「オルフ君だね、結構。さて、それでは質問を続けるよ。キミはここであのホブゴブリンたちと何をしていたの?」

「……ここに来る冒険者たちを…捕らえて…主に…捧げていました……」

オルフと名乗った男は、キルシュの質問に対してたどたどしい口調で答えていく。

その光景を目の当たりにして驚きを隠せないディートリヒが俺に問うてきた。

「なんなんだこりゃ……。キルシュの旦那はあいつに一体何の魔術を使ったんだ?」

「“魅了”の魔術だ。これをかけられた対象は、術者が自分に近しい者のように錯覚しその者の言葉に従うようになる」

「言葉に従うようになるって、そいつはなんとも……」

「えげつない効果だよね」

ディートリヒが言い淀んだ言葉を、苦い笑みを浮かべたキルシュが繋いた。

「そこまでは言わねぇが……」

「いやいや、実際にえげつないんだよ。こんな力を他人にふるって良いわけがない。そう考える君の感性は人として正しいんだよ。ボクたち魔術師と護衛士が人間の世界になるべく関わらないようにする理由の一つがここにあるんだ。魔術を使えば大抵のことは何とかなるけど、だからといって何をしても良いわけじゃない。力あるものが好き勝手に振る舞う世界ほど危険で見苦しいものはないからね」

「……」

「魔術師の干渉は世界にとって必要最低限、これは鉄則だね。しかし今回の件はその観点から見ても例外だよ。人間と魔物が協力しあって、何か事を起こそうとしているなんて異常事態はさすがに見逃すわけにはいかない。ではオルフ君、キミたちに冒険者たちを攫わせて捧げさせているものとは一体誰なんだい?」

「……それは…主…」

「主の名前を教えて」

「…それは…それは…それ…ソ…れ…それそれそれそれそソレソレソレソレソレソレソレソレソレソレソレ」

それまで“魅了”の魔術の影響でキルシュの支配下に置かれていた男が、急に意味不明なことを口走り始めた。

そしてその様子を見たもう一人の捕虜にした男が血相を変えて叫び出す。

「やめろ、やめてくれ! そいつに、俺たちに、その答えを言わせないでくれ! さもないと……!!」

「さもないと……?」

「う! うぅぅぐぅぅおえぇぇぇ!!!!」

キルシュの問いは、オルフの変調によって答えられた。

彼は胸が苦しいのか何度も何度もかきむしり、やがて口から泡を吐き出すと白目をむいて倒れ伏し体が痙攣し始める。

「これは一体……む?」

見れば先ほどキルシュに制止することを求めた男の方も同じような症状に陥っていた。

「うぅぅぐぅぅぅぅぅ!!」

「おい、しっかりしろ!」

俺は急いで男たちの元に駆け寄り、それぞれの左手首の動脈に人差し指、中指、薬指をあてて脈をとった。

しかし既に脈はなく、既に二人とも泡を吹いたまま事切れていた。

目の前で起きたあまりにも突然すぎる男たちの死に、ディートリヒは驚きを隠せなかった。

「な、何が起きたんだ……?」

俺は先ほど彼らの体に起きたことを見て、この突然死の理由を推測してみた。

「これは……、冠動脈の血管が詰まり心臓の筋肉に栄養や酸素が届かなくなり、筋肉が壊死してしまう時の症状に似ていますね。ただ……」

「それにしてはあまりに症状の進行が急すぎるね。最低でも数分から十分は苦しみが続くはずだし、こんなすぐに心臓の筋肉が壊死するわけはないよ」

キルシュの言葉どおり、俺が想定した症状が彼らの体で発症したとしても一分もかからずに死に至るようなことはない。

突然の死因がどこにあるのかと俺が男たちの服を割いて胸元を開けさせると、そこにあったものを見てキルシュがため息をつく。

「……やられたね」

彼らの胸元には竜をイメージさせるデザインの刺青らしき刻印が施されていた。

「これは隷属紋……ですか。ただ、あの獣人の二人につけられていたものとは違うようですね……」


「そのようだね。まずは調べてみるとしよう」
その紋に指を這わせて“解析”の魔術をかけたキルシュは、紋の仕組みを即座に理解したようだ。

僅かに表情を曇らせながら、彼は結果を告げた。

「うん、どうやら術者は別のようだ。この紋にはどうやら別の魔術がかけられていたみたいだね。特定の言葉を発すると血管が詰まり、心臓が壊死されるよう細工されていたよ。恐らく“制約”がかけられていたのだろうね」

対象を術者に強制的に従わせる隷属紋は、“隷属”をかける術者によって紋のデザインが変わるという特性がある。

ちなみにエーリカとシュールの胸元に刻まれていたのは、手のひらの中にある瞳だった。

これは術者が自分をイメージするものが投影されるというのが魔術師たちの通説だが、正確な理由はまだ解明されていないらしい。

「よくわからねぇが、要は余計なことを言うと即死するようになってたというわけか……。ひでぇことしやがるぜ」

「まったくだね。“隷属紋”だけでも大問題だというのに、“制約”まで重ねがけするなんてとんでもない術者だよ。放置しておくわけにはいかないね。ついでにいうとこの“制約”、ちょっと弄られた形跡があるよ。たぶん、苦痛を与えるだけでなく対象が死ぬように効果が改悪されてるね」

“制約”とは対象に術者が指定した特定の行為を禁じる魔術である。

禁を破った場合、対象に激しい苦痛を与えるのが本来の魔術なのだが、この二人にかけられた“制約”は相当酷い効果をもたらすよう改悪されていたようだ。

“叡智の塔”に所属する魔術師であれば考えられない所業であるが、魔物やそれに組することを厭わない外道なら話は別だ。

死んでしまった人間とホブゴブリンの死体、それから部屋の中を調べてみたが僅かな銀貨と戦利品となる装備品以外これといった品は見つけられなかった。

「連中、マメな連中だぜ。さっきの部屋とここで寝泊りできる環境を整えてやがったんだな。以前の部屋とは大違いだ」

ディートリヒの話によると本来ここは遺跡の倉庫らしい場所だったらしいが、話にでていた盾や武器などは全て片付けられ食事と休憩が採れる食堂のような場所に切り替えられていた。

魔物にしてはマメすぎる行為なので、恐らく隷属紋を刻まれていたあの人間たちが用意したのだろう。

邪竜ファーブニルのカルト教団には、弱者から略奪することを良しとする邪な教義に惹かれた人間の信者が参加している場合も多いのだ。

「とりあえずこの部屋で集められる情報はこれで終わりかな。となると、先ほどの両開きの扉のところまで戻るべきなんだけど……」