しかし何よりも目を引くのは炎のように鮮やかな赤色の髪だ。
戦士らしく短く刈り込んでいるが、否が応でも目立つ。
キルシュと俺の視線が髪に向けられている事に、ディートリヒと呼ばれた男は露骨に顔を顰めた。
「この髪がそんなに気になるかよ。悪かったな、下品な色してて」
「いや、失礼。あまりにも鮮やかな色に見入ってしまいました」
「うん、とても綺麗だよね。赤髪自体珍しいけどこれほどの色は初めて見たよ」
俺たちが彼の赤毛の事を褒めると、ディーゼルも笑顔で頷いた。
「目立つでしょう。こいつ。この赤髪のおかげでこいつの二つ名は“紅蓮”です。分かりやすいでしょう?」
「おっさん、余計な事教えてんじゃねぇよ!」
「へぇ、シンプルに分かりやすくていいね。目立つ外見と分かりやすい二つ名。目立ってなんぼの冒険者稼業にとってはいいことずくめのように思えるね」
キルシュの指摘はもっともである。
冒険者はある種の人気商売であり、上位のランクに上がり注目されることで王侯貴族など国家から直接の依頼がきたり、軍などに引き抜きの話が持ち掛けられることもある。
他者より目立つという点だけでも、他の冒険者たちに比べてアドバンテージがあるのだ。
しかしディートリヒはそれに不満があるらしく、口を尖らせて文句を述べる。
「俺は俺自身の実力で俺という人間を知らしめたいんだよ。見た目とかで目立ちたくねぇな」
贅沢やわがままと言えなくもないが、同じく戦士である俺として彼の言い分は分からなくもなかった。
やはり戦士として武勇の道に生きると決めた以上、武の力で認められたいと思うのは武人として当然の事だろう。
勿論、エルフの魔術師であるキルシュにはまったく理解できない心境であるわけで、彼の言葉に首を傾げる姿勢もまた、俺には理解できるものだった。
「ふーん、そういうものなんだ……。ま、それはさておき、とりあえずお互い自己紹介を済ませておこうよ。ディーゼルさんが紹介してくれた通り、ボクの名はキルシュ、魔術師をしている。で、こっちが護衛士のザイフェルト。よろしくね」
「魔術師ってあれだろ、魔術とかいう手品を使う訳わからん連中……」
「おい、ディートリヒ!! キルシュ師に向かって無礼だぞ!!」
歯に衣着せぬディートリヒの物言いにディーゼルが声を荒げたが、キルシュはむしろその率直さに好感をもったようで愉し気に笑った。
「そうそう、その手品使いと言われる魔術師だよ。それじゃあディートリヒくん、君は確か実力が確かではない人とは組みたくないと言っているそうだね?」
「ああ、今回の依頼は危険が確定しているヤツだ。そんなところに弱い奴を連れて行っても庇いきれねぇよ」
ディーゼルから聞いた話からしても眠れる竜の遺跡で現在起きている事件は、Cランクの冒険者に解決できるようなレベルでないことがはっきりしている。
「確かに現実的で正しい判断だね。その判断による問題は一つ、救助対象の事を考えると一刻も時間が惜しいのに、実力者が到着するまで後数日はかかるという点だよね」
「それはまぁ、そうなんだがどうしょうもねぇだろう、そこは……。今は連中の到着を待つしかねぇ」
「いや、その問題はもう解決しているからもう待つ必要はないよ。それではディーゼルさん、依頼の報酬について話を詰めようじゃない」
「は、はぁ……って、この話の流れでお引き受けいただけるんですか!? 相当な困難が予想される依頼ですが……」
唐突過ぎるキルシュの話について行けないディーゼルが困惑しているが、魔術師のというべきかキルシュの本来の力を知らぬ人からすればそれは当然の反応と言える。
語られた話から考えれば、依頼の解決は非常に困難であり、高ランクの冒険者であっても引き受けるかどうか躊躇してもおかしくない。
キルシュの持つ魔術師の力も、冒険者たちの心情のどちらもある程度理解できる俺としては苦笑を禁じ得ない状況だった。
