「『しゃしん』の『げんぞう』には思ったよりも時間がかかるな。『光の聖女』が離していた『写真』にもほど遠いし、これからまた研究が必要なようだ」

「時間の短縮はこれからの目標なのです! 漸く、今日で一回目の最後の『げんぞう』が終わる予定です」 

 ロイの言葉に、『しゃしん』の確認をしていたリリーはこたえた。
 卒業前に撮影を終えた全ての人間の『しゃしん』を現像して渡すつもりが、予想以上に時間がかかってしまった。
 『現像』は成績順で行ったため、残すところは幼等部のリヒトのもののみだった。

「では、それぞれ彼らに国に送ってやってくれ」
「かしこまりました」
「こんなことは、こんなことはあり得るわけがないのですっ!」

 しかしその時、別室で『現像』を行っていたマリ―が叫んだ。

「どうした? なにか問題でも?」

 ロイは、暗い部屋で作業をしていたマリーに尋ねた。

「リヒト・クリスタロスの『しゃしん』がおかしいのです!」
「なんだ……? これは……」

 ロイは双子に渡されたそれを見て目を瞬かせた。
 リヒトの『しゃしん』には、器は写っていなかった。 
 寧ろ、これで魔法を使える方がおかしい。
 空白は、他の人間と比べて明らかに大きい。黒い影の端にはなぜか、器を示す赤がところどころに映し出されていた。
 それはまるで、もともとそこにあった器が、無理矢理えぐり取られたあとのように。

 写真に器は映っていない。
 しかしもしその器が彼の中にあったならば、その魔力はローズに匹敵するほどの大きさだった。
 ロイは思わず口を手でおさえた。
 リヒトと『彼』はよく似ている。
 けれどリヒトが『彼』であるはずはないと、ロイはずっと思ってきた。

 『彼』は優しい人だった。
 そんな『彼』だから、ロイは『彼』が世界で最も強い魔力の持ち主であることが嬉しかったのを覚えている。
 優しさがよく似ていても、二人は違う人間だと考えたのは、リヒトの魔力が弱かったせいだ。
 ロイは『しゃしん』を握りしめて呟いた。

「――彼の器は、どこへ消えた?」

◇◆◇

「あ……あ、ああっ!!!」

 未来を視る瞳は、どんなに見ることを拒んでも、彼に残酷な未来を告げる。
 映し出される光景に、ウィルは寝台の上で声を上げて目を抑えた。

 目が、焼けるように熱い。
 強い力の流れを感じて、少年は嗚咽を漏らす。
 瞼の裏に広がるのは、自らの命を脅かすほどのどこまでも暗い闇。命を食らう、絶望の深淵。
 光属性の適性。繊細さとは諸刃の剣だ。

「――ウィル? どうした?」
「こんな、こんな……こと、が」

 ウィルと同じ部屋で眠っていたアルフレッドは、彼の動揺に目を瞬かせて駆け寄った。
 アルフレッドは、ここまで取り乱した彼を見たのは、それが初めてだった。

「ウィル!」
「ある、ふれ…っど……っ!」
「ウィル! ウィル!  ……ウィル・ゲートシュタイン!」

 アルフレッドは大きな声で親友の名前を呼んで、顔を蒼褪めさせて震える彼の頬を、思いきり叩いた。
 乾いた音が冷たい夜の静寂に響く。

「……アルフレッド……?」

 目を丸くしたウィルは、赤くなった頬に手を添えて、目の前の親友の名前を呼んだ。

「少しは落ち着いたか?」
 アルフレッドは溜め息を吐いて尋ねた。

「……だめ。だめ、だ……」
 ウィルは、一度は平静さを取り戻したが、すぐに声を震わせて何かに怯えるそぶりを見せた。

「え……?」
「だめだ。まおう、が……」
 ウィルは震える手で、アルフレッドの手を強く握った。


「――魔王が、復活する……っ!」