篝火を焚き常に誰かが入り口を見張り続けなければ、村や町など人間の生存圏はあっという間に闇に飲まれてしまう。
力もつ者である魔術師や護衛士は力無き人々のためにこそ力を振るうべしとの理念があるが、それは綺麗事でも何でもなく、そうしなければ生き残れないほど人類はこの世界に大してか弱い存在を示しているのだ。
門を通された俺たちは、日が沈み闇に包まれたティツ村の中に歩みを進める。
村長であるダミアンの家は、村の北西の少し小高い丘になった場所に建てられている。
これは村長が有事の際に高所からいち早く状況を把握し、判断を下す立場であることを意味している。
村を捨てて村人(特に老人や女子供)を安全な場所に脱出させるべきか、それとも男たちを中心に武器を持って抗うべきか、全ては村長の判断にかかっているのだ。
村の他の家屋より一回り大きく立派な家が村長の家である。
村人の誰ともすれ違うことなく村長の家に到着した俺たちは、木製のドアをノックした。
「やはりこんな時間だと、ほとんど外を出歩いている人はいませんね」
「かえって良かったかもしれないね。こんな姿を見られていたら何があったかと気を回す人が出てきてもおかしくないよ」
「確かにそうですね……」
俺たちはヴァンキッシュの群れを倒してからそのままの服装で村に入った。
今の姿は魔物と戦って血と埃にまみれた魔術師と戦士そのものなので、確かにこのまま村の中を歩いていたら人目を引いたことだろう。
時間がこれ以上遅くなるよりはと村に向かうことを優先したが、一度家に戻ってこざっぱりした服に着替えてくるべきだっただろうか。
そんなことを考えているとドアが空けられ、質素ながら整った衣服に身を包んだ初老の男性が顔を見せた。
ティツ村の村長ダミアンである。
「こんな夜更けにどなたですかな……おお、 先生にザイフェルトさんではないですか。そのお姿からすると何かありましたかな」
「やぁ、ダミアンさん。ちょっと伝えないといけない事があったので報告しに来たよ。とりあえずその事自体は解決させてきたから、事後報告みたいなものになるけどね」
「おお、それはそれはご苦労様です、先生にザイフェルトさん。立ち話もなんですからどうぞどうぞ、中へお入りください。あばら家ではございますがおもてなしさせていただきます。さぁ、中でお話をお聞かせください」
村長宅に招かれた俺たちは、香りのよい薪が火にくべられている暖炉がある暖かい居間に通された。
ダミアンはこの家をあばら家などと言っていたが、とんでもない。
俺たちが住んでいるキルシュの庵より、はるかに立派な造りである。
天井は高く、使い込まれたオーク製の机と椅子はツヤツヤと輝き、花瓶には花が活けられている。
彼は暖炉の上に置かれている嗅ぎ煙草のケースを手に取ると中身の煙草を見せて、
「いかがですかな?」
と勧めてきてくれたが、俺もキルシュも煙草は嗜まないので丁重に断った。
俺たちが椅子を勧められて席につくと、居間の奥(恐らくその先にはキッチンがあるのだろう)から恰幅の良いエプロン姿の初老の女性が挨拶に現れた。
「あら、先生にザイフェルトさん。こんな時間にいらっしゃるなんてお珍しいですわね」
村長の妻であるアンゼルマだ。
「夜分遅くにお邪魔しております、アンゼルマさん」
俺が挨拶すると、彼女は愛嬌のある顔に笑顔を浮かべる。
「いえいえ、とんでもない。私どもこそ村の人たち共々お世話になりっぱなしで……。あ、お茶を淹れますね」
「お構いなく」
アンゼルマがお茶の準備のために台所に戻り、ダミアンはキルシュに顔を向けた。
「さて、お待たせしましたな。それではお話をお願いできますか?」
キルシュは今朝我々にもたらされたライナーの話から、ヴァンキッシュの群れが村の付近に現れたことを推測し、森を調査した結果、そこから北にある洞窟に魔物の形成期があることをダミアンに告げた。
「なんと……。そんな村の近くの場所に魔物が繁殖しておったのですか」
「うん、ライナーさんはお手柄だったよ。もしあのまま気づかないままいたら、一か月もしないうちに卵が孵化して厄介なことになったからね」
アンゼルマが入れてくれた紅茶に口をつけるキルシュ。
魔物の成長は動物たちとは比較にならないほど早い。
生態が違うのだから当然と言えるのだが、幼体の魔物は驚くべき貪欲さをもって獲物を喰らい続け、短期間に成長を遂げるのだ。
一か月も立たずに成体になり、魔物は更なる繁殖を求めて行動を開始する。