「そうだね……確かにこれは一筋縄ではいかない案件だ。だけどボクはこの地域の守り手として赴任している魔術師だからね。この案件が冒険者たちの手に余る依頼であることが分かった以上、力あるものとして見過ごすことはできないよ。だからこの依頼を引き受ける。シンプルな理由でしょ? となると、あとは報酬の話だけなんだけど見積もるとおいくらぐらいかな?」
「そ、そうですか……。まぁ、私としては魔術師のキルシュ師とザイフェルト殿にご協力いただけるのであれば有難い限りです。それでは報酬なのですが、お一人金貨三百枚でいかがでしょうか?」
アルテンブルク王国の現在の物価から考えると、金貨1枚が成人一人が一か月何もしなくて生活できる程度の価値があるので、金貨三百枚は一年近い生活費分相当となる。
キルシュは無料で依頼を引き受けるのはティツ村のみと決めており、それ以外の人々から依頼を受ける時は基本的に報酬を受け取ることにしている。
貧しい人から過分に取り立てるようなことはしないが、世界規模の組織である冒険者ギルドからの緊急依頼とあれば、それ相応の報酬を受け取ることに問題はないだろう。
キルシュもそう判断したらしく、報酬額の調整に入ったようだ。
「う~ん。もう一声、かな。支度金も含めて、そうだね……一人金貨四百枚が妥当かな。勿論ディートリヒくんも含めてだから三人分だね。前金はなくていいから成功報酬のみでかまわないよ。それと今回の依頼においてもしも遺跡など道中で宝物などを発見した場合、それはボクたちが全ていただいてかまわないかな?」
「はい、勿論です。遺跡等の冒険で発見された宝物や財宝の所有権は基本的にそれを発見した冒険者にありますからね。今回の依頼でもし何か発見されるものがあれば、それはキルシュ師たちのものになりますのでご安心ください。一応取得されたものの仔細を後日聞かせていただけると有難いですね。……それでは成功報酬として金貨四百枚で締結させていただきます。契約書を作成してまいりますので、こちらで少々お待ちください」
ディーゼルが席を経ち応接室を出ていくと、あまりの話の成り行きにそれまで唖然としていたディートリヒがはっと我を取り戻しキルシュに声を上げた。
「ち、ちょっと待てよあんた! 一人金貨四百枚って、Aランク冒険者向けの依頼だとしても滅多にでないくらいの金額なんだぞ。それって……」
「いい読みしてるじゃないのディートリヒくん。そう、この依頼はキミたち冒険者でいうところのAランクにふさわしい、いやそんな彼らでも苦戦が相当されるほどの脅威が想定されている依頼なんだよ」
驚くディートリヒの顔を見ながらキルシュはニヤリと笑う。
「なんであんたにそんなこと分かるんだ……?」
「“啓示”で何かが視えたのですね?」
ディートリヒの問いの答えを俺が口にするとキルシュが頷いた。
“啓示”とは“占断”に分類される特殊な魔術であり、指定した物事に関する映像が脳裏に浮かぶというものなのだが、それによって得られる映像とは関係する事象に関する切り取られた一片のようなもので正しく解釈することが難しいと言われている。
「正解だよ、ザイ。これは中々に厄介そうな連中が関わっているようだよ。何を見たのか詳しくは後で伝えるけど、遺跡の中に隠されている扉と何やら文字が刻まれた床があってね」
「隠されている扉に何やら文字が刻まれた床だ……? なんだそりゃ??」
魔術に知識がないディートリヒには理解できなくて当たり前だが、護衛士として魔術とはなんであるかをある程度学んでいる俺は、キルシュの言葉から連想されるモノについて多少予測ができた。
「その遺跡に魔術が関わっている“何か”があるということですか……」
「それが魔術を使える人間、もしくは魔術を使う魔物の仕業なのかまでは分からないけどね。とりあえずボクに視えた映像が魔術の形跡であることは確かだよ。それも今現在“生きて”いるやつだ。はてさて探索しつくされたはずの遺跡に、一体何が待っているのやら」
