んだらアンデッド化されるように、何者かが予め細工していたと?」

「可能性としてはそれが一番高いんじゃないかな。死の恐怖から逃れるために、自らアンデッド化を受け入れるドラゴンが稀にいるぐらいだから、あのドラゴンが己の死を回避するために誰かと取引していたという線は十分あり得えるね。とはいえ今考えるべきことはそれじゃないね」

「あのドラゴンゾンビをどう倒すか、ですね」

アンデッドと化すことでその生命は肉体という枷から外れることになる。

具体的には痛覚や感覚が無くなり疲労を感じることもほとんどなくなる。

生前の能力の大半を失う代わりに、不死という新たな命を得る事で強力な闇の力が手に入るのだ(弱点も多く抱えることになるが)。

ただでさえ強大な長老種のドラゴンがアンデッド化したのだから、その脅威度はかなりのものと言えるだろう。

現に立て続けに激しい攻撃が加えられ続けているせいで、キルシュが作り出した分厚い氷の壁もところどころ亀裂が入り、軋みを上げ始めている。

完全に破壊されるのも時間の問題だろう。

その前に何ともしてもドラゴンゾンビを確実に倒す手段を見つけ出さなくてはいけないのだ。

さもなければブレスと物理攻撃にさらされてこちらが不利になる一方だ。

ドラゴンゾンビと化した以上、あの魔物は痛みを感じず肉体の損傷もほとんど気にしなくて良いのだから、生半可な攻撃では牽制の役にすら立たない。

倒すならば一撃必殺の攻撃を繰り出し、確実に葬るしかないだろう。

俺が覚悟を決めてバスタードソードの刀身に指を這わせると、キルシュから制止の声がかかった。

「待ってザイ。魔剣の力はここで解放しない方がいい。今回はボクがやるよ」

「杖の力を開放するのですか? 確かに相手はドラゴンですが……」

「お互い安易に使用すべき力ではない事は確かだけど、今回は事態が事態だからね。問題ないだろう。魔剣の力は反動が大きいからなるだけ使用しないほうがいいよ。それよりザイ、キミはディートリヒ君の事を見てあげて」

「分かりました。キルシュ、ご武運を」

ドラゴンゾンビが最初に繰り出してきた攻撃の余波で、ディートリヒは吹き飛ばされて洞窟の壁に叩きつけられ重傷を負っていた。

俺はキルシュの護衛を優先しているため、氷の壁によってドラゴンゾンビと距離があることで彼の支援を後にしていたが、まもなく壁は粉砕されそうだ。

ブレスなど広範囲攻撃を仕掛けられると、俺はディートリヒを守りながらの戦闘を強いられることになる。

キルシュの言う通り、ここは先に彼の守りに入っておいたほうがいいだろう。

俺は壁際に倒れ伏しているディートリヒの元に駆け寄り、声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

「……うぅ、痛てぇ。な、なんとか生きてるぜ。だが、くそ……体が動かせねぇ!」

割合しっかりした返事が帰ってきた。

意識ははっきりしている。

しかし痛みが酷く、自力で体を動かすことはできないようだ。

こういう時は無理に体を動かそうとすると症状が悪化するケースが多い。

「焦るな。今診るから体を楽にしていてくれ」

洞窟の壁に叩きつけられたのだろう。

全身に打撲が見られるが、骨折している箇所もありそうだ。

まず見た目で判断できるのは左足の足首の変形、これは骨折だ。

背中に変形はないようだが、腫れている部分が多いところから見てこちらは打撲と判断できる。

背骨や首など細かい神経が通っている箇所に損傷が無かったのは不幸中の幸いである。

神経の損傷は体の運動や感覚に障害を引き起こす可能性がある上に治療が難しいのだ。

「少し動かすぞ。痛かったらすぐ言ってくれ」

ディートリヒの腕をもって、上下に動かしてみる。

「う! 痛っ……!」

「右腕をやったようだな」

「……ああ、吹っ飛ばされた時に右腕で体を庇ったからな。ボキッって音がした感じがしたぜ」

右腕の袖を捲ってみると赤く腫れあがっている箇所が複数あった。

安全な場所で詳しく診てみないと診断は下せないが、かなり深刻な損傷を負っているようだ。

「息を大きく吸って、吐いてみてくれ」

「うっ……!」

「肋骨も痛めているようだな。体を動かすことも辛いだろう。このポーションを飲んでくれ」

懐から取り出した緋色のポーションをディートリヒの口に近づけた。

「これは?」

「中級ポーションだ。骨折や打撲、重度の内臓の損傷などにも効果がある。ただし、かなり体力を消耗するから疲労は覚悟してくれ」

「……おいおい、物騒だな。しかし中級ポーションかよ、見たことはあるが使うのは初めてだぜ」

魔法薬である“ポーション”は高級品だ。

下級ポーションで金貨五~十枚、中級は五十枚~七十枚、上級は百枚以上、最上級ともなれば天井知らずの価格で取り扱われている(それだけ希少な素材を用いるためなのだが)。

依頼の内容によっては死地に赴くこともある冒険者にとってポーションは必携の品であるが、彼らが主に用いるのは下級ポーションであり中級ポーション以上は滅多に使われない。

擦り傷や切り傷程度であれば下級ポーションで十分回復可能なのだが、ディートリヒの負ったダメージはかなり重い。