まさに人類にとって、いや生きとし生ける他の生物に全てにとって恐るべき捕食者である。
「幸いなことに営巣地を突き止めることができて孵化する前の卵も全部処理できたから、心配はいらないと思うよ」
「まったく先生方には頭があがりませんな。お二人が居られなかったらこの村は果たして存続できたかどうか……」
「世界中のどこでも同じようなことが起きているよ……。人は魔物の影に怯えて、肩を竦めながら生きていかなければならない。ボクたちももう少し積極的に動けるといいんだけどねぇ」
「我々が冒険者のように世界中を旅したとしても、倒せる魔物の数は知れていますしね……」
魔物は世界各地に出没し、人間は常にその脅威にさらされている。
我々魔術師と護衛士は人々を守るために世界各地で戦いを続けているが、魔物の数は圧倒的でありまったく手は足りていない。
冒険者や世界中の国家に所属する軍隊など戦える人々も皆魔物に立ち向かっているが、人類の生存圏を守る戦いに徹せざるを得ないのが現状だ。
「我々が守りを止めれば、どこかの村や町が魔物の被害に遭う。かといって攻勢に転じなければいつまでも状況は変わらない……」
「魔物という存在がこの世界に姿を現してから五百年……。人類の生存圏は常に脅かされ続けている。人が安心して暮らせる場所は減り続ける一方だ。難しい問題ではあるけれど、どうしていけば良いのか考える行為を止めてはいけないね」
キルシュの言葉にあるように魔物がこの世界に跋扈するようになったのは今から五百年前、かつてこの世界を統治していた古代魔法帝国が崩壊し、世界が今のように複数の国家に分割して統治されるようになった頃からだとされている。
諸説あるが、帝国が崩壊した時に何かしらの魔術的な儀式によって、異世界から魔物が大量に呼び出されたのではないかというのが現代の魔術の中で最も有力な説になっている。
当時の生き字引であるキルシュならば真実を知っているはずだが、なぜかこの件に関して口が重く、俺も詳しくは知らされていない。
主であるキルシュが知る必要がないと判断するのであれば、俺はただ従うのみである。
「さて、ちょっと質問したいことがあるんだけどいいかな?」
「勿論です。なんでもお尋ねください」
キルシュの問いかけにダミアンは快く応じる。
力もつ者である魔術師や護衛士は力無き人々のためにこそ力を振るうべしとの理念があるが、それは綺麗事でも何でもなく、そうしなければ生き残れないほど人類はこの世界に大してか弱い存在を示しているのだ。
門を通された俺たちは、日が沈み闇に包まれたティツ村の中に歩みを進める。
村長であるダミアンの家は、村の北西の少し小高い丘になった場所に建てられている。
これは村長が有事の際に高所からいち早く状況を把握し、判断を下す立場であることを意味している。
村を捨てて村人(特に老人や女子供)を安全な場所に脱出させるべきか、それとも男たちを中心に武器を持って抗うべきか、全ては村長の判断にかかっているのだ。
村の他の家屋より一回り大きく立派な家が村長の家である。
村人の誰ともすれ違うことなく村長の家に到着した俺たちは、木製のドアをノックした。
「やはりこんな時間だと、ほとんど外を出歩いている人はいませんね」
「かえって良かったかもしれないね。こんな姿を見られていたら何があったかと気を回す人が出てきてもおかしくないよ」
「確かにそうですね……」
俺たちはヴァンキッシュの群れを倒してからそのままの服装で村に入った。
今の姿は魔物と戦って血と埃にまみれた魔術師と戦士そのものなので、確かにこのまま村の中を歩いていたら人目を引いたことだろう。
時間がこれ以上遅くなるよりはと村に向かうことを優先したが、一度家に戻ってこざっぱりした服に着替えてくるべきだっただろうか。
そんなことを考えているとドアが空けられ、質素ながら整った衣服に身を包んだ初老の男性が顔を見せた。
ティツ村の村長ダミアンである。
「こんな夜更けにどなたですかな……おお、 先生にザイフェルトさんではないですか。そのお姿からすると何かありましたかな」
「やぁ、ダミアンさん。ちょっと伝えないといけない事があったので報告しに来たよ。とりあえずその事自体は解決させてきたから、事後報告みたいなものになるけどね」
「おお、それはそれはご苦労様です、先生にザイフェルトさん。立ち話もなんですからどうぞどうぞ、中へお入りください。あばら家ではございますがおもてなしさせていただきます。さぁ、中でお話をお聞かせください」
