この魔物は……。

「ガーゴイルだ、くるぞ!!」

石魔獣の別名をもつこの奇怪な魔物は、一見すると石像そっくりな姿をしているが実は石のような肌で擬態しており、侵入者を自分の近づいてきた事を感知すると正体を現し襲い掛かってくる。

巨大な翼を活かして獲物の頭上を飛び交い、相手の動きをかく乱しながら、隙あらばナイフのごとき巨大な爪で掴みかかってくる。

ガーゴイル二体が残虐な笑みを浮かべて、ディートリヒの周囲を掠めるように飛びながら爪で切りつけ攻撃を繰り出してきた。

「くそったれが! 調子に乗るんじゃねぇ!!」

ハルバードの柄を使って爪の一撃を受け止めると、床を転がりながらディートリヒは反撃のチャンスを窺う。

だが目の前のガーゴイルから距離をとろうとすると、別の二体のガーゴイルが背後から回り込んで鋭い爪で掴みかかってくる。

長柄武器の射程を活かしてガーゴイルが接近してこないよう牽制しているが、空から攻撃されるとやはり部が悪い。

相互に連携をとって、代わる代わる攻撃をしかけてくるガーゴイルの戦術にディートリヒは思わぬ苦戦を強いられていた。

このままではまずい。

ホブゴブリンたちに背中を向けてしまうことになるがここは俺が助けにいくべきかと思った時、ガーゴイルたちに異変が生じた。

ガーゴイルの背中に生えている巨大な翼が風の刃で無残に切り刻まれ、地面に叩き落されたのだ。

「これだけ切り裂いておけばすぐには飛べないはずだよ。放っておくと再生してしまうから、早めに止めを刺してね」

「ありがてぇ、キルシュの旦那!」

キルシュが“風刃”の魔術によって生み出した刃で、ガーゴイルの羽を切り刻んでいるのだ。

真空の刃を作り出し対象の体を切り裂くこの魔術は、見た目の派手さこそ他の攻撃魔術に劣るものの、風を利用しているだけに目では軌道が読みづらく、回避が難しいので確実に裂傷を負わせられる。

このような空飛ぶ魔物との戦闘などで活躍する魔術だ。

ガーゴイルには再生能力があり戦闘中に負った外傷を徐々に回復してしまうのだが、流石に一瞬で全ての傷が回復するほどの能力ではない。

翼が裂かれたことでバランスがとれなくなり空中から床に転落したガーゴイルは、転倒して動きが鈍った。

その頭をディートリヒはハルバードを振るってどんどん切り落としていく。

「ザイ。こっちはボクが受け持つから、祭司の抑えよろしくね!」

「了解しました!」

ガーゴイルが自由に動き回り続けられたらホブゴブリンたちが攻撃援護に回り、非常に厳しい戦闘になっていたところだったが、ガーゴイルの無力化に成功した今、それほどの脅威ではない。

俺は目の前にいるホブゴブリンたちをバスタードソードで斬りつけ、確実に数を減らしていく。

時折司祭が何かしらの攻撃魔術を飛ばしてきたが、直線的な攻撃ばかりなので軌道さえ読めれば回避は造作もなかった。

キルシュのように相手の動きを読んで適切なタイミングで魔術を使用されると、その回避は至難の業となるが魔物は自分が攻撃することに気が行き過ぎることが多く、単調な狙いで魔術を連発することに終始しやすい。

「これで最後だ……!」

「はっ!」

ディートリヒが最後に落ちたガーゴイルの首を刎ねるのと、ホブゴブリンの祭司の腹部を俺のバスタードソードが貫いたのはほぼ同じタイミングだった。

一気呵成に畳みかけるキルシュの作戦が功を奏したようだ。

ガーゴイルの群れを始末し終えたディートリヒは、俺の剣で腹部を貫かれながらホブゴブリンの祭司がまだ生きている姿を見て、ある疑問を口にする。

「そういえば、こいつらから話を聞きだしたりできないのか? なんか言葉みたいなものをしゃべってるじゃねぇか」

「残念ながら、それは無理な話だな。魔物は人間に対して嘘を吐くか、それが通用しないなら自分から死を選ぶような連中だ」

俺はその問いに対して、首を横にふってそもそも会話が成立しない事を伝えた。

ホブゴブリンは言語が話せる魔物ではあるのだが、基本的な性質が悪そのもので攻撃的であり敵の捕虜になるなど屈辱的な扱いを受けるくらいなら死を選ぶ種族なのだ。

ゴブリン語を理解できるキルシュが以前に一度“魅了”で尋問を試みた時があったのだが、答えを拒否して唇を嚙み切ってしまうということがあった。

生き恥をさらして虜囚の身に甘んじるぐらいなら、魅了された状況ですら死を選ぶ種族の姿勢にキルシュも俺も驚きを隠せなかった。

その観点から尋問を諦め、俺が止めをさす為に剣を引き抜くとホブゴブリンの祭司は不敵な笑みを浮かべた。

「……」

何事かを言い残すと、ゴフリと口から血を吐いてそのホブゴブリンは絶命した。

「……なるほどね」

いつの間にか俺の後ろに立っていたキルシュが、ホブゴブリンの最後の言葉を聞いて合点がいったように頷いていた。

「一体何と言っていたのですか?」

「お前たちではあの肩を見つけること能わず……だってさ。確かにここは邪竜ファーブニルを祭る祭壇だろうね。でも捧げられている生贄らしきものは一切なく、これといって手がかりになるものすら見つからないないんだよ」

確かにこの部屋には邪竜を祭っているであろう祭壇こそあるものの、生贄として捧げられるべき冒険者の姿は一人も見受けられなかった。

“邪竜ファーブニル”はドラゴンでありながら神でもあるため、信徒が信仰することで奇跡の力を授けることがある。

ただしその教義は、己が欲っするものあらば命を奪ってでも手に入れよ、という過激なものであり願いを叶える対価として生贄を捧げることが推奨される。

生贄の魂という対価を捧げることで強欲の神ファーブニルから寵愛を得られる場合があり、信徒たちはこぞって生贄を求め捧げようとする。

このようなカルト教団が、世界中どこの国でも信仰が禁止されるのも当然と言える。

しかしファーブニルが司る強欲と富の渇望は人や魔物を欲を惹きつけて止まず、密かに信仰する者が後を絶たないのだ。

そんなファーブニルのカルト教団員と思わしき魔物と人がいたというのに、肝心の生贄にされたと思われる冒険者たちの痕跡が遺跡のどこにも残っていないのである。

「遺跡はここで終わりだぜ。行方不明になった連中の手がかりがここでも見つからねぇってのはどういうことなんだよ。魔物が言い残した言葉どおり何も見つけられない状況だぜ」

ガイド役のディートリヒの言うのだからここが遺跡の最深部なのだろう。

ではここを訪れた冒険者たちは果たしてどこへ行ってしまったのか。

何か痕跡が残されていないかと部屋の探索を続ける俺にキルシュが尋ねてきた。

「それなんだけどさザイ、この部屋に入ってから何か感じない?」