戦士らしく短く刈り込んでいるが、否が応でも目立つ。
キルシュと俺の視線が髪に向けられている事に、ディートリヒと呼ばれた男は露骨に顔を顰めた。
「この髪がそんなに気になるかよ。悪かったな、下品な色してて」
「いや、失礼。あまりにも鮮やかな色に見入ってしまいました」
「うん、とても綺麗だよね。赤髪自体珍しいけどこれほどの色は初めて見たよ」
俺たちが彼の赤毛の事を褒めると、ディーゼルも笑顔で頷いた。
「目立つでしょう。こいつ。この赤髪のおかげでこいつの二つ名は“紅蓮”です。分かりやすいでしょう?」
「おっさん、余計な事教えてんじゃねぇよ!」
「へぇ、シンプルに分かりやすくていいね。目立つ外見と分かりやすい二つ名。目立ってなんぼの冒険者稼業にとってはいいことずくめのように思えるね」
キルシュの指摘はもっともである。
冒険者はある種の人気商売であり、上位のランクに上がり注目されることで王侯貴族など国家から直接の依頼がきたり、軍などに引き抜きの話が持ち掛けられることもある。
他者より目立つという点だけでも、他の冒険者たちに比べてアドバンテージがあるのだ。
しかしディートリヒはそれに不満があるらしく、口を尖らせて文句を述べる。
「俺は俺自身の実力で俺という人間を知らしめたいんだよ。見た目とかで目立ちたくねぇな」
贅沢やわがままと言えなくもないが、同じく戦士である俺として彼の言い分は分からなくもなかった。
やはり戦士として武勇の道に生きると決めた以上、武の力で認められたいと思うのは武人として当然の事だろう。
勿論、エルフの魔術師であるキルシュにはまったく理解できない心境であるわけで、彼の言葉に首を傾げる姿勢もまた、俺には理解できるものだった。
「ふーん、そういうものなんだ……。ま、それはさておき、とりあえずお互い自己紹介を済ませておこうよ。ディーゼルさんが紹介してくれた通り、ボクの名はキルシュ、魔術師をしている。で、こっちが護衛士のザイフェルト。よろしくね」
「魔術師ってあれだろ、魔術とかいう手品を使う訳わからん連中……」
「おい、ディートリヒ!! キルシュ師に向かって無礼だぞ!!」
歯に衣着せぬディートリヒの物言いにディーゼルが声を荒げたが、キルシュはむしろその率直さに好感をもったようで愉し気に笑った。
「そうそう、その手品使いと言われる魔術師だよ。それじゃあディートリヒくん、君は確か実力が確かではない人とは組みたくないと言っているそうだね?」
「ああ、今回の依頼は危険が確定しているヤツだ。そんなところに弱い奴を連れて行っても庇いきれねぇよ」
ディーゼルから聞いた話からしても眠れる竜の遺跡で現在起きている事件は、Cランクの冒険者に解決できるようなレベルでないことがはっきりしている。
「確かに現実的で正しい判断だね。その判断による問題は一つ、救助対象の事を考えると一刻も時間が惜しいのに、実力者が到着するまで後数日はかかるという点だよね」
「それはまぁ、そうなんだがどうしょうもねぇだろう、そこは……。今は連中の到着を待つしかねぇ」
「いや、その問題はもう解決しているからもう待つ必要はないよ。それではディーゼルさん、依頼の報酬について話を詰めようじゃない」
「は、はぁ……って、この話の流れでお引き受けいただけるんですか!? 相当な困難が予想される依頼ですが……」
唐突過ぎるキルシュの話について行けないディーゼルが困惑しているが、魔術師のというべきかキルシュの本来の力を知らぬ人からすればそれは当然の反応と言える。
語られた話から考えれば、依頼の解決は非常に困難であり、高ランクの冒険者であっても引き受けるかどうか躊躇してもおかしくない。
キルシュの持つ魔術師の力も、冒険者たちの心情のどちらもある程度理解できる俺としては苦笑を禁じ得ない状況だった。