村長宅に招かれた俺たちは、香りのよい薪が火にくべられている暖炉がある暖かい居間に通された。
ダミアンはこの家をあばら家などと言っていたが、とんでもない。
俺たちが住んでいるキルシュの庵より、はるかに立派な造りである。
天井は高く、使い込まれたオーク製の机と椅子はツヤツヤと輝き、花瓶には花が活けられている。
彼は暖炉の上に置かれている嗅ぎ煙草のケースを手に取ると中身の煙草を見せて、
「いかがですかな?」
と勧めてきてくれたが、俺もキルシュも煙草は嗜まないので丁重に断った。
俺たちが椅子を勧められて席につくと、居間の奥(恐らくその先にはキッチンがあるのだろう)から恰幅の良いエプロン姿の初老の女性が挨拶に現れた。
「あら、先生にザイフェルトさん。こんな時間にいらっしゃるなんてお珍しいですわね」
村長の妻であるアンゼルマだ。
「夜分遅くにお邪魔しております、アンゼルマさん」
俺が挨拶すると、彼女は愛嬌のある顔に笑顔を浮かべる。
「いえいえ、とんでもない。私どもこそ村の人たち共々お世話になりっぱなしで……。あ、お茶を淹れますね」
「お構いなく」
アンゼルマがお茶の準備のために台所に戻り、ダミアンはキルシュに顔を向けた。
「さて、お待たせしましたな。それではお話をお願いできますか?」
キルシュは今朝我々にもたらされたライナーの話から、ヴァンキッシュの群れが村の付近に現れたことを推測し、森を調査した結果、そこから北にある洞窟に魔物の形成期があることをダミアンに告げた。
「なんと……。そんな村の近くの場所に魔物が繁殖しておったのですか」
「うん、ライナーさんはお手柄だったよ。もしあのまま気づかないままいたら、一か月もしないうちに卵が孵化して厄介なことになったからね」
アンゼルマが入れてくれた紅茶に口をつけるキルシュ。
魔物の成長は動物たちとは比較にならないほど早い。
生態が違うのだから当然と言えるのだが、幼体の魔物は驚くべき貪欲さをもって獲物を喰らい続け、短期間に成長を遂げるのだ。
一か月も立たずに成体になり、魔物は更なる繁殖を求めて行動を開始する。
まさに人類にとって、いや生きとし生ける他の生物に全てにとって恐るべき捕食者である。
「幸いなことに営巣地を突き止めることができて孵化する前の卵も全部処理できたから、心配はいらないと思うよ」
「まったく先生方には頭があがりませんな。お二人が居られなかったらこの村は果たして存続できたかどうか……」
「世界中のどこでも同じようなことが起きているよ……。人は魔物の影に怯えて、肩を竦めながら生きていかなければならない。ボクたちももう少し積極的に動けるといいんだけどねぇ」
「我々が冒険者のように世界中を旅したとしても、倒せる魔物の数は知れていますしね……」
魔物は世界各地に出没し、人間は常にその脅威にさらされている。
我々魔術師と護衛士は人々を守るために世界各地で戦いを続けているが、魔物の数は圧倒的でありまったく手は足りていない。
冒険者や世界中の国家に所属する軍隊など戦える人々も皆魔物に立ち向かっているが、人類の生存圏を守る戦いに徹せざるを得ないのが現状だ。
「我々が守りを止めれば、どこかの村や町が魔物の被害に遭う。かといって攻勢に転じなければいつまでも状況は変わらない……」
「魔物という存在がこの世界に姿を現してから五百年……。人類の生存圏は常に脅かされ続けている。人が安心して暮らせる場所は減り続ける一方だ。難しい問題ではあるけれど、どうしていけば良いのか考える行為を止めてはいけないね」
キルシュの言葉にあるように魔物がこの世界に跋扈するようになったのは今から五百年前、かつてこの世界を統治していた古代魔法帝国が崩壊し、世界が今のように複数の国家に分割して統治されるようになった頃からだとされている。
諸説あるが、帝国が崩壊した時に何かしらの魔術的な儀式によって、異世界から魔物が大量に呼び出されたのではないかというのが現代の魔術の中で最も有力な説になっている。
当時の生き字引であるキルシュならば真実を知っているはずだが、なぜかこの件に関して口が重く、俺も詳しくは知らされていない。
主であるキルシュが知る必要がないと判断するのであれば、俺はただ従うのみである。
「さて、ちょっと質問したいことがあるんだけどいいかな?」
「勿論です。なんでもお尋ねください」
キルシュの問いかけにダミアンは快く応じる。