「そうだね……確かにこれは一筋縄ではいかない案件だ。だけどボクはこの地域の守り手として赴任している魔術師だからね。この案件が冒険者たちの手に余る依頼であることが分かった以上、力あるものとして見過ごすことはできないよ。だからこの依頼を引き受ける。シンプルな理由でしょ? となると、あとは報酬の話だけなんだけど見積もるとおいくらぐらいかな?」
「そ、そうですか……。まぁ、私としては魔術師のキルシュ師とザイフェルト殿にご協力いただけるのであれば有難い限りです。それでは報酬なのですが、お一人金貨三百枚でいかがでしょうか?」
アルテンブルク王国の現在の物価から考えると、金貨1枚が成人一人が一か月何もしなくて生活できる程度の価値があるので、金貨三百枚は一年近い生活費分相当となる。
キルシュは無料で依頼を引き受けるのはティツ村のみと決めており、それ以外の人々から依頼を受ける時は基本的に報酬を受け取ることにしている。
貧しい人から過分に取り立てるようなことはしないが、世界規模の組織である冒険者ギルドからの緊急依頼とあれば、それ相応の報酬を受け取ることに問題はないだろう。
キルシュもそう判断したらしく、報酬額の調整に入ったようだ。
「う~ん。もう一声、かな。支度金も含めて、そうだね……一人金貨四百枚が妥当かな。勿論ディートリヒくんも含めてだから三人分だね。前金はなくていいから成功報酬のみでかまわないよ。それと今回の依頼においてもしも遺跡など道中で宝物などを発見した場合、それはボクたちが全ていただいてかまわないかな?」
「はい、勿論です。遺跡等の冒険で発見された宝物や財宝の所有権は基本的にそれを発見した冒険者にありますからね。今回の依頼でもし何か発見されるものがあれば、それはキルシュ師たちのものになりますのでご安心ください。一応取得されたものの仔細を後日聞かせていただけると有難いですね。……それでは成功報酬として金貨四百枚で締結させていただきます。契約書を作成してまいりますので、こちらで少々お待ちください」
ディーゼルが席を経ち応接室を出ていくと、あまりの話の成り行きにそれまで唖然としていたディートリヒがはっと我を取り戻しキルシュに声を上げた。
「ち、ちょっと待てよあんた! 一人金貨四百枚って、Aランク冒険者向けの依頼だとしても滅多にでないくらいの金額なんだぞ。それって……」
「いい読みしてるじゃないのディートリヒくん。そう、この依頼はキミたち冒険者でいうところのAランクにふさわしい、いやそんな彼らでも苦戦が相当されるほどの脅威が想定されている依頼なんだよ」
驚くディートリヒの顔を見ながらキルシュはニヤリと笑う。
「なんであんたにそんなこと分かるんだ……?」
「“啓示”で何かが視えたのですね?」
ディートリヒの問いの答えを俺が口にするとキルシュが頷いた。
“啓示”とは“占断”に分類される特殊な魔術であり、指定した物事に関する映像が脳裏に浮かぶというものなのだが、それによって得られる映像とは関係する事象に関する切り取られた一片のようなもので正しく解釈することが難しいと言われている。
「正解だよ、ザイ。これは中々に厄介そうな連中が関わっているようだよ。何を見たのか詳しくは後で伝えるけど、遺跡の中に隠されている扉と何やら文字が刻まれた床があってね」
「隠されている扉に何やら文字が刻まれた床だ……? なんだそりゃ??」
魔術に知識がないディートリヒには理解できなくて当たり前だが、護衛士として魔術とはなんであるかをある程度学んでいる俺は、キルシュの言葉から連想されるモノについて多少予測ができた。
「その遺跡に魔術が関わっている“何か”があるということですか……」
「それが魔術を使える人間、もしくは魔術を使う魔物の仕業なのかまでは分からないけどね。とりあえずボクに視えた映像が魔術の形跡であることは確かだよ。それも今現在“生きて”いるやつだ。はてさて探索しつくされたはずの遺跡に、一体何が待っているのやら」